77. 12月25日 クリスマス
「えっと、紹介するね。わたしのボーイフレンドのルイです」
クリスマス当日、美良乃は全親戚のポカンとした視線を集めながら俯き加減に隣に立つルイを紹介した。
この日の午前、美良乃はまず自宅にルイを招いて祖父母に紹介し、四人で昼食を摂った。午後になり、祖父母とは別々に車に乗り込んで毎度おなじみの大伯父の家にやってきたというわけだ。
自分の恋人を親戚に紹介する日が来るなんて、以前は考えられなかったが、実際にしてみると何やら気恥ずかしさでムズムズする。
そんな美良乃とは対照的に、ルイは誇らしげに胸を張りながら、ハキハキと挨拶をした。
「やあっ、美良乃の親戚諸君! 僕が彼女の恋人であるルイ・ド・クルール・サンティアゴだよ! お会いできて光栄だっ!」
ルイのあまりの美貌に呆気に取られていた大伯父が、ハッと我に返ったように手を差し出す。
「ようこそルイ、今日は楽しんで行ってくれ! こりゃあ驚いた! 美良乃にはいつの間にこんなにハンサムなボーイフレンドができたんだ!?」
「そうなのだよっ! 僕と美良乃は美男美女でお似合いでね! 僕ほど彼女に相応しい男はいないと自負している」
「はっはっは! 面白い奴だなあ!」
相変わらず自分の容姿に相当な自信を持っているらしい。自身への称賛も自己申告制のようだ。
二人がガッチリと握手を交わしたのを皮切りに、親戚一同がルイに向かって「ハーイ」と手を振った。ルイがあまりにも整った顔立ちをしているからか、女性陣はわかり易くソワソワしている。
美良乃は安堵に息を吐く。どうやら無事「親戚に紹介する」という重大なイベントをクリアできたようだ。
ルイは積極的に美良乃の大伯父や大伯母たちと交流し、世間話に花を咲かせている。
彼が社交的な性格で良かった。人見知りの激しい美良乃が彼の立場だったら、誰と何を話していいかわからずに、ぎこちない笑みを浮かべて壁際で立ち尽くしているはずだ。
サンクスギビングの時と同じように地下室でお祈りをして、各家庭で持ち寄った料理を好きなだけ皿に盛って食べるビュッフェスタイルで食事をする。
今年のクリスマスはハムステーキにマスタードソースをかけたものがメインで、他にもマカロニチーズやサラダ、豆とひき肉、野菜を煮込んだチリコンカンというスパイシーな料理などがある。
ルイは美良乃の隣に座り、上品な仕草で食べ物を口に運んでいく。
「それにしても、二人は一体、何処で出会ったの?」
食事をしながら大伯母が興味津々といった風に訊いてきた。ルイは紙ナプキンで口元を拭う。
「夏の終わりごろに、下町のカフェで偶然彼女を見かけてね。僕のひと目惚れだったのだよ」
愛しくてたまらないといった風に美良乃に視線を向けるルイに、女性陣から「きゃっ!」と小さい歓声が上がった。
「やるじゃない、美良乃!」
「ど、どうも」
「しかし、当初の美良乃は僕などまるで眼中になくてね。せっせとアピールを続けて、ようやく初デートまでこぎつけたのは二か月後だったのだよ」
「んまっ! 駆け引きでこんなイケメンを追わせるなんて、美良乃も上級者ね!」
「ええ……? 駆け引きなんてしてないんだけれど」
「ふふ、あのつれなかった女神が、今はこうして僕を恋人として親戚の集まりに招待してくれるのだから、僕は本当に幸せ者だ」
ルイが美良乃の左手を持ち上げて恭しくキスを落とすと、皆が漏らした「アア~ゥ!!」という感嘆が地下室いっぱいに響いた。
美良乃は頬張っていたパンを喉に詰まらせそうになって咽た。ルイはプラスチックのコップに入った炭酸飲料を渡してくれる。
「ルイ、わたしが恥ずかしがるのを知っててわざとやってるでしょ?」
じっとりと睨め付けると、彼は涼しい顔で首を傾げた。
「おや、心外だね。あまりにも君が愛しすぎて、つい行動に出てしまうのだよ」
「もうっ!」
「凄いのよ、彼! 美良乃にクリスマスプレゼントで車を贈ったの!」
近くに座っていたクローイーが、車を購入して帰ってきた日のことを興奮気味に語った。大伯母が目と口を大きく開いて美良乃とルイを交互に見る。
「オーマイガー! 本当に!? 彼、美良乃にベタ惚れじゃない!」
「この様子だと、二人の結婚式に呼ばれるのもすぐかもしれないわね」
――いくらなんでも気が早すぎやしないだろうか。
いくつになっても女性は恋バナが好きなようで、大伯母やクローイーがきゃっきゃと楽しそうに話を広げていく。美良乃は沸騰しそうなくらい熱くなった顔を隠すため、自分の皿を睨みながらハムステーキを咀嚼した。
「そういえば、美奈と未央子はどうしている?」
大伯父から徐に訊かれ、美良乃は口の中のものをゆっくり嚥下して彼の方へ顔を向けた。
「元気にやっているみたいだよ」
「それは良かった」
母と姉が日本へ帰国して以来、美良乃から二人にメッセージを送っていない。
二人からは偶にメッセージがくるが、「へえ」などの気のない返事やスタンプしか返していない。小言や愚痴は全て既読スルーで通している。
ブロックしないのは、二人が何を送ってこようがどうでもいいと思えるようになったからだ。
完全に興味を失ったのか、あれほど拘っていた母と姉のことを考えても、もう心に波風が立つことはない。長期に渡った二人の影響から脱却するのには時間がかかるものだと思っていたが、あまりの呆気なさに自分でも驚愕したほどだ。
(わたし、少しずつだけど成長できてる。本当、ルイやアリア、バーバラさんには感謝してもしきれないな)
美良乃はちらりと隣のルイを見る。
彼は美良乃のはとこと美容について熱く語らっていたが、視線に気づくと花が綻ぶような笑顔を向けてきた。
「何だい、マイハニー?」
「ううん、何でもない」
微笑み合う二人に、周囲から生温かい視線が降り注ぐ。
美良乃は小さく咳払いをして食事を再開した。
食事が終わるとリビングルームに移動し、男女別に集まってプレゼント交換が行われた。くじ引きで順番にどれがいいか選ぶのだが、持ち寄ったプレゼントはラッピングされており、中身は見えないようになっている。
美良乃はルイが男性陣の方へ加わり、はとこたちと気さくに会話しているのを見届けると、女性陣の方へ移動した。
美良乃はくじ引きで三番目になった。自分の番が来ると、一番手前にあった黄色い包装紙に包まれた中くらいの箱を選んで、元いた位置に戻る。
全員が選び終わったところで、一斉にプレゼントを開けた。美良乃が選んだ箱にはショッピングモールに出店しているボディケア用品専門店のギフトセットが入っていた。
(こういうのをもらうたびに思うんだけど、シャワージェルとバスソルトって、どうやって使うものなんだろう? バブルバスは泡が立つ入浴剤って知ってるけど)
スマホで調べてみると、シャワージェルは泡風呂のための入浴剤としても使える一方で、ボディーソープとしても使用できるらしい。バスソルトはデトックス効果もある入浴剤のようだ。美良乃の好きなラベンダーの香りなので、今度使ってみよう。
ルイは肉用のスパイス詰め合わせを引き当てたらしい。
アメリカではよく庭やテラスでバーベキューをするのだが、大抵は男性の仕事で、彼らは誇りをもって鍋奉行ならぬバーベキュー奉行を勤め上げる。炭火の管理から食材の調理まで取り仕切り、美味しくて楽しいバーベキューになるよう並々ならぬ情熱を注いでいる人が多い。
焼くものはステーキ、ホットドッグ用のソーセージ、ハンバーガーのパティ、野菜など様々だが、彼らが得にこだわるのが、肉に味付けをするためのスパイスだ。中には数種類のスパイスを調合して、オリジナルのスパイスミックスを作りだす強者もいる。
美良乃はしげしげとルイを眺めた。彼が裏庭でバーベキューグリルの前に陣取って、熱心に肉の焼け具合を確かめている姿は想像できない。
「ルイってバーべキューするの?」
彼は軽く肩を竦めた。
「いや、僕はあまり。しかし、料理人が使うだろうから、無駄にはならないよ」
「そっか。じゃあ、良かった」
その日の夜はルイの家で彼にプレゼントを渡した後、そのまま泊まる予定だったので、プレゼント交換が終わると二人は大伯父の家を後にした。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




