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【改訂版】美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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58. 11月23日 サンクスギビング【3】

ルイ視点です。

※すみません、今回文字数ちょっと多めです。

 午後十時を少し過ぎた頃。ルイは自室のソファに背中を預けながら、スマホの画面を見つめて頬を緩ませていた。スマホに登録されている美良乃の連絡先のアイコンには、以前撮らせてもらった彼女の顔写真を使っている。

 面白くもないときに笑顔を作るのが苦手だと公言しているだけあって、写真の彼女は仏頂面とも言っていいほどの真顔でこちらをじっと見据えている。そんな不器用なところすら可愛い。


 デートでモンスターショーに行ったあの日。ルイに対して何か思うことがあったのか、途中から美良乃の態度が硬化したのには、オーラに疑念の色が混じったことからもすぐに気付いた。どうかしたのかと訊いてもはぐらかされてしまうし、その後すぐカサンドラとでくわしたので、原因は有耶無耶になってしまっている。


 ルイは吸血鬼という種族の特性もあって、狙った獲物が逃げようとすればするほど追いたくなるし、捕まえた獲物には酷く執心する。一度この腕の中に入り込んできた美良乃をみすみす逃がすような真似はしないが、何とか穏便に、できれば美良乃から望んでこの掌に落ちてきてほしい。


 あれから毎日のようにメッセージを送っているが、電話で聞く美良乃の声は相変わらずぎこちなく、直接会って話すことができないのでオーラの色を確認することもできず、彼女が何を考えているのかがわからなくて不安だった。


 ルイは逸る心を押さえながらも通話ボタンを押した。数回の呼び出し音の後、美良乃が少し上擦った声で「ハロー?」と応答した。


「やあ、僕の女神! ハッピーサンクスギビング! 今宵も君の麗しい声が聴けて嬉しいよ!」


 ルイは以前と変わらぬ明るさを意識して話しかける。


「こんばんは、ルイ。ハッピーサンクスギビング。その、げ、元気?」


 受話器から返ってきた声が、いつもより緊張しているのは気のせいだろうか。


 美良乃の家には現在日本から来た家族が滞在している。悲しいことに、彼女は家族と折り合いが悪い。もしかすると、何か嫌なことでもあったのかもしれない。


「ああ、恙なく過ごしているよ。訊いてくれてありがとう。それで、今日は母君と姉上と一緒に親戚の家へ行ったのだろう? どうだった?」


「う~ん……。相変わらず二人は外面だけは完璧だったかな」


 ルイは普段の表情に乏しい美良乃を思い浮かべた。日本人はアメリカ人に比べるとリアクションが薄い傾向がある。日本人であることを差し引いても、美良乃はあまり嬉しいとか楽しいといったポジティブな感情を表に出すことがない。それを知らないアメリカ人が彼女と接したら戸惑うのではないかというくらいだ。反対に、怒っているとか不快であるとかネガティブな感情は誰でも気が付くくらいよく顔に出る。


 人は表面に出ているものばかりを捉えて判断しがちだ。喜怒哀楽のうち、怒と哀しか読み取れないとなると、怒りっぽい人だとか、いつもつまらなさそうにしているとか、どうしてもマイナスの印象を抱いてしまうのではないだろうか。美良乃は実に誤解されやすいタイプなのだ。


「そうか。……その、悲しい思いはしていないかい?」

「悲しい、とは少し違う気がする。……何て言ったらいいんだろう」


 美良乃は自分の感じたことをどう表現しようか迷っていたのか、暫く間無言だったが、やがてぽつりと零した。


「人って、気持ち次第で視界がクリアになるんだなって」

「視界がクリアに?」


 そう、と美良乃は溜息交じりに答える。


「わたしね、日本にいた頃は、母と姉が神様みたいな存在だと思っていたのかもしれない。二人の意見はこの世に存在する人間全てが考えていることで、だからわたしは本当に異常で、無神経で気が利かない出来損ないなんだって、自分で自分に思い込ませていた気がするの」


「美良乃……」


「でもね、今回初めてあの家庭から離れて二人を客観的に見てみたら、何だか自分たちのことは棚にあげてわたしをバカにして、全てのことにケチばっかりつける嫌な奴らなんだなあって思った。わたしはこんな人たちが自分より優れてると思い込んでいたのかって、ちょっと衝撃だった。そしたらもう、いいんじゃないかって思えた」


「もういい? どういう意味だい?」


 電話の向こうで、困ったように「う~ん」と唸る声がする。


「冷たく聞こえるかもしれないけど……。こんな人たちにどう思われても、別にどうでもいいなって。この人たちはきっとわたしがどんなに素晴らしくて完璧な人間だったとしても、結局は自分たちを安心させるためだけに、わたしを自分たち以下だと思わせるように仕向けるんだろうから」


 率直だが辛辣な意見に、思わず苦笑してしまう。


「そうか……」

「そうしたらね、途端に世界が眩しく感じたんだ。数秒前まで灰色っぽくみえていた空が、とっても青く澄んでキレイに見えた。それはきっと、わたしの心境の変化のせいなんだと思う」


 美良乃がこんなにも自分の心情を語ってくれるのは珍しいことだった。彼女は自分の発した何気ない言葉が相手を不快にさせてしまうことを恐れているせいか、何か言いたいことがあってもグッと心の内に押し込めてしまったりすることが多い。


(僕に心を開いてくれているという証だと、自惚れてもいいのかな?)


 胸がキュウッと音を立てて締め付けられる。シャーシャーと遠巻きにこちらを威嚇していた野良猫を懐かせ、手ずから餌を与えたような感動を覚えた。


 ルイは頬を緩めながら、美良乃が「姉のことなんだけど」と続けるのに耳を傾けた。


「あの人って、いつも自分とわたしを勝手に比較して、少しでも優位に立とうと躍起になるような人なのね。でもそれって、姉もわたしと同じように、母から不安定な愛情しかもらえなかったせいなのかなって思ったの。

 きっと姉もわたしと同じように『理由がないとお母さんに愛してもらえない』って無意識のうちに思い込んでて、同じ家にいたわたしをこき下ろすことで、何とか自分の方が優れているって証明しようと必死になっていたのかもしれない。そう思ったら、何だか姉も可哀そうだなって……」


 美良乃はたった数日二人と接しただけで実に様々な気付きを得たらしい。彼女がじっと冷めた目で母と姉を観察し、その言動を分析している姿が目に浮かぶようだ。


 美良乃は口数が少なく一見ボーっとしているように見えるが、実際は頭の中では目まぐるしく思考を巡らせていることにルイは気付いていた。


「そうか。二人はもうすぐ日本に帰るのだったね? その前に、二人と話し合う時間は取るのかい?」


「話し合う時間? ううん、取らないよ」


「何故だい? お互いに思っていたことを話し合った方が、未来に禍根を残さないで済むのでは?」


 ルイの言葉に、美良乃が苦笑したのがわかった。


「ルイはポジティブだね」

「ポジティブ? どういう意味だい?」


「話し合いってさ、相手とわかり合いたいっていう気持ちが双方にあって初めて成り立つものだと思うんだよね。どちらかに相手と真剣に向き合う気がないなら、その時点でもうその関係は終わってるんだよ。

 例えわたしが母や姉と冷静に自分がどう思っていたのか、これからどうしてほしいのかを話したところで、あの二人にはわたしの気持ちを正面から受け止めるつもりも、度量もない。激昂した挙句に被害者ぶってわたしを責めるだけになるのは目に見えているのに、わざわざ時間とエネルギーを費やすのは無駄だよ」


 ルイは思わず呼吸を忘れた。アリアに美良乃との恋の行方を占ってもらった時に言われたことを思い出す。


 ――『不満が爆発すると相手を冷酷なまでにスッパリ切り捨てるから、気を付けて』


 占いの結果の通り、美良乃は見限った相手は容赦なく自分の世界から締め出すようだ。


(なんということだ! 僕も気をつけないと……! 気付いた時には既に見限られていたなんてことになりかねない)


 ルイが密かに戦慄している間にも、美良乃は心底どうでもよさそうな口調で続ける。


「それに、母にはある程度言いたいことを言えたし」

「そっ、そうなのだね。少しはスッキリしたようで、僕も嬉しいよ……」


 はははと乾いた笑いを漏らすと、美良乃は何か思い出したのか、声が若干低くなった。


「まあ、母の無関心さにも理由があったんだってわかったからもあるんだけどね。今日は母がどんな風に育ったかっていうことを聞く機会があったけど、怖いなって思った」


「怖い?」


 ルイは訝しんで片眉を上げる。美良乃は思考をまとめながらというように、彼女の母が彼女と同じように、安らげない家庭で育ったことを話してくれた。


「人って、自分が経験してきたことを常識だって思い込むじゃない? 母にとって祖父母はあまりいい両親ではなかったようだけど、いざ家庭をもってみると、自分が育った環境しか模範となる家庭がなかったんだって。

 間違った認識を改めるのって、まず自分の常識が世間とズレていることに気付かないといけないし、それを正すべきことだって認めるだけの勇気が必要になる。その上で強い意志をもって身に沁みついた習慣を克服しないといけないんだから、簡単なことじゃないんだよ、きっと。母も結局、自分が親にされたようにしかわたしたち娘に接することができなかった」


 スマホのスピーカーの向こうから、はあと息を吐く音が聞こえる。


「きっとこのまま何もしなければ、わたしも将来子供ができたときに母と同じようなるんじゃないかって思ったら、すごく怖くなった。わたしは、自分の子供には愛されてるって実感して育って欲しいし、言葉と態度で愛してると伝えたい。祖父母から母へ、母からわたしへと繋がってきた負の連鎖を、ここで食い止めなくちゃいけないんだよ」


 美良乃の真面目な性格が滲み出ていた決意表明に、ルイの胸はジンと痺れた。危うく「僕たちの子供は愛情いっぱいに育てようね♡」と言いそうになって奥歯を噛み締めた。二人の関係が微妙な今言うべきことではない。


「君のそういう思慮深いところがとても魅力的だよ、美良乃」

「えっ……!? あ、ありがとう。ごめん。何だか、わたしばっかり一方的に喋って」

「ふふっ、いいのだよ。君が色々話してくれることが僕は心の底から嬉しい」

「あっ、ルイは? ルイは今日はどんなことをしたの? サンクスギビングは誰かと祝った?」


 ルイは自宅にフェルナンドたち従業員を招いて昼食会をしたことを話した。お抱えのシェフが腕によりをかけて振舞ってくれた七面鳥が絶品だったと話すと、美良乃は心底羨ましそうだった。


「そこに君がいてくれたら完璧だったのだがね」

「う、うん」

「……君に会えなくてとても寂しい」


 スマホの向こう側で小さく息を呑むような音がした。


「美良乃?」

「あの……」


 しばしの沈黙の後、美良乃は人間であれば聞き取れなかったであろうくらい、小さな声でぽつりと呟いた。


「わたしも……」

「えっ!?」


 心臓がドキッと跳ねた。

 直後、美良乃は慌てて取り繕うように続ける。


「な、何だか、今夜はとても、ルイに話を聴いてもらいたい気分だったのっ……!」


「……君が恋しすぎるあまり、幻聴でも聞こえるようになったのだろうか。今、君も僕と話したかったってい」


「じ、じゃあ、そろそろ切るね! おやすみ!」

「あ、ああ。おやすみ、美良乃。良い夢を!」


 通話が終了した後も、ルイは呆然とスマホの中の美良乃の写真に見入っていた。

 何だか、今夜はいつになく美良乃の反応が可愛らしかったのは気のせいだろうか。最後なんて、誰がどう聞いても恥ずかしくてルイの言葉を遮って無理やり通話を終わらせていた。


「もしやっ……、会えない時間が二人の愛を育んでいる……!?」


 ぽつりと独り言ちて、ひとしきり歓喜の舞を舞ったルイは、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。


「はあ……好きだ♡」


 今すぐにでも美良乃に会いに行きたい。最近美良乃欠乏症になりつつあるのに、相変わらずカサンドラの影がルイの周囲をちらついていた。


 モンスター自警団の副団長という立場上、ルイから攻撃を仕掛けるのは私闘禁止の規則に背くためできない。相手から仕掛けてきたときであれば正当防衛が成り立つのだが、警戒しているのか、今のところ動きを見せない。


「あの女狐め……。僕の恋路を邪魔すればどうなるか、今度こそ徹底的に思い知らせてやりたいね」


 その言葉が引き寄せたのかは定かではないが、機会はすぐに訪れた。

 

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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