【3-6】訓練場にて
契約を終えた翌日から、私は調香の準備を始めた。
まずは、素材の確認だ。工房にある薬草を一つ一つ調べ、使えるものとそうでないものを仕分けする。
昼過ぎ、息抜きに外へ出た。
城塞の中を歩いていると、訓練場から剣がぶつかり合う音が聞こえてきた。
足が、自然とそちらに向かう。
訓練場では、騎士たちが激しい鍛錬を行っていた。
その中心に——ヴァルター団長がいた。
「——っ」
思わず、息を呑んだ。
団長の剣技は——圧倒的だった。
大きな身体が、信じられないほど軽やかに動く。剣が閃くたびに、対戦相手が次々と倒れていく。
まるで、舞いを見ているようだった。
美しい。そして——恐ろしいほどに強い。
「すごいだろ、団長は」
隣から声がして、振り返った。
そこに立っていたのは——赤毛の騎士だった。
緑の瞳。精悍な顔立ち。体にはいくつもの戦傷が見える。
「辺境最強の剣士だ。あの人に勝てる奴は、王国中探してもそうはいない」
「そう……なんですね」
私は頷いた。
あの人が、私を「雇ってやる」と言ってくれたのだ。そんな凄い人が——
「……ん?」
赤毛の騎士が、急に私の顔を覗き込んだ。
「お前、どこかで……」
「え?」
「いや、なんでもない。気のせいか」
騎士は首を振った。
でも、その目は——どこか、探るような色を帯びていた。
「俺はカイル。カイル・ヴェストン。第一小隊の隊長だ」
「リーネ・フローレンスです。新しく雇われた調香師で——」
「フローレンス?」
カイルの目が、大きく見開かれた。
「フローレンス伯爵家の……?」
「あ、いえ、私は庶子で——」
「リーネ?」
カイルの声が、震えた。
「お前——リーネなのか?」
その声に——何か、聞き覚えがあった。
遠い昔の記憶。幼い頃の、霞んだ思い出——
「……カイル?」
呟いた瞬間、記憶が蘇った。
幼い頃、伯爵家で虐げられていた私を、気にかけてくれた少年。使用人の息子で、いつも優しくしてくれた——
「カイル……本当に、カイルなの?」
「リーネ……っ」
カイルの顔が、苦しげに歪んだ。
「お前……生きてたのか……」
その瞳に、涙が滲んでいた。




