6. 8月31日 満月の儀式
『今日は満月だから、友達の家の庭でパーティーをやるんだけど、美良乃も来ない?』
その日の昼過ぎ、アリアから送られてきたメッセージに、美良乃は戦慄した。
バイトも決まり、晴れ晴れとした気分でクローイーと食後のお茶を飲んでいた時にスマホの通知音が鳴ったので、確認してみたら外出の誘いだったのだ。
アリアとは大伯父の家で出会って以来、たまにメッセージのやりとりはしていたが、直接会ってはいなかった。
(アリアの友達って、会ったことないんだよね)
つまりは、アリア以外は全員初対面の人である。日本にいたら光の速さで断っていた案件だろう。
(絶対疲れるやつだ。……でも、もしかしたら気が合う人と出会えるかもしれないし、変わりたいなら少しは積極的に社交しないと)
美良乃はリビングの窓際に置いたオットマンの上に腰かけながら思案した。
『満月だから』とあるが、満月に何か特別な催しでもあっただろうか。考えてみてもこれといったイベントは思いつかない。
満月を見るのは好きだ。日本にいたときも、ことあるごとによくぼんやりと月を眺めていた。月の品のある美しさが好きだったし、世界のどこかで自分と同じように月を見上げている人がいるかもしれないと考えると、少しだけ孤独が癒された。
アリアと会うのはいい。彼女は気さくで、美良乃にもぽんぽん話題を振ってくれるので話しやすい。問題は、友達の家に到着した後、アリアが誰かと話しに行ったり、トイレに行ってしまったりして独りになった時だ。歪な笑みを浮かべて壁の花と化している自分を容易に想像できる。
(せっかく誘ってくれたし、もしかしたら楽しいかもしれないし……。今回行ってつまらなかったら、次回から断ればいいよね?)
自分を納得させ、震える手で「行きたい」と返事を打つ。
すぐさま夜の九時に迎えに行くと返信があった。
「『了解』送信っと……。はあ~、緊張する。お腹痛くなってきた」
九時を少し過ぎてから迎えにきたアリアの車に乗って、舗装されていない畦道を十五分ほど走ると、トウモロコシ畑の真ん中に一軒の家があった。おそらく美良乃の祖父チャドと同じく農業を生業としている家なのだろう。
家は平屋で白い外壁と黒っぽい屋根の可愛らしい雰囲気だった。玄関の周りにホームセンターでよく見かけるおどけた小人の置物が置いてある。
庭は四十坪程度の家が十件は建ちそうなほど広大だった。真ん中に大きな焚火があり、それを囲むようにガーデンチェアが並べられている。既に何人か座っておしゃべりしていた。
「アリア! 待ってたよ!」
その中の一人がこちらに向かって手を振った。
「ごめん、今日バイトだったのよ。友達を連れてきたの! 皆、美良乃よ」
「ようこそ満月の儀式へ! 歓迎するよ美良乃!」
「よ、よろしく」
促されるまま、焚火のそばに座った。何だか煙に混ざってハーブのような匂いがしたので、一瞬違法なハーブかと勘違いしたが、お香の匂いだとわかってホッとする。
集まっていたのは二十代から三十代くらいの人たちで、やや女性が多い。
アリアが隣に座った人と何やら楽し気に話している間、美良乃はぎこちない笑みを浮かべながらじっと焚火を見つめていた。
「ハーイ! はじめましてよね? わたしはパムよ」
反対側の隣に座っていたふくよかな中年女性にいきなり話しかけられ、美良乃はビクリと肩を震わせる。ギシギシと錆びついたブリキのおもちゃみたいにぎこちなく振り返った。
「ハッ、ハア~イ! わたしは美良乃っていうの」
「ミラノ? 珍しい響きね。もしかして、メキシコ系?」
この辺りで黒髪は珍しく、メキシコなどのヒスパニック系と勘違いされることも珍しくない。
美良乃は首と両手を横に振る。
「ううん。日本から来たの」
「オ~ウ! スシの国ね! ようこそネブラスカへ! ここへは留学で?」
「いえ、ニッカ―にはおばあちゃんが住んでて」
「おばあちゃん? もしかしてクローイーかしら? アジアのどこかに息子さんが住んでるって聞いたことがあるわ」
ニッカ―は集落と呼んでもいいほど小さい町だ。ほとんどの町人が知り合いで、直接は知らなくても誰か共通の知り合いがいたりする場合が多い。
「そう、クローイーが祖母です」
「そうだったのねえ!」
パムはお喋りな質なのか、美良乃のぎこちない返答も気にする様子なく次々と質問をしてくる。正直、何を話していいのかわからないのでありがたい。
そうこうしているうちに、焚火の反対側に座っていた大柄な女性が立ち上がって皆を見渡した。
「皆、揃った? じゃあ、儀式を始めましょうか」
焚火の側で座っていた人々が一斉に立ち上がる。
(――ん?? 今、儀式って言った?)
困惑してアリアを見ると、彼女は小声で「大丈夫、歌って踊ったりするだけよ」と笑う。
アリアが足元に描かれた白い円の外側に立ったので、美良乃もそれに従う。目を凝らして見ると、円の中には複雑な模様が描かれ、その中心に焚火があるようだった。
何だか、マンガやアニメに出てくる魔法陣っぽいなと思った。
「では、歌いましょう」
皆が一斉に空を仰ぎながら両手を突き上げた。
(えっ? えっ?? ヤバい宗教とかじゃないよね?)
恐る恐る両腕を上げながら、キョロキョロと周囲を見渡す。
美良乃の動揺もよそに、皆は英語とは違う言語で歌を歌い出した。じっと目を閉じて両腕を突き上げたまま真剣に歌う者、腕を上げながらも楽し気に踊る者、様々だった。
どうしていいかわからず、両腕を上げたまま硬直していると、ボッという音を立てて焚火の炎が緑色に変わった。火に何かを入れると化学反応で色が変わると聞いたことがあるが、それだろうか。
目を見開いて凝視していると、焚火の周りに描かれた円が仄かに光を帯び始める。
(何、何なの!? 蛍光塗料か何か!?)
しばらくすると、目の前を小さな黄色い光が横切ったのに気が付いた。この辺りでは夏に蛍が出るので、あまり気にも留めなかったのだが、段々と光の数が増えていくではないか。しかも、赤、青、緑、黄、色とりどりだ。
月光の下の緑色の焚火。淡く輝く不思議な円。満天の星空のように輝く無数の小さな光。
(何て、綺麗なの……!)
余りに幻想的な景色に、胸が高鳴った。辺りを見渡し、感嘆の息を吐く。
「どう、綺麗でしょ?」
アリアに声をかけられてハッと我に返る。彼女はもう腕を下ろしてガーデンチェアに腰かけていたので、美良乃も慌ててそれに倣った。
「うん、すごく綺麗! これって、プロジェクションマッピングか何か? それとも蛍かな?」
「ふふっ。さあ? 魔法かもしれないわよ? 満月は魔力が最も高まるからね」
アリアはにんまりと笑う。若干厨二病っぽいなと思いながらも、美良乃もつられて笑った。
「そうだね。本当、魔法みたいに綺麗」
アリアは立ち上がると家の方からレモネードを持ってきてくれた。甘酸っぱくて美味しい。蜂蜜を使っているようだ。
「満月の夜はこうして仲間で集まって、月光浴をしたり、踊ったりして過ごすのよ」
「仲間って、どういう仲間なの? 友達?」
「うーん……、なんていうか、同じライフスタイルをもつ同士というか。美良乃はウィッカって知ってる?」
「ウィッカって、いわゆる魔女じゃなかったっけ?」
美良乃もSNSでチラリと見たことがある程度なので全く詳しくないが、自然を崇拝している宗教で、ハーブとか天然石とかでおまじないをしたりしているイメージが強い。
「魔女! そう、私たちも魔女なのよ! でも、イメージとしてはウィッカに近いんだけど、私たちが信仰しているのは、それとは全くの別物なのよね」
暗がりの中でも美良乃が微妙は顔をしたのが見えたのだろう、アリアは焦ったように付け加えた。
「イベントに参加したからといって仲間に強制加入させられることはないから、安心して! ここってほら、娯楽が少ないじゃない? だから美良乃にはこういうイベントも珍しくて面白いんじゃないかと思ったの」
「そうだったんだ。確かに、興味深かった」
――知らない人と話すのは緊張するけど、神秘的な風景も見れたし、こんな夜も悪くはない。何より、アリアの心遣いが嬉しかった。
「アリア、連れてきてくれてありがとう」
「そう言ってくれて良かったわ。また一緒に来ようね」
「うん」
その後、美良乃はアリアに紹介された儀式の参加者たちとぽつぽつと短い会話を交わすことができた。一言二言質問され、美良乃も相手に同じ質問を返す程度のやり取りだったが、コミュ障の美良乃としてはよくやった方ではないだろうか。
アリアに紹介された人たちの自分に対する接し方を見ているうちに、美良乃はふと気付いたことがあった。アメリカ人はやたらと社交的でフレンドリーな印象があるが、アメリカではこういうホームパーティーのような社交イベントが日常的に開催されている。
子供たちは幼い頃から家に大勢客が来ることに慣れているし、親が彼ら相手にどのように振舞っているのかを見て育つ。そういう風に自然と見ず知らずの人との接し方を学ぶのかもしれない。
(日本だと、ホームパーティーなんて有名人がやってるイメージしかないもんね)
意外な発見をしつつ、魔女たちによる満月の儀式の雰囲気を楽しんでその夜は帰宅した。
内向的な性分なのに無理に社交的に振舞おうとした結果、帰宅する頃には心身共に疲れ切ってはいたが、良く知らない人とでも無難に交流できたことに対するささやかな達成感を味わうことができたのだった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




