70. 12月10日 命長し、恋せよモンスター【1】
※女性特有の生理現象が出てきますので、苦手な方はご注意ください。
「ううう……!」
「大丈夫?」
「もおおおおお……!!」
「何だか牛みたいな声が出てるけど」
美良乃は身体を丸めてベッドの上でもがき苦しんでいた。アリアは隣に腰かけて美良乃の腰を摩ってくれる。
「毎月この時だけは、女に生まれたことを恨む」
美良乃は生理痛が重い体質で、最初の三日間は貧血を起こしたり、あまりの痛みにじっとしていられず、絶えず貧乏ゆすりを続ける日々を過ごす。市販の痛み止めを飲んでもあまり効かないことが多く、以前から悩みの種だった。
二日目のこの日も下腹部が引き絞られるような痛みに悩まされていたのだが、運の悪いことに、夕方から6フィートアンダーでルイと会う約束をしている。
今日は店を貸し切りでシニア対象に催しをやっているそうで、興味深いので見学させてもらうことになっていた。
古からモンスターの薬師の役割を担ってきた魔女ならば、この厄介な痛みも何とかできるのではと、藁にも縋る思いでアリアに連絡したのだ。
「あたしは生理痛軽い方だけど、酷い人は酷いっていうからね。ほら、よく効く薬湯を持ってきたから、これを飲んで」
アリアが差し出したマグカップを弱々しく受け取る。中には雑草でも煮詰めたんですかと問いたくなるような匂いと色の、ドロドロした液体が入っていた。
「魔法は使わずに薬草だけで作ってあるやつだから、安心して。副作用もないし。一気に飲んだ方がいいわよ」
「……そうする」
アリアの忠告を受けて、鼻をつまんでひと息で飲み切った。ゴクリと嚥下すると、芝刈りをした直後の庭のような匂いが鼻を抜け、舌に苦みが残って思わず顔を顰めた。
「あまり酷いなら、一度婦人科を受診したほうがいいわよ。魔女の薬湯も万能じゃないから、手術が必要な場合は治せないからね」
「そうだね、今度受診してみる……」
マグカップをナイトテーブルに置くと、美良乃はベッドの上に再び身を横たえた。
「それと、これを渡しておくわ」
アリアはバッグの中から香水の瓶のようなものを取り出した。瓶自体は丸くて透明だが、蓋は金に細かい模様が彫りこまれたもので、かなり洒落ている。
「何これ?」
「血の匂いを消す消臭剤。これに詰め替えて持ち歩くといいわ」
言いながら、人差し指くらいの大きさの銀色のアトマイザーも出してくる。
「えっ、わたしそんなに臭い?」
慌てて自分の匂いを確認したが、特に血の匂いは感じられない。
「あたしにはわからないわよ。でも忘れてない? あんたの彼氏は吸血鬼なのよ。吸血鬼って人間より鼻がいいの。特に血の匂いには敏感なのよね」
「あ……。全然思いつかなかった」
幸い生理中にルイに会うのはこれが初めてだったが、考えておかねばならないことだった。
「愛しい彼女の血の匂いなんて嗅いじゃったら、ルイ様大変でしょ。色んな意味で」
「ひえええ」
匂いで生理中だとバレるなんて恥ずかしすぎるし、吸血欲を刺激しても困る。いずれ血を吸われる覚悟はあるが、貧血気味のこの期間は避けてほしいところだ。アリアが気を利かせてくれて助かった。
「三時間くらいしか効果が持続しないから、こまめに吹きかけるといいわよ。服の上からでも消臭できるから」
「ありがとう! 凄く助かったよ!」
「どういたしまして。吸血鬼ほどでもないけど、鬼人も血の匂いには敏感だからね。あたしも毎月気を遣うのよ」
「そうなんだ?」
確かに、鬼人も昔は人間を喰っていたという話を聞くし、血の匂いに敏感というのも頷ける。モンスター以外でも、肉食の獣も血の匂いを嗅ぐと寄ってくるらしいし、サメも25メートルプールに一滴垂らした血の匂いでも嗅ぎつけるというので、血の匂いに敏感な生き物は美良乃が考えているより多いのかもしれない。
アリアと話しているうちに、下腹部の痛みも引いてきた。流石は魔女の薬湯だ。即効性が凄い。
薬と消臭剤の代金を手渡すと、アリアは商魂たくましい魔女らしく、実にいい笑顔を浮かべた。
「薬湯は六時間おきに飲んでね。じゃあ、ルイ様によろしく!」
夕方。普段は若者でごった返す6フィートアンダーが、この日ばかりは白髪のシニアたちで埋め尽くされていた。
『命長し、恋せよモンスター!! シングル限定! シニアだって恋がしたい!! あなたも今宵6フィートアンダーで素敵なパートナーを見つけてみませんか?』
6フィートアンダーの事務室で、美良乃はルイから手渡されたチラシを読んでいた。どうやら毎年この時期になると、6フィートアンダーとバーバラ結婚相談所が合同でシニアたちのお見合いパーティーを開催しているらしい。
「『命短し恋せよ乙女』じゃなくて?」
「モンスターには長命種も多いからね! 恋はいくつになっても、生活に良い刺激を与えてくれるスパイスさっ!」
「まあ、そうだね。アメリカの夫婦って年老いても手を繋いで歩いたりして、愛情深いイメージがあるし、恋してた方が若くいられそう」
螺旋階段からそっと下を眺める。参加者たちがお洒落をして、お酒片手に談笑したり、ダンスフロアでポルカを踊ったりしてる様子が微笑ましい。シニアとされる年齢は種族によって様々だが、今夜の参加者は皆、人間でいえば六十歳以上に見える。
日本だとある程度年齢がいってから離婚・死別すると、余生は独りで過ごすというのが一般的なように思うが、その点アメリカ人はいくつになっても恋愛に積極的だ。理由のひとつにアメリカはカップル社会であることが挙げられるのではないだろうか。
パーティーに招待されると、恋人または配偶者同伴で出席するのが当たり前だ。結婚する予定がないのに家族に紹介したり、親族の集まりに恋人を連れて行くのもよくあることだ。
日本では自分の友達はあくまで自分の友達であり、その集まりに参加者の承諾なくパートナーを連れて行くことはマナーとしてしないが、アメリカでは友人で集まったりする際も恋人や配偶者を連れて行くのはよくあるし、それに対して友人が気まずい思いをすることもない。
「何だか、おじいちゃんがおばあちゃんをエスコートしてる姿が可愛いね。見てるとほっこりする」
「ふふっ。皆楽しそうで何よりだよ」
背後に立って一緒に階下を眺めていたルイを振り返る。これからバーに登場するのか、真っ赤なスーツという出で立ちだ。彼は本当に嬉しそうに微笑んでいた。
「僕はね、美良乃。モンスターであっても、老人であっても、性的マイノリティーであっても、誰もがありのままの自分でいられる場所になればいいと思って、6フィートアンダーを作ったのだよ」
美良乃は意外な気持ちで目を瞬いた。
「オープン当時は今よりずっと、モンスターであることを隠さなくてはならない時代だったからね。僕も皆も、自分を押し殺して、人間の振りをして生活していた。他種族との交流もそんなに盛んではなかったし、開放的な空間が欲しかった」
「それは……窮屈な生活だっただろうね」
美良乃は人間だし、性的マイノリティーでもないので、当事者の心労を理解できるなどと烏滸がましいことを言うつもりは微塵もないが、自分を押し殺さなくてはならない息苦しさなら少しは共感できる。
「ルイが6フィートアンダーを開いてくれて良かったよ。わたしも狭い世界に住んでいたけど、ここへ来て視野が広がった気がするもの」
「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ、マイハニー」
ルイは後ろから美良乃をそっと腕の中に抱き込み、頭頂部に軽くキスを落とす。
ほんわりした気分で参加者たちを見守っていると、人混みの中に、派手な紫色の髪を結い上げ、ピンク色のドレスに身を包んだ老婦人を見つけた。
「あっ、バーバラさんだ」
どうやら客に挨拶をして回っているようだが、主催者のひとりであるバーバラも今回のパーティーに参加しているらしい。
「バーバラさんって、旦那さんはいないんだ?」
「一番最近の夫君は人間で、五年前に天寿を全うされたのだったかな。バーバラは実に恋に積極的なご婦人でね、何でも一番最初の夫君が恋のすばらしさを教えてくれたのだとか。離婚・死別を合わせても両手で足りない数の婚姻歴があるそうだよ」
バーバラは夢魔だ。かなり長命の種族なので、それなりに出会いと別れを繰り返していても何ら不思議ではない。
「バーバラは昔から美形に目がなくてね。若い頃は街中の美青年を芸術品のように鑑賞しては、彼らの夢に入って精気を貪っていたらしい。それがきっかけて恋愛に発展することが多かったようだよ」
話だけ聞くと明らかに不審者だ。美良乃は苦笑した。
「ルイはバーバラさんに精気を食べられたことあるの?」
「いや。僕は吸血鬼なので、夢魔が好む精気を持っていないのだよ。しかしバーバラと最初に出会ったのは、僕の噂を聞きつけた彼女が、僕の美貌を拝むために夢に忍び込んできたのがきっかけだ」
何でも、夢の中で木陰からねっとりした視線を感じたルイが振り向くと、オペラグラスでこちらを覗き見している老婆がいたらしい。見目麗しい殿方鑑賞が趣味とのことで、ルイは喜んで鑑賞させてあげたのだとか。
「何だか、ノリノリでポーズをとってそうだよね、ルイ」
「何故わかったんだい!? ご明察の通り、アンニュイな僕、勇ましい僕、無邪気な僕と、様々なシチュエーションの僕を堪能してもらったさ」
「やっぱり……」
バーバラは好みの男性をロックオンしたのか、ロマンスグレーといった雰囲気の男性に声をかけている。楽しそうでなによりだ。
「おっと、そろそろ僕も挨拶回りに行かなくては。君も一緒に来るかい?」
ルイがここで待機しているということは、例のごとく、あの口上と出囃子と共に晴れ晴れしく登場するのだろう。美良乃は主催者でもないし、注目されるのが苦手なので、頭が捥げそうな勢いで首を横に振った。
「ううん。わたしはバーでチキンウィングでも食べてようかな」
「そうかい? 君は魅力的だから、おじ様たちが群がって来ないか心配だよ」
ルイは恋人の欲目が酷過ぎるのではないだろうか。
「そんなことないでしょう……」と苦笑するも、彼の目が真剣すぎて、正直美良乃は少々引いた。
「じ、じゃあ、フェルナンドのそばで食べる」
今夜はフェルナンドがバウンサーとして入口で身分証明書のチェックをしている日だ。
ルイは安心したように頷いた。
「是非そうしてくれたまえ! では、また後で!」
美良乃はルイに手を振ると事務室へ引っ込んだ。直後にいつものファンファーレが鳴り響く。普段なら、ルイが登場すると若い女性たちの黄色い声が凄まじいのだが、流石は落ち着いたご老人たち、上品に拍手で彼を迎えている。
頃合いを見計らって、美良乃は階下へ向かった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




