65. 12月2日【1】サンティアゴ伯爵邸
ルイの家はニッカ―の北部、高級住宅街の北端にあった。街灯と家のポーチの灯りだけで細部までは見えないが、ヴィクトリア様式の建物のようだ。装飾が多いドールハウスのような外観が可愛らしい。
「さあ、どうぞ入ってくれたまえ」
上部にステンドグラスの嵌っている重厚なドアを開けて家の中へ入ると、十二畳くらいの玄関ホールになっていた。天井は吹き抜けになっており、二階からアンティークのシャンデリアが下げられている。壁は腰壁になっていて、上半分は濃いベージュ色のペンキで塗られ、下半分はダークブラウンの木のパネルになっている。
歴史を感じさせる床材は手入れが行き届いており、複雑な模様が織り込まれたラグが敷かれていた。
玄関ポーチの右手にリビングルーム、左手に応接室がある。それぞれの部屋へ続く入口にも腰壁と同じ色の枠が取り付けられている。玄関ポーチの先には二階へ続く階段と、一階の奥へ続く廊下が続いている。
(うわあ、素敵……! 何だかヨーロッパとかにある老舗のホテルみたい)
全体的に落ち着いた色合いのアンティーク家具で統一されており、とても上品かつ優雅な雰囲気を醸し出している。
美良乃が内装に見惚れていると、先に階段を上がっていたルイが不思議そうに振り返った。
「どうかしたかい?」
「ううん、何だか意外で。ルイってもっと、こう、近代的なデザインの家でワイングラス片手に猫でも撫でてそうなイメージだったから」
「ははっ! 君の中の僕はどんな男なのだろうね。さ、こちらへおいで。ハウスツアーは明日にしよう。先ずはお風呂に入って温まっておくれ。あの納屋はとても寒かっただろうから」
家庭にもよるが、アメリカでは客人に家の中を案内して回る習慣がある。美良乃にしてみれば他人に家の中を見られるのは気が進まないのだが、以前クローイーにどうしてツアーをするのか訊いたところ、「だって、自分のこだわりの内装や家具を皆に自慢したいでしょ? 日本では違うの?」と怪訝な顔をされた。これぞ文化の違いというやつだろう。
とはいえ、これだけ大きくて立派な家なら色々と見て回りたいと思うのも頷ける。明日が楽しみだ。
ルイについて二階へ上がると、広々とした廊下の両側にドアが並んでいた。道路に面した廊下の突き当りはサンルームになっているようだ。
ルイは階段を上がってすぐ右にある部屋へと美良乃を連れて行く。二十畳はあるのではないかという広々とした寝室で、真ん中の壁際にキングサイズの天蓋付きベッドが鎮座していた。
ベッドの足元から少し離れたところにアンティークのソファが置かれ、壁にはダークブラウンのマントルピースが美しい暖炉があった。暖炉の上の壁には大型のテレビが取り付けられている。
ルイは寝室を横切ると奥にあるドアを開けた。
「申し訳ないのだけれど、僕のバスルームを使っておくれ。僕が使用している化粧水やシャンプーなどは客用のバスルームには置いていないのでね」
「うん、ありがとう」
ルイは金色の猫足がついたバスタブにお湯を張ると、美良乃にバスタオルと着替えを渡してくれた。
「それでは、ごゆっくり」
独りになると、美良乃はきょろきょろと周囲を見渡した。バスルームもかなり広く、洗面台は二つあった。床は白と黒のアンティークのタイルが敷かれ、バスルームの中央には小さなシャンデリアがぶら下がっていた。バスタブとは別にガラス張りのシャワーブースもあるので、お湯に浸かって温まったら、シャワーブースで髪と身体を洗えばいいだろう。
「うわああ……」
明るい場所で改めて己の身体を見下ろすと酷い有様だった。コートはあちこち破れ、襟と背中にべっとりと血糊がついていた。どうせバイト先で汚れるからと着ていたくたびれたスウェットシャツの襟元は血を吸って変色してガビガビに固まっているし、デニムパンツも埃だらけで汚い。コートとスウェットシャツは後でルイに処分してもらった方がいいだろう。
ふと鏡に映った自分の姿に美良乃は目を瞠った。思わず二度見したほどだ。
全身のあちこちに擦り傷や痣ができていた。首にはくっきりと圧迫痕があり、青と黄色が混じったような色に変色している。首筋のガーゼを慎重に剥がすと、ストローでも刺したのかと思うくらいの太さの穴があり、周囲が腫れて盛り上がっていた。出血はしていながジュクジュクしていて、我ながらかなり痛々しい見た目になっていた。
「吸血鬼なら牙で噛むんだろうに、何であの人は指で刺したんだろう。おまけにこの太さ。何か道具でも使ったのかな? ……それにしても、しばらくタートルネックを着ないといけないな」
独り言ちながらも、ゆっくりとバスタブに身を浸す。足先はかじかんでいたせいで、お湯につけるなりビリビリと痛んだが、しばらくすると温度に慣れたのか、心地よさだけが残った。
二の腕を確認してみると、リンクスがいた。しかしいつものように髭をひくひくさせるでもなく、普通のタトゥーのように静止したまま動かない。フェルナンドが言っていたように、魔力が尽きてしまったからだろうか。
美良乃は指先でそっとリンクスを撫でた。
「護ってくれてありがとう、リンクス。明日にでもフェルナンドに返しに行こうね」
身体が温まったところでシャワーブースに移動し、髪と身体を洗う。
「うわっ、これ、美容院とかに置いてあるシャンプーじゃない? ……ボディーソープも、ショッピングモールの中にある専門店のお高いやつだ。……わたしなんか、スーパーで五ドルくらいで売ってるやつ使ってるのに」
洗面台に置いてあった化粧水や乳液も高級品だった。ルイの美意識の高さにも驚くが、美容にかける金額にも度肝を抜かれる。
汚れを落としてさっぱりすると、美良乃はルイが貸してくれたスウェットの上下を着る。ドライヤーで髪を乾かしてからバスルームを出た。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




