【4-3】レオンハルトの変化
ある夜のこと。
工房で調香をしていると——扉が開く音がした。
振り返ると——そこに、レオンハルトが立っていた。
最初に会った時と同じ、冷たい目。でも——どこか、落ち着かない様子だった。
「……レオンハルトさん」
「別に、頼みに来たわけじゃないですから」
彼は、ツンとした口調で言った。
「ただ、たまたま通りかかっただけです」
たまたま——夜中に、工房の前を?
でも、指摘しないことにした。
「何かお手伝いできることがあれば、言ってください」
「……別に」
レオンハルトは、そっぽを向いた。
沈黙が落ちる。
彼は帰ろうとしない。何か言いたいことがあるのだろうか。
「……眠れないんです」
ぽつりと、彼が呟いた。
「え?」
「最近、よく眠れなくて。戦いの夢ばかり見るんです」
レオンハルトの声は、小さかった。
傲慢だった彼が——こんな弱音を吐くなんて。
「……安眠の香りを、作りましょうか」
私は、優しく言った。
「ラベンダーとカモミールを使えば、心が落ち着いて眠りやすくなります」
「……勝手にしてください」
レオンハルトは、相変わらずそっぽを向いている。
でも——帰ろうとはしなかった。
◇◇◇
翌日の夕方、私はレオンハルトの部屋を訪ねた。
完成した安眠の香り袋を届けるためだ。
「これ、枕元に置いてください。眠りにつく前に、深呼吸してから香りを嗅ぐといいですよ」
「……わかりました」
レオンハルトは、ぶっきらぼうに香り袋を受け取った。
礼も言わずに、扉を閉めようとする。
「あの——」
私は、思わず声をかけた。
「効かなかったら、また別の配合を試しますから。遠慮なく言ってくださいね」
レオンハルトは——一瞬、動きを止めた。
「……なぜ」
「え?」
「なぜ、そこまでするんですか。僕は、あなたに酷いことを言ったのに」
私は——少し考えて、答えた。
「困っている人を助けるのは、当然のことですから」
「……」
「それに、レオンハルトさんは——本当は、優しい人だと思います」
レオンハルトの紫の瞳が、大きく見開かれた。
「な……っ、何を根拠に——」
「あの日、工房に来たでしょう? 『逃げ出すだろう』って言いに来たんじゃなくて、私がどんな人間か、確かめに来たんじゃないですか」
レオンハルトは——顔を真っ赤にした。
「ち、違います! 僕はただ——」
「ふふ」
思わず、笑ってしまった。
彼の慌てる姿が、なんだか可愛らしくて。
「な、何を笑って——!」
「ごめんなさい。でも、レオンハルトさんって、思ったより素直じゃないんですね」
「素直じゃないって——!」
レオンハルトは、ますます顔を赤くした。
そして——
「……ありがとうございます」
小さな声で、そう言った。
「え?」
「香り袋。——使ってみます」
バタン、と扉が閉まった。
私は——扉の前で、くすくすと笑った。
ツンデレ、とはこういう人のことを言うのかもしれない。
◇◇◇
数日後。
朝の食堂で、レオンハルトとすれ違った。
「あ、レオンハルトさん。香り袋、どうでしたか?」
「……効いたみたいです」
彼は、視線を逸らしながら言った。
「よく眠れるようになりました。——ありがとうございます」
礼を言う時だけ、小さな声になる。
私は——嬉しくなった。
「よかったです。また何かあったら、いつでも言ってくださいね」
「……はい」
レオンハルトは、足早に去っていった。
その背中を見送りながら——私は、この場所に来てよかったと思った。
少しずつ、騎士たちと打ち解けていく。
私の居場所が——ここにできつつある。




