【3-5】団長の執務室
夕方、私は団長の執務室に呼び出された。
雇用契約の話だと、セオドアから聞いていた。
重い扉の前に立ち、深呼吸をする。
——大丈夫。落ち着いて。
「失礼します」
扉を開けると——そこに、ヴァルター団長が座っていた。
大きな机。山積みの書類。そして、銀灰色の鋭い瞳。
昨日と同じ、無愛想な顔だ。
「来たか。座れ」
団長は短く言った。
私は、机の前の椅子に腰を下ろした。心臓が早鐘を打っている。
「これが、雇用契約書だ」
団長が、一枚の書類を私の前に置いた。
「騎士団専属調香師として雇う。給金は月に金貨十枚。住居と食事は支給。素材の購入費は別途請求できる」
金貨十枚——
思わず、目を見開いた。王都の宮廷調香師としての給金より、はるかに多い。
「……こんなに、いただいていいんですか」
「調香師は希少だ。相場通りの額だ」
団長は無表情に言った。
「それとも、不満か」
「い、いえ! ありがたいです!」
私は慌てて首を振った。
団長は、じっと私を見つめている。
「一つ、条件がある」
「条件……?」
「お前の調香が、本当に使えるかどうかを試す。一週間以内に、魔獣避けの香りを調合しろ。使えるものが作れなければ——」
団長の目が、鋭く光った。
「契約は破棄する」
一週間。魔獣避けの香り。
——できる。
いや、やらなければならない。
「……わかりました」
私は、真っ直ぐに団長の目を見た。
「必ず、使える香りを作ってみせます」
沈黙が落ちた。
団長は、しばらく私を見つめていた。
「……いい目をしている」
ぽつりと、団長が呟いた。
「え……?」
「昨日会った時より、いい目だ」
その言葉の意味がわからなくて、私は首を傾げた。
団長は——ほんの一瞬だけ、口元を緩めた。
気のせいかもしれない。でも——
「契約書に署名しろ。それで雇用だ」
団長は、羽ペンを差し出した。
私は——震える手で、自分の名前を書いた。
リーネ・フローレンス。
これで、私は——黒獅子騎士団の調香師だ。
「……よろしく、お願いします」
私が頭を下げると、団長は短く頷いた。
「期待している」
その言葉が——胸に、深く沁みた。




