73. 12月17日 悩ましいプレゼント
クリスマス。それは多くのアメリカ人にとって、一年で最も重要な日である。
ユダヤ教やイスラム教など他宗教を信仰する人もいるので、もちろんアメリカ人全員にとってそうというわけではないが、それでもクリスマスが近づくと、街中いたる所で赤、緑、白といったクリスマスカラーや、クリスマスにちなんだ装飾が見られるようになる。
クリスマスを祝う家庭では、十二月二十五日には家族で集まってご馳走を食べ、お互いにプレゼントを贈り合うの一般的だが、毎年プレゼントを贈るので、以前あげたものや、他の人の贈り物と被らないように気をつけないといけない。
美良乃にとってクリスマスとは非常に悩ましいイベントだ。
「はあ。ルイに贈るプレゼントが決まらない」
美良乃はアリアの家のリビングでクッションを抱えながら溜息を吐いた。
「ルイ様のだけ決まらないの? 他の人の分は?」
アリアはポテトチップスを頬張りながら首を傾げる。
「おばあちゃんには庭に飾る置物を買った。おじいちゃんには毎年丈夫な靴下をあげてるんだよね。おじいちゃん、農作業とかしていると、すぐに靴下に穴が開いちゃうから」
毎年クリスマス当日は親戚一同集まるパーティーもあるのだが、その際はひとり一個プレゼントを購入し、性別にわかれてくじ引きによるプレゼント交換を行う。あまりにも親戚が多いため、全員にプレゼントを贈っていたらとんでもない出費になってしまう。そこで、美良乃の父世代が生まれてからはこのような形式になったらしい。ちなみに、女性親族のプレゼント交換用にはアロマキャンドルを用意した。
「ルイってお金持ちだから、持ってる物も高級品が多いんだよね。わたしが買える範囲で何が欲しいのか想像もつかない。手作りで何か作ろうにも、わたし不器用だし」
「じゃあ、ルイ様には血を吸わせてあげたら? 緊急事態以外でまだあげたことないんでしょ?」
そう言われて、美良乃は何となく、子供が父の日や敬老の日に贈る「肩たたき券」を思い浮かべた。あれと同じように「血を吸える券」を作ってルイに渡している自分を想像してみるが、恋人に贈るプレゼントとしてはあまりにも色気がない気がする。
「そうだけど……。吸血鬼にとって吸血って三度の食事と同じくらい、日常的なことでしょ? 何かあまり特別な感じがしないんじゃないかな?」
「いいじゃない。恋人が自分にリボン巻きつけて現れて、『プレゼントは、あ・た・し♡』って言ってくるなんて、男の夢でしょ。まあ、あげることになるのは血だけで済まない可能性の方が高いけど」
アリアはケラケラと笑う。二十代にしては発想がオッサン臭いと思うのは美良乃だけだろうか。そのうち裸にエプロンはどうかと言い出しかねない。
「もう! わたしは真剣に考えてるのに!」
「ははは、ごめんごめん。でも、いいアイデアだと思うんだけど。あたしが今度ダニエルにやろうかしら。バレンタインデーにでも」
鬼人のダニエルは血を吸わないので、その場合、彼女が贈るのは「二人の熱い夜」になるのだろうが、友人たちのそういうことは妙に生々しいので想像したくない。これは話題を変えた方が良さそうだ。
「そういえば、アリアはダニエルとクリスマスを祝うの?」
「あたしもダニエルもキリスト教徒ではないけど、形だけなら祝うわね」
モンスターの中にも人間を同じ宗教を信仰する者、種族独自の宗教を信仰する者、特になにも信仰していない者、様々なパターンがあるようだ。しかし、大半のモンスターは長い歴史の中で人間に紛れて生活していたため、カモフラージュとして居住地域で信仰されている神を崇めたり、宗教的な集まりや祭事に参加したりしてきたらしい。
アリアたち魔女の一族も、魔女狩り対策としてクリスマスを祝う習慣ができたが、本来信仰しているのは魔女独自の多神教なのだとか。日本にも八百万の神がいるとされる神道があるが、それに近い感覚なのかもしれない。
「前に美良乃を誘って満月の儀式に参加したじゃない? あれも神様を呼んで魔力を高めるためのものなのよ」
「そうだったんだね」
「ダニエルの鬼人族はこれといって信仰している宗教はないはずだけど。良くも悪くも脳筋の集まりだから、力が全てなのよね」
鬼人族には力さえ強ければ何でも解決できるという信条があるらしく、どうやら神に頼るという発想自体がないようだ。それでもやはり、人間たちから怪しまれないようにクリスマスを祝うふりはするらしい。
アリアとダニエルはアリアの実家に行き、ディナーを食べる予定だという。
「ちなみに、あたしはダニエルと一緒にショッピングに行って、ブーツを買ってあげたわよ。渡すのは二十五日になるけど」
「そっかあ。やっぱり、欲しいものを訊いた方がいいのかな」
「それがいいんじゃない? ルイ様も、美良乃と買い物に行ける方が楽しいでしょうし」
その日の夜、ルイと電話をした際、美良乃は早速プレゼントについて話題に出した。
電話の向こう側で、ルイが明るく笑う。
「プレゼントなんて、君の気持ちだけで充分だよ!」
妻が夕飯に何が食べたいか訊いた時に、「何でもいい」と答える夫と同じくらい使えない回答だ。美良乃は舌打ちしたくなるのを必死で堪えた。
「う~ん、そうは言っても、初めてルイと迎えるクリスマスだし、何かしたいの。物じゃなくてもいい。これを手伝ってほしい、とかでもいいんだけど、何かない?」
彼が小さく息を呑む音がした。直後に「アア~ゥ」という感嘆が聞こえる。
「それでは、明日にでも二人でオマハに買い物に行くのはどうだろうか? この間ダメにしてしまった服もまだ買いにいけていないだろう?」
「うん、わかった。明日はバイトも休みだから、大丈夫だよ」
「そうか、良かった。オマハに行く前にちょっと寄りたいところがあるのだけれど、いいだろうか?」
「寄りたいところ?」
「ふふっ、お楽しみは明日まで取っておこうね」
「そっか。楽しみにしているね。じゃあ、また明日」
「おやすみ、僕の女神。愛しているよ」
「うん、おやすみ、ルイ。わたしも大好きだよ」
電話を切るなり、美良乃はホッと安堵の息を吐いた。これで頭を悩ませていたプレゼント問題は片付いたも同然だ。
その夜は翌日に備えて、入念に肌と髪の手入れをしてからベッドへ入った。
※次のエピソードを3分割して掲載する予定でいるため、本日は4話のみの投稿となります。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




