幸せいっぱいのベビーシャワー【2】
美良乃視点です。
※すみません、番外編のタイトルがしっくりこなかったので、変更しました。
「誰よ悪阻を『モーニングシックネス』って言葉にしたやつ! 全然朝だけの症状じゃないじゃない!!」
アリアが妊娠していると判明してから数日後。美良乃、ルイ、コートニーと落武者はアリアたちの家に遊びに来ていた。おめでたいニュースを聞いてすぐに駆けつけたかったのだが、それぞれ仕事があったため、こうして週末に皆で集まることにしたのだ。
ちなみに、美良乃は昨年の十二月に大学を卒業し、今はニッカ―の保険会社で事務職についている。ルイには彼の秘書になればいいと言われたのだが、公私はきっちりと分けて自立したかったので、丁重に断った。
青い顔で自宅のソファに身を投げ出しているアリアが「あ~、気持ち悪い! ムカつく!」と恨めし気に吐き捨てた。彼女の悪阻は症状が重いようで、食べたものはほとんど全部吐いてしまうらしい。おまけに匂いにも敏感になり、大好きだったチキンヌードルスープも匂いがダメで食べられなくなってしまったという。
「歯磨き粉の匂いもダメなのよね。この前ダニエルが歯磨きした後にキスして吐き気がこみ上げてきちゃって」
ダニエルはその時のことを思い出したのか、少々悲し気に眉尻を下げた。
「そうなのよぉ。チュッとした直後にトイレに駆け込まれたから、アタシの息って臭いのかしらってちょっとショックだったわぁ」
「ははっ! あの日のダニエルの落ち込みようと言ったら、凄かったねっ!! アリア嬢に嫌われた、振られるんじゃないかと心配して仕事も手につかなかったのだよ」
「ヤダもうっ、ルイちゃまったら! 皆に言うことないじゃない!」
ルイは真珠色の歯を煌めかせながら、「だから大丈夫だって言っただろう?」とドヤ顔をしている。
「それにしても、悪阻が酷くて大変だねえ……」
美良乃は冷蔵庫から出して少し置いておいたレモネードをアリアに差し出した。
アリアは怪訝そうな顔でそれを受け取る。
「ありがとう。でも、なんでこれわざわざぬるくなるまで待ってたの?」
「えっ? 妊婦は身体を冷やしたらいけないっていうし、あまり冷たすぎるとお腹に悪いかなって思ったんだけど」
「お腹? 飲み物の温度と赤ちゃんに何の関係があるの?」
「えっ、昔からそう言われていない?」
美良乃は戸惑ってリビングを見渡したが、皆ピンとこないのか、キョトンとしている。コートニーの傍らに座っていた落武者だけが頷いていた。
「そうだなあ、日本にゃ戌の日の腹帯とかあるくらいだし。妊婦じゃなくても身体を冷やすのは良くねえって言われてて、ついこないだまで真夏でも熱い緑茶とか飲んでるやつが多かったしなあ」
記憶を辿ってみても美良乃の祖父母はそんなことを言っていなかったし、キンキンに冷えた麦茶を好んでいた。だとすると、美良乃の曾祖父母やそれより前の時代のことだろう。それをついこの間と言うのだから、気の遠くなるような長い時間を生きる天狗の感覚はまったく理解できない。
「へえ、日本特有の考え方なのかしら? それとも東洋医学の考え方? どっちにしても興味深いわね」
看護師として働いているコートニーがキラリと目を輝かせた。そんな彼女の様子を落武者がこっそりと盗み見て頬を緩ませていた。「可愛いな、ゲへへ」と思っていることがはっきりと顔に出ている。
「そっか、アメリカではそういう考え方はしないんだね」
そう言われてみると、アメリカでは妊婦が夏場とはいえ堂々とお腹を出したファッションで歩いていたりする。腹巻を巻いたりする習慣はないのかもしれない。
「お腹の赤ちゃんはお母さんの体温に守られてるから、大丈夫よ。だから、冷蔵庫から出したばかりのレモネードをちょうだい!!」
「はいはい」
美良乃は冷蔵庫から取り出したばかりのレモネードをアリアに渡した。ぬるくなったのは自分で飲むことにしよう。
アリアは風呂上がりにビールでも一気飲みするかの如くレモネードを呷り、満足気に息を吐いた。
「あ゛~、五臓六腑に染みわたる~!!」
「それで、ダニエルとアリアはいつ結婚するの?」
「結婚? 特に予定してないけど?」
「えっ? だって、子供ができたんだよね? 日本だと妊娠したんだから結婚しなくちゃ、みたいになるんだけど。ですよね、落武者さん?」
美良乃の言葉に、落武者が頷く。
「ああ、そうだなあ。人間の雄はまだ番ってねえ段階で雌を孕ませちまったら、責任取って結婚するってのが筋だって聞いたなあ」
美良乃の隣に座っていたルイがピクリと肩を震わせた。
「ほう。孕ませたら、責任を取って結婚、ね。……これはいいことを聞いた」
彼は妙に真剣な顔で呟いたが、最後の方は小声だったのでよく聞こえなかった。
「え? 何か言った?」
「何でもないよ、マイハニー♡」
非常に胡散臭い笑顔に警戒心が頭をもたげたが、どうせ問い詰めてもはぐらかされるだけなので、放置しよう。
「責任を取るって言うとネガティブに聞こえますけど、今では子供ができたし、いい機会だから結婚しようねっていうカップルが多いみたいですよ」
「へえぇ、世の中も変わったもんだねぇ」
多様性に対して徐々に寛容になってきたとはいえ、日本では結婚していない男女が子供をもうけること対する偏見や抵抗感がまだまだ強く残っているように思う。
ダニエルは頬に片手を添えながらこてりと首を傾げた。
「アメリカにも子供ができたのをきっかけに結婚する人はいるけど、『結婚しなきゃ!』っていう義務感みたいなのはないわねえ。責任を取るのではれば、育児も養育費もきちんと負担すればいいし」
「そうよね。だって無理に結婚しても、結局上手くいかなくて離婚したら意味ないじゃない。そういうのは二人にとってベストなタイミングですればいいと思うのよね」
どうやら、妊娠=結婚という意識はないらしい。そう言われてみれば、美良乃の周囲にも子供がいるのに結婚していないカップルが何組かいる。バイト先の同僚だったエレナもそのひとりだ。国が変われば結婚観もここまで違うのかと、目から鱗が落ちた。
婚外子が容認されているとはいえ、美良乃の印象ではアメリカ人はヨーロッパ人と比べて結婚に対して積極的で前向きだ。ハリウッド俳優も恋人と年単位で付き合っているとすぐに婚約し、何年か後に破局してはまた新しい恋人ができて婚約する、というサイクルを何回も繰り返してからやっと結婚した!というニュースを聞く気がする。
思考の海に沈んでいた美良乃がふと見やると、アリアがまだ平たいお腹を愛しそうに撫でていた。その姿にホッコリした気持ちになる。
「アリアとダニエルの赤ちゃんかぁ。可愛いだろうな……。あれ、でも鬼人と魔女の子って、どっちが生まれてくるの?」
吸血鬼と人間が結婚してもハーフは生まれず、吸血鬼と人間のどちらかが半々の確率で生まれると以前ルイから聞いた。しかしそれも種族によってまちまちで、妖精族と人間の間の子は半妖精として生まれてくるそうだ。
「鬼人族と魔女の間の子は、半分鬼人の特徴を持った子が生まれてくるわね。魔女は元々人間で、才能のある子が魔女になるから、その子供次第かしら」
「えっ? 魔女の子は全員が魔女になるわけじゃないの?」
アリアは具合が悪そうに上半身を起こした。ソファに座り直しながら説明する。
「魔女同士の子だったらかなりの高確率で自然界の魔力を操る才能を持った子が生まれるけど、必ず全員がそうってわけでもないのよ。才能がない子は媒体を通しても魔力を操れないから、普通の人間として生きていくことになるわ。魔法使いも似たようなもんよ。そうよね、コートニー?」
「そうね。魔法使いも魔力を持って生まれた子が魔法使いと呼ばれるわ。魔力はかなりの確率で子供に遺伝するけれど、稀に両親ともに魔法使いでも全く魔力がない子もいるわ」
ダニエルとアリアの子が半鬼人の魔女になる可能性があるなんて、物凄く興味深い話だ。
「どっちの種族の能力も受け継いでくれるといいとは思ってるけど、どんな子だったとしても、アタシは全力で愛情を注ぐわ!」
ダニエルは編みかけの毛糸の靴下を見せてくれた。編み物は彼の趣味のひとつだそうで、淡い黄色で可愛らしいデザインだ。今は五月の半ばで、アリアの予定日は来年一月初旬だというから、生まれてきた赤ちゃんもお父さんの愛情たっぷりの靴下で暖かく過ごせそうだ。
皆でアリアの妊娠を祝って乾杯し、暫く談笑した後に四人はアリア宅を後にした。
ルイの車に乗り込む際、コートニーが小走りに近づいてきた。
「美良乃。少し落ち着いたら、アリアのベビーシャワーを一緒にやりましょうよ」
ベビーシャワーとは、家族や友人が妊婦のために開くパーティーのことだ。プレゼントを持って集まり、ゲームをしたりして妊娠を祝う。これから生まれてくる子供に、シャワーのように愛情が降り注ぐという意味があるらしい。元々は女性だけが招待されていたが、近年では男性も参加することが増えたようだ。
日本でも有名人がやっているのを偶にSNSなどで見かける。
「うん、一緒にやろう。わたし、ベビーシャワーには行ったことないんだ。色々教えてくれると嬉しい」
「アリアが好きなお店にウィッシュリストを登録しておいてもらわないとね」
アメリカでも結婚や出産などのお祝いにプレゼントを渡す習慣があるが、日本と違ってもらう側が指定できる。全米展開しているチェーン店には必ずと言っていいほどウィッシュリストが登録できるシステムがあり、店頭には友人のリストを確認したり印刷したりできる端末が置いてあるのだ。もらう方はいらないものをもらわないで済むし、あげる方も何を贈るか悩まないで済む、実に合理的なシステムだ。
二人はアリアが安定期に入った頃を目途にパーティーを開くことにしてその日は別れた。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




