落武者の恋【おまけ】
ルイ視点です。
時は少し遡り、バレンタインデー当日です。
バレンタインデー当日。
「服装よし! 牙よし! 口臭なし! 鼻毛も……出ていないっ! いつもながら完璧な美貌だね、僕っ!」
夕方、ルイは姿見の前で己の全身をくまなくチェックしていた。
これから美良乃を迎えに行き、ニッカ―のステーキハウスでバレンタインディナーを楽しむ予定である。ニッカ―にある数軒のレストランの中でも高級な方で、住民たちは特別な日によくここを利用する。バレンタインはカップルが殺到するので、一ヶ月前から予約を入れておいたのだ。
リビングルームに移動し、ソファに座ってぼんやりとスマホをいじっていた落武者の前でくるりと一周回って見せる。
「今日の僕も、見惚れるくらい美しいっ! そう思わないかい、落武者くんっ!?」
「あ~? ああ、そうだな。某もその自己肯定感の高さを見習いてえわ」
「はっはっはっ、そんなに褒められたら照れるじゃないか! では、後ほど6フィートアンダーで会おうっ!」
「別に褒めてはいねぇんだけども。美良乃殿と楽しんで来いよ~。……ケッ、リア充め。牛のクソでも踏んじまえ」
ブツブツと何やら呟いている彼を尻目に、用意してあった真っ赤なバラの花束を片手に邸を出る。美良乃曰く「道路の段差で車体の下を擦りそう」なスポーツカーでハイウェイをかっ飛ばし、トウモロコシ畑の中にぽつんと佇む一軒家を目指す。
「ハッピーバレンタインデー、僕の女神!!」
玄関から出てきた美良乃に花束を差し出すと、彼女は目を見開いた後、口元をぐにぐに動かした。嬉しいと気恥ずかしいが混じり合ったような表情だ。
「ありがとう、ルイ。ハッピーバレンタインデー」
彼女は頬を染めながら花束を受け取ると、一旦家の中に戻り、それを祖母に預けてから戻ってきた。手に下げていたピンク色の紙袋をルイに差し出す。
「わたしも、もう渡しちゃうね。これ、バレンタインのチョコレート」
ルイは感激に震える手でそれを受け取る。
「オウ! 君が初めて渡すチョコレートだね! 君の初めての男になれて、光栄だよ!!」
「ちょっと、大きい声で誤解を招くような事言わないで!」
袋の中には人の顔程の大きさはあろうかというハート型のチョコレートが、包装用紙に包まれて入っていた。
「ありがとう! 一生の宝にするよ!!」
「いや、賞味期限が来る前に食べて欲しいんだけど」
ルイは美良乃をエスコートして車に乗せると、ステーキハウスへ向かった。
予約していた席に通されると、ルイはTボーンステーキ、美良乃はリブステーキを注文する。食事にはサラダバーがついてくるので、二人はステーキを待つ間それぞれ好きな野菜を取りに行った。
「サラダバーっていっても野菜だけじゃなくて、スープとか、フルーツなんかもあるんだね。あっ、ニシンの酢漬けもある!」
美良乃はニシンの切り身と玉ねぎを酢につけ込んだものを見て目を輝かせた。
ニッカ―周辺はスカンジナビア半島にルーツのある住民が多い地域のため、北ヨーロッパの伝統食品を見かけることも多い。
美良乃は野菜を申し訳程度に取ると、ニシンの酢漬けをこんもりと皿に盛りだした。
ルイは微笑ましく思って目を細める。
「ふふっ。そんなにニシンの酢漬けが好きなのかい?」
「この辺だと手に入る魚は種類が少ないでしょ? スーパーでも冷凍のナマズとかティラピア、サーモンくらいしかないし。これはしめ鯖みたいで好きなの」
確かに、アメリカの中央に位置しているネブラスカ州は近くに海がないため、新鮮な魚はなかなか手に入らない。
「ステーキが入る分の胃のスペースは確保しておいてくれたまえ」
「大丈夫。肉とスイーツは別腹だから」
宣言通り、美良乃は山盛りのニシンの酢漬けを平らげた後、200グラムのサーロインステーキも完食した。流石に満腹になったのか、デザートは頼まなかったが。
レストランを出て6フィートアンダーに向かう。どでかいハート型のチョコレートを抱えたままのルイを見て、美良乃は「お気に入りのぬいぐるみを抱っこしてる子供みたい」と苦笑した。
ルイとしては、美良乃が人生で初めて贈ったバレンタインギフトを、当然皆に見せびらかして自慢したい。車に置いてくるという選択肢など端からないのだ。
バーで合流したアリア、ダニエル、コートニー、落武者としばし共に過ごし、アリアたちがイチャイチャしながらダンスフロアへ移動したのを見計らって、ルイも美良乃を事務室へと招いた。
「うわあ……」
黒い螺旋階段を上って事務室へ足を踏み入れるなり、美良乃は感嘆を漏らした。
ファイリング用の棚やコンピューターデスクといったオフィス特有の家具が置かれているせいで、普段はどこかお堅い雰囲気が漂う事務室は、赤やピンク、白のリボンや風船で飾り付けられ、室内の至る所に置かれたLEDのキャンドル風ライトの淡い光でロマンチックに照らされている。いつもルイが楽屋として使っている場所付近の家具を壁際に押しやってスペースが空けてあった。
今日のため、ルイがせっせと飾り付けをしておいたのだ。従業員たちには「事務仕事がし辛い。家でやれや」とチクチク文句を言われたが。
「どうしたの、これ?」
「君とダンスをしたいと思ってね。美良乃は恥ずかしがり屋の子リスちゃんだから、下のダンスフロアでは踊ってくれないだろう? だから、二人きりで踊れる場所を作ったのだよ」
美良乃はギョッとしたように目を剥いた。
「わ、わたし、ダンスなんて無理!! 盆踊りも見てるだけで不参加なのに!」
「僕がリードするから、心配はご無用だよっ! マリーアントワネットも出席していた舞踏会で、この美貌とダンスの巧さで有名だった僕の手にかかれば、どんな運動音痴でも華麗に踊らせてみせるよ!!」
胸を逸らしながら豪語したルイに、美良乃は顔を引きつらせる。
「マ、マリーアントワネット……。何回聞いても慣れない」
ルイは恭しく美良乃の手を取ると、手の甲にキスをした。
「美しいマドモアゼル。僕にあなたと踊る名誉を与えてくださいませんか?」
「マドモアゼルの発音が本場……! 流石フランス出身!」
美良乃は妙なところで感心しながらも、渋々といった風に頷いた。
「とはいっても、当時宮廷で踊られていたのはメヌエットとかコントルダンスというものなので、現代で想像するダンスとは違っているからね。やはり、ここはワルツでいこうか」
ルイは戸惑う美良乃にワルツの基本ステップを教える。何度も足を踏まれながらも何とか形になったところで、階下のDJに合図を送って、ワルツの曲を流してもらった。
ルイは颯爽と左手で美良乃の手を取り、右手を彼女の背に添え、流れるようにステップを踏み出した。
強張った表情のまま何とか足を動かしている美良乃に胸がキュンキュンする。
(好きだ! 好きすぎて牙が疼く……!)
ルイはつい悪戯心で囁いた。
「こんなに僕をときめかせて、罪作りな子猫ちゃんだね。今夜は朝まで離したくないな♡」
「なっ、ちょっ」
美良乃は真っ赤になってしまった。潤んだ瞳で睨みつけてくる様さえ可愛い。足がもつれた彼女に思い切り足を踏まれてしまったが、こうして二人で踊っていられることが幸せで、感無量だった。
曲が終わり、名残惜しくもホールドを放すと、美良乃はフラフラとソファに歩み寄って、どっかりと腰かけた。ルイも隣に座り、彼女の肩を抱き寄せた。
「はあ、疲れた! 普段使わない筋肉を使うね」
「初めてのワルツはどうだったかい?」
「う~ん……。人前でなければたまには踊ってもいいけど、しばらくはいいかな」
「ふふふ、そうか。では、次の機会を楽しみにしているよ。僕たちの結婚式でも踊ろうか」
「うっ、それは嫌……。ああ、でもそっか。アメリカの結婚披露宴って、最初に新郎と新婦が踊るんだっけ? ……披露宴自体をしなければいいのかな」
ルイは思わず口の両端を吊り上げた。
恐らく彼女自身も気付いていないだろうが、美良乃は今、ルイとの結婚については否定しなかった。もともと美良乃は先の見えない関係には興味がない質なので、もしルイが美良乃にとって将来を考えられないような相手であったなら、交際自体していないのだろうが、結婚式のことが自然に思い浮かぶくらい愛が深まっているということではなかろうか。
(このまま順調にいけば、そう遠くない未来にプロポーズを受けてもらえるかもしれないね……)
ルイは身体を屈めると美良乃の唇に口づけた。頬や顎にもキスを落としながら首筋に辿り着くと、思わずスンスンと匂いを嗅ぐ。甘い花のような香りがふわりと鼻腔をくすぐり、思わずごくりと喉を鳴らした。
衝動的に皮膚に吸い付くと、美良乃はくすぐったそうに身を捩った。
「ルイ、ここじゃあ恥ずかしいよ」
「では、僕の家へ来ないかい……?」
ルイは期待を込めて囁く。今夜はバレンタインデー。アリアとダニエルにも宣言した通り、特別な血もいただきたい。
美良乃は耳まで赤くしながらも顔を上げた。唇を噛んで、恥ずかしさが極限に達したような、今にも泣きだしそうな表情で首を縦に振った。
「……いいよ」
「意味がわかっているかい? 僕は今、君をベッドに誘っているのだよ」
美良乃は容量オーバーになったように短い奇声を上げたが、たっぷりと時間を取った後に小さく頷いた。
「い、いいよ。わたしも、その、ルイが欲しいと思ってるから」
消え入りそうな声だが、吸血鬼の地獄耳は一言一句逃さずに聞き取った。歓喜に踊りだしそうになるのをグッと我慢する。
「君が望むなら、いつでも、いくらでも僕をあげる。遠慮はいらないよ」
ルイは熱く火照った美良乃の頬に口づけると、手を差し伸べた。
彼女は「恥ずかしい台詞はやめて!」と抗議しながらも、しっかりと差し出されたルイの手を取る。
そして二人はサンティアゴ邸で、チョコレートのように甘い初めての夜を過ごすしたのだった。
ルイは計画通り美良乃の人生において特別な男になることができた幸運に、心の底から感謝した。
彼は感激のあまり、目隠しをしたうえで棒で瓜を叩き割るという、スイカ割りならぬ瓜割りをすることをサンティアゴ家におけるバレンタインデーの伝統行事にしようとしたが、当然美良乃に猛反対され、あえなくその案はボツになったという。
落武者とコートニーのお話はこれで終わりです。あともう1篇、アリアとダニエルの番外編があります。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




