幸せいっぱいのベビーシャワー【3】
美良乃視点です。
アリアの悪阻も落ち着き、安定期に入った十一月。美良乃とコートニーは昼の時間帯に6フィートアンダーを貸切ってベビーシャワーを開催した。
バーの中はパステルカラーのピンク、水色、黄色などの優しい色合いの風船やリボン、可愛らしい動物のイラストや妊婦に害のない花で飾り付けられ、普段とは違った雰囲気になっている。
この日の招待客は種族や年齢、性別も様々で総勢五十人近く集まった。ダニエルはモンスター自警団の団長を務めているので知り合いが多く、アリアも社交的でこの地に先祖代々住んでいる魔女であることから顔が広いのだ。
招待客の中にはアリアの祖母と母もいる。ダニエルの親族にも招待状を送ろうと思ったのだが、彼は長らく家族とは絶縁状態になっているらしいので断念した。ルイ曰く、鬼人族はモンスターの中でも保守的な考えの者が多く、ダニエルの親世代は特に性的マイノリティーに対して理解がない者が少なくないらしい。
とにかく、ダニエルの家族を除いてもこの人数だ。食事を用意するのは大変なのでケータリングを手配した。妊婦も安心して食べられるように、サンドイッチやカナッペ、カップケーキなど、刺激の強いものや生ものは避けたラインナップとなっている。
6フィートアンダーのオーナーであるルイも計画段階から積極的に協力してくれ、バーではノンアルコールかつ各種族の好みを考慮したものを揃えてくれた。
「アリア、ダニエル、ご懐妊おめでとう!!」
「きゃ~! ありがとう、皆!」
「乾杯!」
二人の輝かしい未来のため、それぞれがバーで注文した飲み物を掲げる。
「それにしても、孫娘と自警団の団長様が結ばれるなんて、人生何があるかわからないねえ!」
アリアの祖母が快活に笑う。御年七十八歳の魔女は真っ白な髪に日焼けした肌をしていて、小さくてふんわりと丸みのあるシルエットがいかにもおばあちゃんといった雰囲気だ。
「何を隠そう、あたしの初恋の人は団長様だったんだよぉ!」
「ええっ!?」
祖母の爆弾発言に、アリアは飲んでいたレモネードを噴き出しそうになっていた。
ダニエルも紅い目をパチクリさせている。
「そうだったの、グリンダ!? やだぁ、全然気付かなかった~。とっても光栄だわ!」
「ひっひっひ! あたしが八歳くらいの頃の話だからね! もう七十年近く前のことさ」
「へええ! その頃のダニエルはどんな感じだったの?」
アリアは興味津々といった風に身を乗り出す。
そんな孫に、グリンダは悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
「当時の団長様ときたら、ここいらの女の子の憧れの的だったんだよ! きっちりなでつけた髪に、紅い革のジャケットを着こなしているのがオシャレでね。映画スターみたいだったんだんだから!」
ダニエルは恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら身をくねらせる。
「いやあん! あの頃はまだ人間社会も『男は男らしく!』っていう時代だったから、アタシも外見には気を付けていたのよねぇ」
「そこの吸血鬼伯爵と並んで、『ニッカ―の初恋泥棒』って呼ばれていたね!」
グリンダがにやりと口の端を吊り上げる。
「はっ、初恋泥棒……」
美良乃は笑いを堪えるのに必死だった。昭和っぽい二つ名が恥ずかしすぎると感じるのは美良乃だけなのだろうか。
グリンダの隣に座っていたアリアの母ナンシーも頷いた。アリアと同じ赤毛とそばかすがとてもチャーミングな中年女性だ。
「わたしたちの年代でも二人は大人気だったわよ! 荒っぽくて垢抜けない男の子たちと比べて、二人とも洗練されてて物腰が柔らかいから、熱を上げちゃう子が多かったの! 同級生に惚れ薬を作ってくれって頼まれるたびに『今の時代にそんなことしたら捕まるわよ!』って断るのが大変でね」
ルイは得意気にバサァと黒髪をかき上げて天を仰ぐ。
「いやはや、美しさとは罪だねっ! おっと、今の僕は君以外はまったく眼中にないから、安心したまえ美良乃!」
「う、うん……。『初恋泥棒』……ププッ」
「ん? どうかしたのかい?」
「ううん、何でもない。そうだ、赤ちゃんの性別は調べるの?」
わざとらしい話題転換だったが、美良乃の問いにアリアとダニエルは揃って首を横に振る。赤ちゃんが生まれた時のお楽しみにしておきたいらしい。
「今、赤ちゃんにつける名前を考えているんだけど、あれこれ考えるのが楽しいのよ」
「男の子だったらこれにしようとか、女の子だったらあれがいいとかね。どっちでも使える中性的な名前も素敵よね」
話しながら顔を見合わせる二人が本当に幸せそうで、美良乃も思わず笑顔になった。
ひとしきりお喋りを楽しんだ後は、皆でゲームをやった。ベビーシャワーだけに、赤ちゃんにちなんだゲームをいくつかコートニーと考えた。
まず始めに、様々な赤ちゃんの写真を用意して、どの種族か当てるクイズをした。
これはモンスターに詳しくない美良乃にとっては超難問だった。牙のある赤ちゃんの口元のアップ写真を見せられたところで、それが鬼人族なのか、吸血鬼なのか、はたまた牙のある獣人族なのか皆目見当がつかないのだ。美良乃は自分が出題者で良かったと心から思った。
しかし流石はモンスターを見慣れている魔女。アリアの祖母グリンダはものの数秒でわかったようだ。
「その色、長さ、尖り具合といい、竜人族だね!」
「せ、正解」
おお、という歓声と拍手が沸き起こる。
美良乃は彼女に賞品のクッキーを手渡した。
「じゃあ、次はこの写真ね」
今度は瞳のアップ写真だ。金と緑が混じったような色の虹彩に、縦長の瞳孔をしている。
これに一番早く手を挙げたのは半妖精のエレナだった。
「ヴァイパー族!」
「ん~、残念、違います」
悔しそうに指を鳴らすエレナの横で、自警団員でドライアドのチェリーが声を張り上げた。
「ワニ族では!?」
「正解!」
「やった!」
クッキーをチェリーに渡すと、彼女は相当嬉しかったのか、緑色の髪にポンポンと薄紅色の花が何輪か咲いた。まるで手品みたいだ。
その後も赤ちゃん関連のゲームで盛り上がった。
人形に誰が一番早くおむつをつけられるかを競うレースでは、超高速で動ける身体能力が有利になったのか、ルイが優勝した。彼は鼻高々といった様子で「僕はいいパパになると思わないかい?」と訊いてきたが、美良乃は曖昧に笑ってスルーした。
コートニーが出題者を務めた童謡の歌詞穴埋めクイズは、何とフェルナンドが一番いい成績を収めた。あの強面からは想像できないが、流石は過去数回の結婚で多くの子孫をもうけただけある。
逆に全く点を取れなかったのは、大昔の日本で生まれ、アメリカとは無縁の生活を長く送っていた落武者だった。当然と言えば当然だ。そんなゲームを選んで申し訳ないことをしたが、今日の主役はアリアの赤ちゃんなので勘弁してもらおう。
ゲームが終了すると、妖精の祝福と魔女のおまじないをアリアとダニエル、お腹の赤ちゃんにかけていく。
「赤ん坊がスルッと生まれてくるように」
「元気な子が生まれてきますように」
フェルナンドとエレナがキラキラ光る妖精の鱗粉を二人にかけている光景はまるで有名な童話に出てくるワンシーンのようだったが、幸い悪い妖精が呪いをかけに来ることはなかったのでホッとした。
「そいじゃあ、あたしは胸焼けが軽減されるおまじないをかけようかね」
「助かるわ、おばあちゃん! 最近吐き気は治まったんだけれど、子宮に胃が圧迫されるのか、胸焼けが酷くて」
「わたしは背中が痛みにくくなるおまじないね」
「ありがとう、お母さん! 長時間座ってると悶絶するくらい背中痛くなるのよねえ」
グリンダは使い込まれた木製の指揮棒みたいな杖を、ナンシーは手のひらサイズに纏めたラベンダーの束を媒介に魔法を使うようだ。二人は英語ではない言語で何か呟くとアリアの鳩尾と背中に手を当てる。ぼんやり光ったところで手を離したので、おまじないをかけ終わったのだろう。
グリンダはダニエルに向き直ると茶色い瞳を三日月型に歪めた。
「ひっひっひ、じゃあ団長様には、赤子の夜泣きに気付きやすくなるおまじないをかけてあげようかねぇ。男は隣で赤ん坊が泣いていたって、グーグーいびきかいて寝ていられる生き物だからね!」
やけに具体的かつ皮肉たっぷりなおまじないだ。ナンシーが赤ちゃんだった頃に積もった夫へ恨みでもあるのだろうか。
「じゃあ、わたしはうんちに怯まないおまじないを。うんちくらい何だって言うのよね? 手についたら拭き取ればいいだけの話なのに」
ナンシーも笑顔に見えるが目が笑っていない。きっと、赤ちゃん時代のアリアがうんちをした時に、夫がおむつ替えから逃げたのだろう。妊娠・出産・産後の恨みは一生忘れないというのは本当らしい。
「お、お手やらわかにぃ」
ダニエルが引き攣った笑みを浮かべた。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




