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【改訂版】美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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71. 12月10日 命長し、恋せよモンスター【2】

「あら、美良乃ちゃまじゃござーませんか」


 背中に蝙蝠のような羽の生えた老紳士の脇を通り抜けてバーへ移動する途中、背後から呼ばれて振り返ると、シャンパングラスを片手にしたバーバラが立っていた。


「バーバラさん、こんばんは」

「ご機嫌麗しゅうござーます、ルイちゃまの女神様」


 彼女は片手でスカートの端を摘まむと腰を落とす。これがラノベでよく出てくるカーテシーというやつだろう。映画などでは見たことがあるが、現実では初めて見た。


「現実でお会いするのは初めてですね」


「ええ、そうでござーますわね。あーたの夢は美味しゅうござーますから、また夢にもお邪魔したいですけれども」


「じゃあ、今度はルイも招いて、三人で夢でお茶会しましょうね」


 美良乃がそう言うと、バーバラは金貨のような目を三日月形に細めた。


「おほほほ! ようやっとあーたを堕とせたと、ルイちゃまにお聞きしましたわよ。よろしいことでござーますわ。ルイちゃまの浮かれっぷりといったら、それはもう可愛らしいものでござーます。あたくし結婚相談所の他にブライダルサロンも経営しておりますからね、ルイちゃまとご結婚なさる際は、是非ともご贔屓に」


「いえ、まだ付き合い始めたばかりで、そんな話は」


 バーバラはニタリと笑う。


「おほほほ!! あーた、吸血鬼の執着から逃れるのは至難の業でござーますわよ。あたくしの予想ではルイちゃまに押し切られて、一年以内に結婚式を迎えているはずざます」


 美良乃は口の端を引きつらせた。何やら恐ろしいことを聞いた気がする。


 令和に生きる日本人の感覚からすると、流石に二十代前半で結婚は早すぎると思う。ルイとの結婚が嫌なわけではもちろんないが、もう少し人生経験を積んでから家庭を持ちたい。


「ところで、バーバラさん、いい出会いはありましたか? さっき素敵な方とお話されてるのを見かけましたけど」


「ええ、何人かの見目麗しい殿方に狙いを定めたところでござーます。あたくしも恋の狩人でござーますから、狙った獲物は確実に射止めるざます」


 言いながら、矢を射る仕草をするのが勇ましい。


「か、狩人。かっこいい。素敵な恋人ができるといいですね」


「ありがとうござーます。恋は女性を美しくしますからね。あたくしはいつだって、恋がしていたいんざます」


 そう言って悠然と微笑むバーバラはとても輝いて見えた。恋にしろ、推しにしろ、何か夢中になれるものがあると、人はとても生き生きするものなのだろう。

 バーバラに比べて、人間である美良乃の一生などあっという間だ。美良乃の性格上、恋愛に生きる目的は見出せないけれど、何か他に打ち込めることならあるはずだ。


(わたしも、最期の瞬間まで『充実した人生だった』って言えるように、頑張ろう)


 美良乃が感銘を受けていると、銀に近い白髪の老人が近づいてきた。かなり背が高く痩せているせいで、どこか枯れ木を思わせる。


「バルバラ様、我ラが気高き女王ヨ! ご尊顔を拝すル機会に恵まれましたコト、光栄に存じマス」


 彼はバーバラ目の前で立ち止まるなり、床に片膝を突いて首を垂れる。きつい外国語訛りな上、使っている英語も難しく、美良乃は意味を推測するしかない部分もある。


 美良乃は驚いて紳士とバーバラを交互に見たが、跪かれた当のバーバラは全く動じる様子もなく、悠然と彼の後頭部を見下ろしていた。


「あらまあ、アメリカくんだりまできてその呼び方をされるとは思ってもござーませんでしたわ。あーた、お名前は?」


 紳士は顔を伏せたまま「侯爵位を賜っておりマス、セルジオ・カンナヴァーロにございマス、陛下!」と答えた。


「ではセルジオ。あたくしは女王の位は百年ほど前に退いたんざます。格式ばった挨拶は必要ござーませんから、どうぞお立ちになってくださいましな」


 セルジオは「はっ!」とキレのいい返事をすると立ち上がる。片手を胸に当ててバーバラを見つめる様は、焦がれた相手にようやく面会できた恋する少年のようだった。


「ごめんなさーませ、美良乃ちゃま。驚かれたでござーましょう?」


「まあ、それなりに……。えっと、バーバラさんって、本当はバルバラさん? っていうんですか? 女王って??」


 セルジオはクワッと目をひん剥いて美良乃を振り返る。銀色とも灰色ともつかない瞳が血走った白目と相まって酷く残忍な印象を受けた。


「其方、バルバラ様のことをご存知ないノカ!? これだからタカダカ数十年しか生きられない人間の小娘は!」


「おやめなさい、痴れ者が」


 フンと鼻を鳴らすセルジオを、バーバラは一瞥する。


「先ほども申しましたけれども、あたくしは既に女王の座を譲った身。今はこの地で結婚相談所兼ブライダルサロンのオーナーとして生活してるんでござーます。それを突然湧いて出たお前が引っ掻きまわすのは許さないざます」


 低い声でピシャリと言い放ったバーバラに、セルジオは文字通り震えあがった。彼は光の速さで頭を下げる。


「も、申し訳ございマセン!!」


「わかればいいんざます。美良乃ちゃま、あたくしの同胞が失礼いたしましたわ」

「い、いえ」


 美良乃は急にギスギスしだした雰囲気に慄いていた。今すぐ踵を返してルイの事務室に戻りたいが、それをしたら失礼になるのではないかと思うと怖くてできない。


 目が泳いだ美良乃に気付いたセルジオは、流石に申し訳ないと思ったのか、コホンと咳払いをした。


「バルバラ様、いや、バーバラ様が伏せていらしたナラ其方が知らなくとも仕方のないコトだった。どうか、私の無礼を許シテ欲しい」


「はあ、あの、気にしてませんので……。ところでその、バーバラさんの同胞っていうことは、あなたも夢魔なんですか?」


「いかにも。私は夢魔のセルジオ・カンナヴァーロ侯爵ダ。イタリアから親族を訪ねてきたところ、今宵の催しを知り参加させていタダいた」


「はじめまして、セルジオさん。わたしは人間の美良乃です。バーバラさんには恋人との仲を取り持っていただいたというか、色々お世話になってます。ところで、イタリアって未だに貴族制度があるんでしたっけ?」


 美良乃が知る限り、イタリアは共和国で貴族制度も第二次世界大戦後廃止されたはずだ。彼もルイと同様、元侯爵という意味で名乗っているのだろうか。


「其方ら人間たちにもかつて身分というモノがあったように、我ら夢魔の世界には現在も序列というものが存在スルノダ」


 なんでも、夢魔の世界では生まれに関わらず、夢魔としての力の強さで順位付けをされるらしい。セルジオはその中でも王・女王、王子・王女、公爵につぐ侯爵という位に属しているという。


「それじゃあ、かなり凄い実力の持ち主なんですね」


 美良乃の言葉に、セルジオはまんざらでもないと言う風に長い髪をかき上げた。


「ナニ、若い頃には町ヒトツが壊滅するまで人間の精気を吸いつくシテやったり、夜な夜な自分の領域に若い人間の女を集め、乱痴気騒ぎを起こして享楽に耽ってオッタが、その程度ヨ」


 その程度と言うわりにはドヤァという効果音がつきそうなほど、明らかに自慢しているようにしか見えない。


 人間でもよく若い頃にしたヤンチャを語りたがる男がいるが、女性としてはそんな武勇伝を披露してくる奴にドン引きはしても、感心は絶対にしない。


 ――声を大にして言おう、世間の男たちよ。昔の武勇伝でモテようとするのは悪手だ!!


 そう思っていた矢先、隣からバーバラの上擦った声が聞こえた。


「んまあ! 酒池肉林だなんて、あーた何て素敵な趣味をお持ちなんざましょ!」

「え、ええ……!? あれに感心するの!?」


 バーバラは金貨色の目をキラキラさせて身を乗り出している。


 どうやら、セルジオのイカレた武勇伝は彼女の心の琴線に触れたらしい。人間である美良乃にとっては倫理観の欠如っぷりにドン引きを通り越して戦慄しているのだが、夢魔には夢魔なりの感性があるのだろう。


「あたくし、若い頃は特に男女の痴情の縺れや、丸々と肥えた中年貴族が娼館で豪遊するのを覗き見るのが大好きでござーましたのよ」


「おお、何と! 気が合いマスな! どうデス、今度一緒に違法薬物と賭博に興じる若者たちを覗きに行きまセヌカ?」


「素晴らしいデートになりそうざます!」

「えええ……あれが素敵に聞こえるの? 嘘でしょう?」


 きゃっきゃうふふと楽し気な元女王と侯爵に顔を引きつらせつつ、美良乃はおやと気が付いた。


 先ほどセルジオは、王または女王が夢魔のトップであると言っていなかっただろうか。だとすれば、バーバラは夢魔の頂点に君臨するほどの力の持主だったということになる。


 美良乃の心を読んだかのように、セルジオは満足そうに頷いた。


「そうトモ、バーバラ様は百年前に自主的に位を退かれるマデ、五百余年ノ長きに渡り世界中の夢魔たちを傅かセル、偉大な女王であらせられたノダ」


 バーバラについては、イケメン鑑賞が趣味という変わったおばあちゃん程度の認識しかなかった美良乃は、目玉が飛び出るんじゃないかというくらい吃驚した。


「バーバラさんて凄い人だったんですね……」


「そんな大したことじゃござーませんわ。さて、あたくしはそろそろ他の参加者へのお声がけに戻らねばならないざます」


「そうでしたね。わたしも食べ物を買ってからフェルナンドの所へいく予定なんです。バーバラさん、セルジオさん、興味深いお話をありがとうございました」


「こちらコソ、人間の娘ヨ。其方の夜が素晴らしき悪夢に満ちたものであらんコトを」


 悪夢って。別れ際に呪詛を吐かれるほどセルジオに嫌われたのだろうか。

 密かに傷ついていると、即座にバーバラが通訳してくれた。


「夢魔流の礼儀で、人間でいうところの『良い夜を!』でござーます」

「あ、ありがとうございます。お二人も、素晴らしい悪夢を」


 セルジオはバーバラに恭しく手を差し伸べる。彼女はそれに応え、二人はしずしずと人混みの中へ消えていった。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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