【4-2】セオドアの特別依頼
翌日の午後。
セオドアが、また工房を訪ねてきた。
今度は——少し、緊張した表情だった。
「あの、リーネさん。お願いがあるんですが」
「はい、何でしょう」
「僕専用の香りを、作ってもらえませんか」
専用の香り——
他の騎士たちも、似たような依頼をしてきた。でも、セオドアの言葉には——何か、特別な響きがあった。
「もちろんです。どんな香りがお好みですか?」
「それが……自分ではよくわからなくて」
セオドアは、困ったように笑った。
「だから、リーネさんに選んでほしいんです。僕に似合う香りを」
私に——選んでほしい。
その言葉に、胸が熱くなった。
「……わかりました。少しお話を聞かせてください」
私は、セオドアに椅子を勧めた。
「セオドアさんは、どんな時に香りを使いたいですか?」
「うーん……戦いの前とか、緊張する場面かな。落ち着きたい時に」
「なるほど。好きな花や植物はありますか?」
「花……あんまり詳しくないけど、母が庭で育ててた白い花が好きだったな。なんて名前だったっけ……」
「もしかして、ジャスミンですか?」
「ああ、それだ! そうそう、ジャスミン。母がよく窓辺に飾ってて——」
セオドアの顔が、懐かしそうに緩んだ。
私は、彼の言葉を一つ一つ、心に刻んだ。
◇◇◇
三日後、セオドア専用の香り袋が完成した。
ジャスミンをベースに、ベルガモットとサンダルウッドを加えた。爽やかさと落ち着きを兼ね備えた、温かみのある香り。
「セオドアさん、できました」
工房で待っていたセオドアに、香り袋を手渡す。
「わぁ……」
セオドアは、香り袋を鼻に近づけた。
「これは……なんだろう、すごく落ち着く」
「お母様が育てていたジャスミンをイメージしました。懐かしい記憶と一緒に、安心感を与えてくれると思います」
「……母の」
セオドアの目が、潤んだ。
「リーネさん……」
「気に入っていただけましたか?」
「気に入ったなんてもんじゃないです」
セオドアは、香り袋を胸に抱きしめた。
「これ、一生大事にします。——リーネさんが作ってくれたから」
その言葉に——私の頬が、熱くなった。
「そ、そんな……大げさですよ」
「大げさじゃない。本気だよ」
セオドアの碧眼が、真っ直ぐに私を見つめる。
その瞳には——何か、熱いものが宿っていた。
「リーネさん。僕は——」
彼が何かを言いかけた、その時——
「——セオドア」
低い声が、工房に響いた。
振り返ると——入り口に、ヴァルター団長が立っていた。
その銀灰色の瞳が、私とセオドアを交互に見ている。
「兄上……」
「会議の時間だ。来い」
団長は、それだけ言って踵を返した。
セオドアは——少し残念そうに笑った。
「ごめん、リーネさん。行かなきゃ」
「は、はい……お仕事、頑張ってください」
「うん。——また来るね」
セオドアは、香り袋を大事そうに懐にしまって、去っていった。
一人残された私は——なぜか、胸がざわついていた。
団長の目。あの冷たい視線。
私とセオドアを見ていた、あの目——
なぜ、あんな目をしていたのだろう。




