幸せいっぱいのベビーシャワー【4】
アリア視点です。
すみません、文字数多いです。
祝福とおまじないも終わり、パーティー終盤になってバーの一角にうず高く積まれていたプレゼントを開封することになった。
アリアが送り主の名前と添えられていたカードのメッセージを読み上げ、ダニエルが贈り物を皆に見せるように掲げていく。
ベビー服に搾乳機、自動で揺れるベビーベッド、授乳用のクッションに新生児用おむつを箱買いしてくれた人もいる。
ひとしきりプレゼントを開封し終わって、アリアは招待客を見渡した。
「ありがとう、皆! こんな風に祝ってくれる家族や友達に囲まれて、本当にあたしたちは幸せだわ。ね、ダニエル?」
「ええ。皆、ありがとう。アタシもアリアちゃんも子供ができるのは初めてのことだから、色々と戸惑うことも多いと思うの。その時は是非皆の力を貸してもらいたいわ」
「悩むことがあったら、自分たちだけで抱え込まないで相談してくれ!」
「ベビーシッターならいつでも引き受けるわよ!」
子育て経験のある友人たちから次々と声が上がる。こんなに多くの人たちが自分たちが家族として成長していくのを見守ってくれるのだ。何と幸運なことだろう。
胸いっぱいに温かな気持ちが広まった時だった。
ルイが徐に立ち上がると、眉間に皺を寄せながらバーの入口の方を睨んだ。
「ルイちゃま、どうかした?」
「――ダニエル、どうやらお客様のようだよ」
ルイが言い終わるが早いか、入口の方から喧噪が聞こえた。
「いいから、通しな!」
「招待状を持っているのかって訊いてるんだ」
「うるっさいねえ、アタシに指図すんじゃないよ!」
入口で招待状のチェックを担当しているバウンサーと女が言い争っているようだ。
ダニエルとルイが入口の方へ向かっていると、大柄な女がバウンサーを引きずりながらバーに入ってきた。ボディービルでもやっていそうな体型で、黄色い根本から毛先にかけてオレンジになる長い髪を後頭部でポニーテールにしている。額に黒い角があるところから見ても、鬼人族だろう。
ダニエルは女の顔を見るなり息を呑んで硬直した。
女はキョロキョロとバーを見渡し、立ち尽くすダニエルの姿を認めるなり、嫌そうに顔をしかめた。
「チッ。相変わらず男だか女だかわからない格好しやがって」
「ちょっと! あんたいきなり来て何なのよ!? ダニエル、知り合いなの?」
「――姉さん」
「えっ?」
アリアは驚愕に目を見開いた。ダニエルの家族は彼のセクシュアリティに理解を示さずに拒絶し、百年以上絶縁状態だと聞いていたからだ。
女を振り返ると、彼女は大きく膨らんだアリアのお腹を見て複雑そうに顔を歪めた。
「あんたがダニエルの恋人かい?」
「ええ、そうよ。何か文句でもあるわけ?」
女に食ってかかったアリアを守るように、ダニエルが前に出た。そのままアリアを背後に隠すようにして庇う。
「久しぶりね、姉さん。元気そうで何よりだわ」
「ふん、お前は相変わらずだね。男のくせに、ナヨナヨしてみっともない」
「なに――」
アリアの怒りを宥めるようにダニエルが後ろ手に手を握ってきた。彼は緊張しているのか、暑くもないのに掌に汗をかいている。
「どうせ来てもらえないと思ったから、招待状は送らないように美良乃ちゃんたちにお願いしておいたんだけど。どういう風の吹きまわしかしら?」
「別居してるくせに、ヴァルフガングがお節介を焼いたんだよ。今日ここでお前のベビシャワーがあるってわざわざ知らせてきやがった」
「お義兄さんが? あらヤダ、姉さんたち別居してたの?」
ダニエルの姉はフンと鼻を鳴らす。
「家を出て行ったお前にゃ関係ない話だよ。さあ、そこをどきな。アタシはお前なんかの子を産もうって奇特な女の面を拝みに来たんだ」
最愛の恋人を侮辱されたと感じたアリアは、不快感に眉を寄せた。感情の昂りが胎児にも影響するのか、お腹の子もボコボコと暴れた。
姉の一言に、ダニエルは強く警戒したようだ。重心を下げて臨戦態勢を取った。
「アタシのことは何て言おうが構わないけれど、アリアちゃんやお腹の子に何かしようっていうなら、姉さんでも容赦しないわよ」
普段の明るくてキャピキャピしたものとは打って変わった地を這うような低い声に、バーにいた招待客にも緊張が走る。
「何だって!? 生意気言いやがって! やれるもんならやってみな!」
二人が無言で殺気を飛ばし合うことしばし。
「やれやれ、鬼人族というのは男も女も血の気が多くていけないね」
ルイが溜息を吐きつつ、自分のことは棚に上げて宣う。
「ドロシー、少しは素直になった方がいいのではないかい?」
「何だい伯爵。部外者は黙ってな!」
ダニエルの姉はドロシーというらしい。彼女は鬼のような形相で――実際に鬼なのだが――ルイの白皙の美貌を睨みつけるが、彼は全く動じなかった。
「ツンツンしても無駄だよ。君はここへ喧嘩をしに来たわけではないと、僕はわかっている」
「ふんっ、あんたに何がわかるんだい」
「僕たち吸血鬼がオーラを読めるのは、君だって知っているだろう?」
ドロシーは苦虫を嚙み潰したような顔をした。ダニエルは困惑したようにルイと姉を交互に見ている。
「さあ、これ以上僕から暴露されたくなければ」
「わかったよ! チッ、吸血鬼ってのは面倒な生き物だね!」
ドロシーは目だけで人を殺せるのではないかと言うくらい鋭い視線をアリアに投げてくる。背筋に怖気が走ったが、歯を食いしばって何でもないふりをした。
「な、何よ!? やろうっての!?」
ドロシーはポケットに手を突っ込んで何かを取り出したかと思えば、次の瞬間には勢いよくこちらに向かって放ってきた。思わず目を瞑って身構えたが、アリアに届く前にダニエルがそれをキャッチした。
彼は警戒心たっぷりに手の中にあるものを矯めつ眇めつ眺め、ハッと息を呑んだ。
「姉さん、これって……」
ドロシーはダニエルが言い終わらないうちに踵を返して歩き出した。
「もう用は済んだよ。人間だか魔女だか知らないけど、あんたらの命は短い。もう会うこともないだろうさ」
ぶっきらぼうに言い放ちつつ、ドロシーは入口で立ち止まる。肩越しにアリアを振り返って、聞き逃しそうになるほどの小さな声で呟いた。
「――弟を頼んだよ」
「お義姉さん……」
アリアの返事も待たず、彼女は勢いよくドアを閉めて去ってしまった。
本当は、彼女はダニエルと和解するためにやって来たのではないだろうか。しかしいざ長年交流のなかった弟の顔を見ると、何と言っていいのか、どういう態度を取っていいのかわからなかったのだとしたら。
(何て不器用な人なのかしら……)
しんと静まり返っていたバーにざわめきが戻って来る。
アリアが立ち尽くすダニエルの腕にそっと触れると、彼の肩がビクリと跳ねた。
「大丈夫、ダニエル?」
「ええ、大丈夫よ。心配させてごめんなさいね」
「何だったの、それ?」
アリアはダニエルが握っているものを顎でしゃくった。何やら古びた木箱のようだ。金で精緻な装飾が施されており、飴色の木目が美しい。
ダニエルは慎重な手つきでそれを開ける。中にはビロードが敷き詰められており、箱の真ん中に真っ赤な宝石の嵌った指輪が鎮座していた。
それを認め、ダニエルの顔がくしゃりと歪む。
「これはね、アタシの家に代々伝わるものなの。家の嫡男が花嫁となる女性に贈る指輪なのよ」
「それって……」
これを持ってきたということは、ダニエルは家族の一員であり、アリアを彼の配偶者として認める、というドロシーなりの意思表示なのではないか。
「本当に、素直じゃないわね」
呆れと微笑ましさが入り混じり、アリアは苦笑した。
ダニエルは感極まったように口元を押さえた。
「アタシ、この指輪を引き継ぐ日なんて、永遠にこないって思ってた……」
「ダニエル……」
アリアは愛しい人の胸にしがみつく。二人は身長差が15インチ(約38センチ)近くある上に、ダニエルは今日もハイヒールを履いているので、これが限界だった。
ダニエルは身体を丸め、覆いかぶさるように抱き返してきた。この身長の男性にしては華奢だが、女性からしてみればガッチリした肩が小刻みに震えている。
「家にはアタシと姉さんしか子供がいないから、男として生まれたアタシがこんなであることに、ずっと罪悪感を持っていたの」
ダニエルは嗚咽を堪えながら、途切れ途切れに語ってくれた。
彼がまだ子供の頃にドロシーは既に他家の嫡男に嫁いでしまっていた。そのため、家を継ぐ立場である彼は「男らしい男」にならなくてはというプレッシャーと、そうなれない自分との間で酷く苦しんだという。そして肉体的な強さこそ全てという価値観の家族にとって、見た目が華奢で仕草も女性的なダニエルは鼻つまみ者だった。
「アタシはアタシらしく生きようって、もう二度と実家には戻らない覚悟で家を出たの。家を捨てたも同然のアタシに、この指輪を引き継ぐ資格なんてないってずっと思ってた」
「お義姉さんは今でも、ダニエルのことを家族だと思っているのね。弟を頼むって言っていたの、ダニエルも聞こえたでしょう? とんでもなく不器用な人みたいだけど、こうして来てくれて、良かったわね」
彼は何度も頷く。アリアは普段よりずっと小さく見えるダニエルの背中を優しくなでた。
「きっとそのうち、お義姉さん以外の家族も歩み寄ってくれる日がくるわ。そうじゃなくても、あたしはダニエルが最高の恋人で、素晴らしい人だって知ってる。ここに集まってくれた人たち皆が、あなた大切に思ってくれている」
アリアはダニエルを促し、周囲を見渡す。そこかしこから「大好きだよダニエル!」「あんたは最高の上司であり、親愛なる友だ!」と声が上がった。
「ええ……、ありがとう、皆。ありがとう、アリアちゃん」
しばらく洟をすすっていたダニエルだったが、そっとアリアから身を離し、徐に床に片膝を突いた。
「ダニエル?」
彼は無言で指輪の入ったケースを差し出してきた。ルビーと思わしき紅い石が、涙で潤んだ彼の瞳を彷彿とさせる。
「アリアちゃん。アタシの魂の片割れ、運命の女性。アタシの愛は永遠にあなたのものです。その証に、この指輪を受け取ってもらえますか?」
人は感激しすぎると涙が出るらしい。胸がジンと痺れ、あっという間に視界が水没した。
アリアは何度も何度も頷いた。そっと差し出された指輪を受け取り、胸に押し抱く。
「はい。あたしの魂の片割れ、運命の人。あたしの愛も、永遠にあなたのものよ。あなたと、あなたの瞳と同じ色のこの指輪を生涯大切にすると誓います」
二人は磁石が引きつけ合うように顔を寄せ、唇を重ねた。
その様子を遠巻きに見ていた人々から「アア~ゥ」と感嘆が漏れた。割れんばかりの拍手が巻き起こる。
ルイがバーカウンターに目配せすると、バーテンダーたちがシャンパングラスに入った炭酸飲料を配りだした。
グラスが全員にいき渡ったのを確認すると、ルイが美良乃の腰をしっかりと抱き寄せた状態で、グラスを高く掲げる。
「今日は本当に、素晴らしい日になったね! 二人と小さな命の未来に幸多からんことを!」
「お幸せに!」
「結婚する時は式に呼んでね!」
アリアは幸せいっぱいに微笑んだ。
「もちろんよ! 皆、本当にありがとう!」
それから約二か月後。雪のちらつく寒い日の早朝、アリアは無事第一子となる男の子を産んだ。ダニエルに似たのか、4000グラムを軽く超えた大きな赤ちゃんだったため帝王切開での出産となったが、母子ともに元気で、産後の肥立ちも順調だったという。
男性名にも女性名にもなる「ジェイミー」と名付けられた赤ちゃんはすくすくと育ち、後に魔女としての才能も開花させた。
ジェイミーの誕生から三年後。アリアとダニエルは第二子となる女の子が生まれて少し経った春に結婚式を挙げた。鬼人と魔女の夫婦はいつまでもイチャイチャと仲睦まじく暮らし、合計五人の子供と十二人の孫に恵まれたという。
このあとおまけがつきます。明日投稿します。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




