69. 閑話 マイノリティーな自警団長
ダニエル視点です。
※すみません、今回文字数多めです。
カサンドラの襲撃から一夜明けた午後、ダニエルはニッカ―のダウンタウンにある、ニッカ―郡モンスター自警団のオフィスにいた。
ルイと美良乃をサンティアゴ伯爵邸に送り届た後、ダニエルは寝る暇もなく事件の事後処理の采配をして仮眠を取り、ようやく気分がシャキッとしてきたところだ。
団長室でデスクの前に座り、マシュマロの浮いたホットココアを片手にメールをチェックしていると、ドカーンと勢いよくドアが開く音と共に、オフィス全体が軽く揺れた。
「あたしの友達に怪我させたあばずれは何処よ! ぶっ殺してやる!!」
窓がビリビリ振動するくらい大きな怒声が響き渡り、ダニエルは思わず飲んでいたココアを吹き出しそうになった。
「アリアちゃん……!?」
紛うことなき愛しい恋人の声に立ち上がると、慌てて団長室を飛び出す。
アリアには美良乃が攫われた時点で連絡を入れてあった。そして仮眠を取る直前に、美良乃が無事保護されたこと、怪我を負ったが命の危険はないことを知らせてあった。ダニエルのメッセージを呼んで頭に血が上り、乗り込んできたのだろう。
オフィスの入口の方へ視線を走らせると、案の定、アリアが怒髪天を突く勢いで受付嬢のセイレーン、マシューズ女史に詰め寄っているところだった。
「こ、困ります!」
「困ることなんて何もないじゃない! さっさとあの女の所へ案内しなさいよ!!」
「こら、アリアちゃん! 怖い声出さないの!」
ダニエルはアリアを後ろから抱き竦めた。彼女は振り返ると鬼のような形相で睨んでくる。ここ最近、鬼人である自分よりよほど鬼っぽい者が多すぎやしないだろうか。
「ダニエル! カサンドラは何処なの!?」
「はいはい、落ち着いてちょうだいな。取り敢えず、アタシの執務室へ行きましょ」
団長室に戻るなり、ダニエルは椅子に座り、膝の上に怒れる恋人を座らせた。興奮した動物を宥めるように背中を摩ってやる。
そばかすだらけの顔をキュッと顰めると、拗ねたようにこちらを睨んでくるアリアが可愛い。この場で貪ってしまいたいくらいだ。オフィスでいたすのもスリル満点で興奮するが、生憎と今日は予定が立て込んでいる。
「もうっ、子供扱いしないでって、いつも言ってるじゃないの!」
「ふふ、そうだったわね。でもアタシに甘やかされるのが好きなくせに♡」
唇にチュッと軽くキスをすると、アリアは大きな溜息を吐いた。
彼女は怒ると荒れ狂うが、基本的には品行方正な魔女なので、これまで自警団の世話になるような騒ぎを起こしたこともなければ、事件に巻き込まれたこともない。そのため、ハーベストムーンの日に6フィートアンダーで出逢うまで、二人はお互いの名前くらいは知っている程度だった。
あの夜、ダニエルはたまたま時間ができたので、せっかくの満月の夜を満喫しようと6フィートアンダーを訪れた。そこで恋人と別れたばかりのアリアと出逢ったのは、偶然ではなく運命だったと、ダニエルは思っている。
ダニエルは男性の身体を持って生まれたが、心の性別は男でもあり、女でもあるとの認識でいる。恋愛対象の性別には特にこだわりがなく、相手が男であろうが、女であろうが、トランスジェンダーだろうが、相性さえ良ければいい。
アリアは昔から性的マイノリティーに対して寛容だった魔女という種族に加え、二十四歳という若さもあって考え方も柔軟だ。そんな彼女とは出逢った瞬間からお互い惹かれあい、短期間で親密な関係を築いた。彼女はダニエルにとって単なる交際相手ではなく、親友であり、魂が惹かれ合うソウルメイトなのだ。
「さっき美良乃からもメッセージが届いたのよ。首の傷と全身の痣以外はピンピンしてるって言ってたけど、絶対に赦せないわ! 大体、人間を使ってあたしの吸血鬼避けのペンダントを取り上げるなんて姑息な手段使いやがって」
大人しくダニエルの膝に座りながらも、アリアはプリプリ怒り続ける。美良乃が襲われただけでもはらわたが煮えくり返っているのに、自分のアミュレットが最後まで彼女を守り切れなかったことも悔しかったのだろう。
「そうよねえ。腹が立つわよねえ。でも大丈夫よ。アタシたち自警団できちんと取り調べて、相応の罰を下すから。今のところは魔女の呪で姿を変えて放逐の線が濃厚ね」
「それ、あたしがやるわっ!! あたしにやらせて! ヒキガエルにしてルイジアナ州あたりのワニの餌にしてやる!!」
魔女は変身術というと真っ先にカエルを思い浮かべるようだが、どうやら幼少期に親から魔法を習う時に一番最初に対象を変身させる動物がカエルだというのが大きく影響しているのかもしれない。
「それはダメよう。アリアちゃんは自警団の団員じゃないでしょう? 執行役は団員じゃないと務められないっていう規則があるじゃないの。それに、執行役は私情を挟む人はなれないのよ」
「ダニエルは団長でしょ!? その規則、何とかならないの?」
「私情で規則を変えられないわよ。ここはアタシを信用して任せて。ね?」
納得いかない様子のアリアを宥めすかしていると、軽快なノックがした。返事をするなり、浮かれた様子のルイが入室してくる。
「やあ、ダニエル! おや、アリア嬢も、ごきげんよう」
「ハァイ、ルイちゃま。随分嬉しそうだけれど、美良乃ちゃんと熱い夜は過ごせたのかしら?」
「えっ、そうなの!? 美良乃からは何も報告がなかったけど!? ルイ様、詳しく聞かせてよ」
ルイは黒髪をファサァッと掻き上げて得意満面だ。
「ふふっ。僕は怯える婦女子をベッドに組み敷くような男ではないよっ! だがしかし、昨日は美良乃を堕とす絶好のチャンスだったからねっ! 恐怖体験をして心が弱っている、寝起きで判断力が鈍っている、それに加えて悪夢から目覚めたばかりという三重の吊り橋効果を利用して言質をとり、見事恋人になることに成功したのさっ!!」
「……何か、もの凄く爽やかに最低なことを言った気がするんだけど。要するに、抱いてはいないけど、真剣に付き合うことになったのね?」
アリアは胡乱気な視線を投げたが、ダニエルには真っ当な攻略方法に思えた。人間を糧とする魔に属する種族は基本的に狙った獲物は逃がさないがモットーなのだ。
「ああ、そうだともっ! ここからは計画的にことを運んで、バレンタインデーには美良乃の純潔と破瓜の血をいただく予定だよっ!!」
ルイが美良乃を色々な意味で美味しくいただこうと画策している点は華麗にスルーして、ダニエルは両手をパチンと合わせる。
「良かったじゃないのぉ。今度アタシたちとダブルデートしましょうね♡」
ルイは団長室の来客用の椅子にどっかりと腰を下ろすと、思いついたようにコートのポケットから小さなジッパー付きのストックバッグを取り出した。中には先が鋭く尖った真珠色の歯のようなものが入っている。
「そうそう、今回の捕縛に際して、カサンドラの牙を押収したのだけれど、怒りまかせに投げ捨ててしまったのだよ。これは捕縛の数日前にへし折ったあの女の牙だ。代わりに納めさせてくれたまえ」
「あら、ありがとう、助かるわ。自警団で作るポーションの材料にしましょ」
自警団の任務中に押収したものは自警団に提出する義務がある。そのうち、牙や鱗など素材として使えるものは自警団の備品として積極的に再利用しているのだ。吸血鬼の牙は滅多に市場に出回らない高級品だ。
「それで、あの女狐たちは素直に取り調べに応じているのかな? 何なら僕が直々に拷問してあげよう」
ルイは黒い笑みを浮かべる。
「拷問は禁止されているってば! んもう、ルイちゃまは今回の尋問と調査、刑の執行には関われないって、わかっているでしょ?」
気持ちはわかるが、アリアにしても、ルイにしても、美良乃への愛が強すぎる。これは目を離した隙にとんでもないことをしでかしそうだ。
「――お昼休みの後に尋問が開始されたところだけれど、素直に応じているとは言い難いでしょうね。でも安心して。自警団には優秀な尋問員がいるんだから。それより、ルイちゃまにはカサンドラに襲撃された時のことを詳しく聴きたいのだけれど」
「もちろんだともっ! いかに僕が華麗にあの女狐を撃退したか、武勇伝をとくと語って聞かせようではないか!!」
「楽しみにしてるわぁ~! それじゃ、調書を取りましょうか。アリアちゃん、カサンドラたちのことはアタシたちに任せてね。アリアちゃんは、美良乃ちゃんの話を聴いてあげて欲しいわ。被害者である美良乃ちゃんにも事情聴取はするけれど、きっと今回のことででかなり心理的にも傷を負っていると思うから。女の子同士のほうが気安いでしょ?」
「そうよね。うん、わかったわ」
ダニエルはアリアを出口までエスコートした。
「じゃあ、あたしは帰るわね。愛してるわベイビー」
「アタシも愛してる♡ 今夜電話するわね」
別れのハグとキスをすると、アリアは車に乗り込んだ。それを見届けてから団長室へ戻る途中、廊下の向こう側から雪男のラジャンが宅配業者などが使う二輪運搬車を押しながら歩いてきた。段ボールの代わりに首から下が氷で覆われた鬼人を載せているところを見ると、どうやら事件を起こした容疑者を凍らせて拘束したらしい。
鬼人はしきりに「冷てえ!」と喚いていたが、ダニエルを見るなり嫌悪感も露わに顔を顰めた。
「おうおう、何か臭ぇと思ったら、ダッカウアがいやがる」
ダッカウアとはアメリカの鬼人族独自の言葉だ。「頭のおかしな者」という意味もあるが、同性愛者などを侮蔑する際にも使われている。
ダニエルは鬼人の男に目もくれず、ラジャンに手を振った。
「ハァイ、ラジャン。今パトロールから戻ったところ?」
「やあダニエル。そうダヨ。トチュウで乱闘している阿呆どもいたカラ、連行してキタ。もう一人はゲイブが連れてくる思うヨ」
「あらそうなの。嫌ねえ、血の気が多いお馬鹿さんたちは」
ダニエルは頬に手を当てて溜息を吐いた。鬼人の男はそんな彼の様子が気に入らなかったのか、牙を剥いて声を荒げる。
「んだとテメェ!! 男とも女ともわからねえ半端者が!」
「あらぁ、二十一世紀にもなってそんなこと言ってるなんて、化石みたいねえ。考え方の古い男はモテないわよぉ?」
ダニエルはこてりと首を傾げる。
「調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
「ふふ。決闘ならいつでも受けてあ・げ・る♡ 今度申請してちょうだい?」
鬼人族は種族的に脳筋の傾向があり、血の気が多い。強さこそ全てという性質上、序列をハッキリさせるためにしょっちゅう喧嘩になるのだが、その度に自警団が駆り出されるのは骨が折れる。そのため、事前に自警団に申請した上で、自警団監視の下に決闘を行うことが認められていた。
ダニエルは笑顔に覇気を載せる。紅く塗られた唇から鋭い牙が覗くと、男の顔から血の気が引いていった。
男が口を噤んだのに満足すると、ダニエルは再び団長室へと歩き出した。
「それじゃ、ラジャン、後はよろしくねぇ」
「アイヨ」
しばらく進むと、背後から我に返った鬼人の男が再び喚きだすのが聞こえてきた。ダニエルは小さく溜息を吐いた。
「はあ。弱い犬ほど良く吠えるっていうけど、あれって犬に失礼よねぇ。ワンちゃんの方が断然お利口だもの。それにしても、アタシの外見も口調も女性的だからって侮るお馬鹿ちゃんの多いこと! 自警団の団長を務めるにはそれなりの実力が求められるのにねぇ」
ダニエルは鬼人族の男性としては体つきが貧相で顔立ちも中性的だ。そのため、男とは筋骨隆々で逞しく、好戦的でなければならないという価値観が根強い鬼人族にしてみれば魅力に乏しい。彼の性自認や性的指向のせいもあって、鬼人族の中ではかなり浮いた存在だった。
とりわけこの世に生を受けた数百年前は性的マイノリティーは鬼人族の中でも異端扱いだったため、一族からは鼻つまみ者として長らく冷遇され、孤独で辛い年月を過ごしてきた。人間社会が多様性に対して寛容になるにつれ、鬼人族内の意識も大分様変わりしたが、それもここ数十年のことだ。
閉鎖的な鬼人族に嫌気が差したダニエルは、己の在り様に対して比較的偏見の少ない他種族と積極的に関わって交友関係を広げた。その人脈の広さと、華奢な見た目に反して鬼人族の中でも抜きん出た強さを買われてモンスター自警団の団長の座に納まった経緯がある。
(それにしても、こんな風変わりなアタシが自警団のトップを任されるんだもの、世の中も変わったものだわ)
いつの時代にも、自分の価値観にそぐわない存在を否定したい者は一定数いる。だが、他人を自分の物差しで測って優越感に浸りたいだけの愚者に、自尊心を傷つけさせたりしない。自分の人生に深く関わることがない輩の言うことなど、ゴミほどの価値もないのだから。
(アタシにとって大切な人が、ありのままのアタシを受け入れてくれる。それだけで充分幸せだもの)
ダニエルは颯爽と団長室のドアを開いた。
「おまたせ、ルイちゃま。じゃあ、事情聴取を始めましょうか」
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




