76. 12月18日 想定外の男、塁毒規則三亭顎【3】
ショッピングモールの中でもひと際大きい、日本で言うところのデパートのように色々取り揃えている店舗に入ると、美良乃はレディースのコートが置いてあるエリアを見つけた。
「この前着ていたコートはバイトに行ったりスーパーに行ったりする時に着るものだから、特にこだわりがあって選んだものじゃないの。シンプルな黒いコートがあれば十分だよ」
美良乃は普段使いに良さそうなコートを選んだ。こっそり値段をチェックしてホッと胸をなでおろす。60ドル程度なので、そこまで高級なものではないようだ。
ルイは流れるような手つきでそれを取り上げると、長い脚ですたすたとレジに向かって進んで行く。
「本当に買ってもらってもいいの? 何だか悪いよ」
「いいや、あれは僕の落ち度だから、是非弁償させておくれ。そうでないと僕の気が済まないのだよ」
ルイはすっかり傷が癒えた美良乃の首筋に指を滑らせる。美良乃はくすぐったくて身を捩った。
「わかった。じゃあ、遠慮なく買ってもらおうかな。ありがとう、ルイ」
「どういたしまして」
会計を済ませ、通路を挟んで向かい側の店に入ると、ルイに奇跡の出会いが待っていた。
そこは日本のアニメやアメリカのスーパーヒーローのグッズを扱っている店で、美良乃でも知っている蜘蛛男や蝙蝠男をあしらったマグカップやポスター、フィギュアなどが所狭しと棚に並んでいる。
あまりアニメに興味のない美良乃は冷やかし程度に店内を歩き回ったが、ルイは入店直後から何かに導かれるように店の一角に向かって歩を進め、日本のアニメグッズが一面に陳列されている壁に釘付けになっていた。
「こっ、これは……、ペガサスの……!!」
ルイは背中に羽のようなものを背負った金色の鎧姿の少年のフィギュアを手に持って、ブルブルと震えていた。
「何それ? 日本のアニメの?」
「知らないのかいっ!?」
ルイは首がねじ切れるのではないかという勢いで振り返った。若干目が血走っているのが彼の興奮具合を雄弁に語っている。
「これはねっ、昭和の終わりごろから平成初期にかけて日本中の少年の心を虜にしたアニメの主人公で!!」
額と額がくっつきそうな位置までグイグイと迫ってくる。控え目に言って怖い。
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
彼は鼻息も荒く、隣の棚にあった別のアニメキャラクターのフィギュアも手に取った。
「何ということだっ! これは、昭和男子のハートを可憐に奪っていった、あの宇宙人の押しかけ女房じゃないかっ! 何というけしからん布面積っ!!」
虎柄のブラにパンツという出で立ちの、何ともセクシーな女性のフィギュアだ。出るところはしっかりと出て、ウエストは細く、びっくりするくらい脚が長い。
美良乃は何となく、自分の身体を見下ろして複雑な心境になった。美良乃は至って平均的な体つきをしている。要するに、ペタンともボインともしていない、そこそこのサイズである。
「……ルイはこういう女性がタイプなの?」
「いや、特に外見にこだわりはないよ。ちなみに君と出会ってから、君以外の女性は皆じゃがいもにしか見えないから、安心してくれたまえっ!」
「そ、そう」
ルイは大事そうにそのふたつのフィギュアを抱えながら、物凄く楽しそうに店内を歩き回っている。美良乃も知っているアニメのキャラクターグッズを前に「ペーパームーンじゃないか! ダニエルに教えてあげなくては!」と声を上げた。
美良乃はルイが小脇に抱えているフィギュア二体を見つめて思案した。何か身につけるものでも贈りたかったが、今回はあれ以上、ルイのテンションが上がるようなものとは出会えない気がする。
「ルイ、もし良かったら、その二つをクリスマスプレゼントに贈らせてくれない?」
「いいのかい!? ありがとう美良乃!」
「うん。これはわたしがラッピングして、クリスマス当日にあげるね」
「それは楽しみだ! ついでに君自身もラッピングして、可愛らしい僕へのクリスマスプレゼントになってくれてもいいのだよっ」
「アリアと同じこと言ってる……」
オッサン臭い発想の人がここにもいたようだ。
会計を済ませて店を出る。ルイはスキップでもしそうなほど浮かれていた。しっかりと美良乃の手を握り、鼻歌混じりに歩いている。
(まさか恋人への初めてのクリスマスプレゼントにアニメのフィギュアを贈ることになるとは思わなかったけど、ルイが喜んでくれてるみたいで良かった。ふふ、ルイ、子供みたいで可愛いな)
思わず頬を緩めると、それを見たルイは蕩けるように微笑んだ。
「今年はとても幸せなクリスマスになるね。愛しい恋人がそばにいてくれて、素敵なプレゼントまで贈ってくれるのだから」
美良乃はほわほわとした気分で頷いた。美良乃にとって、恋人がいる初めてのクリスマスだ。
「そうだ。クリスマスの日、わたしの親戚の集まりがあるのだけれど、ルイも来ない?」
ルイは小さく息を呑んだ。
親戚に恋人を紹介するのは、「この人とは真剣な付き合いをしていますよ」と宣言するようなものだ。つまり、美良乃もルイとの関係に本気であるとの意思表示をすることになる。
「――いいのかい?」
「うん。親戚一同集まってプレゼント交換をするんだけれど、ルイも男物のプレゼントを持っていけば参加できるから。多分、ドライバーセットとかでいいと思う。ついでに買って行こうか」
男性も女性もそれぞれ定番のクリスマスプレゼントがあるが、美良乃の親戚の男性陣はよくナイフや車を整備するためのドライバーなどを贈り合うことが多かったなと思い返す。
ルイは急に立ち止まったかと思うと、そっと美良乃の唇にキスをした。少し低い彼の体温と、ふにゅりと柔らかな感触に心臓が跳ねる。
「ありがとう。是非参加させていただくよ。愛しているよ、僕の女神」
「うん、わたしも大好きだよ、ルイ」
美良乃はいたたまれなくなり、ルイの手を引いて歩き出した。
いくら公衆の面前でキスしているカップルなど日常的に見る光景であっても、生まれも育ちも日本の美良乃は、やはり衆目がある中でするのは気まずいのだ。
「そんな照れ屋な君も堪らなく愛おしいよ。今すぐ貪ってしまいたいくらいだ」
「もうっ! 揶揄わないで」
「ふふ、本気だと言ったら?」
「えっ!?」
「冗談ということにしておくよ。今のところは、ね」
全ての買い物を恙なく終えると、二人は満天の星空の下帰路に就いた。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




