【3-1】朝の食堂
翌朝、私は見慣れない天井を見上げて目を覚ました。
一瞬、ここがどこなのかわからなくて——すぐに、昨日の出来事を思い出した。
辺境。黒獅子騎士団。ヴァルター団長。
夢じゃなかったんだ。
身体を起こして、部屋の中を見渡す。質素だけれど清潔な部屋。窓からは朝日が差し込み、中庭のハーブ園が見える。
昨夜は疲れ果てて、すぐに眠ってしまった。でも、久しぶりにぐっすり眠れた気がする。
「……さて」
呟いて、ベッドから降りる。
今日から、新しい生活が始まる。団長に「使える」と言ってもらえるよう、頑張らなければ。
身支度を整えて部屋を出ると、廊下を歩く騎士たちとすれ違った。
全員が、私を見て立ち止まる。
「おい、あれが昨日団長が連れてきた……」
「調香師だってな。若い女だな」
「本当に使えるのかよ」
ひそひそ話が聞こえる。
——また、この視線だ。
王都でも、宮廷でも、いつもこうだった。「庶子のくせに」「本当に使えるのか」——
胸が締め付けられる。俯いて、足早に歩き出そうとした時——
「おはようございます!」
明るい声が、私を呼び止めた。
振り返ると——そこに、太陽のような笑顔の青年が立っていた。
蜂蜜色の髪と碧眼。爽やかな顔立ち。騎士の鎧を身につけているけれど、どこか親しみやすい雰囲気がある。
「リーネさん、ですよね? 昨日、兄上が連れてきた調香師の方」
「兄上……?」
「ああ、自己紹介がまだでしたね」
青年は、にっこりと笑った。
「俺はセオドア・ローゼンハイン。この騎士団の副団長で——ヴァルター団長の弟です」
弟。
そう言われて、改めて彼を見る。確かに、どこか団長と似ている気がする。けれど、雰囲気は全然違う。団長が夜の闇なら、この人は昼の陽光だ。
「よろしくお願いします、セオドア……様」
「様はいりませんよ。セオドアで構いません」
セオドアは、また笑った。
「さあ、朝食に行きましょう。食堂はこちらです」
◇◇◇
食堂は、城塞の中央にある大きな建物だった。
中に入ると——騒がしい声と、食べ物の匂いに包まれた。
長いテーブルがいくつも並び、騎士たちが思い思いに食事をしている。笑い声。食器がぶつかる音。
王都の宮廷とは全く違う、賑やかで荒々しい空間だった。
「ここが騎士団の食堂です。朝・昼・夕と、みんなここで食事をします」
セオドアが説明してくれる。
「リーネさんも、遠慮なく食べてくださいね。辺境の飯は素朴ですけど、量だけはありますから」
「あ、ありがとうございます……」
私がおずおずと頷くと、セオドアは私を席に案内してくれた。
けれど——席に着いた途端、周囲の視線が集まった。
「おい、あれが新入りか?」
「女じゃねえか。何ができるんだ?」
「調香師ってのは本当か?」
ざわざわと、騎士たちが囁き合う。
私は——また、身を縮めてしまった。
「静かにしろ!」
セオドアが声を上げた。
「彼女は団長が認めた調香師だ。失礼な態度は許さないぞ」
その一言で、食堂が静まった。
セオドアは私に向き直り、柔らかく微笑んだ。
「すみません、みんな口が悪くて。でも、根は悪い奴らじゃないんです。すぐに慣れますよ」
「い、いえ……ありがとうございます」
私は頭を下げた。
こんなに親切にしてくれる人がいるなんて。
「さあ、食べましょう。今日は俺が城塞を案内しますから、腹ごしらえしておいてください」
セオドアが、温かいパンとスープを私の前に置いてくれた。
私は——少しだけ、心が軽くなるのを感じた。




