51. 11月12日【3】蓼食う虫も好き好き
「あたしはルイ様じゃないから彼が心の底では何を考えているのかなんてわからないけど、少なくともあんたが大好きだって気持ちは、彼の態度にハッキリ表われていると思う」
「……そうなのかな?」
「前にルイ様が言っていたわ。彼はあんたの闇が好きなんだって」
「闇!? それはいったいどういうことなんだろう。前に人間らしいところがいいって言われたことはあったけど」
「葛藤を抱えているのがいいんだって。あんたの悲しみと怒りを湛えた瞳にゾクゾクするって言ってた」
「え、変態? ……それは、褒めてるんだよね?」
「褒めてると思うわよ。吸血鬼って基本的に自信満々でしょ? 自分にないものを持っているから惹かれたって言ってた」
美良乃はムゥと唇を尖らせた。
よく蓼食う虫も好き好きだの、割れ鍋に綴じ蓋だのいうが、うじうじと思い悩むところが好きだと言われるとかなり複雑な心境だ。
「それにさあ、さっきあんたは他の女と競い合っても勝てないって言っていたけど、それって物凄く不毛な行為じゃない? よく小説とかで男女限らず『あの人にあなたは相応しくない!』ってしゃしゃり出てくる奴がいるけど、何様のつもりなのかしら?」
「た、確かに……」
「どんな要素を好ましいと思うかは人それぞれで、それを他人にとやかく言われる筋合いはないのよ。ロングヘアが好きな人もいれば、ショートヘアが好きな人もいる。インドア派が好きな人もいれば、アウトドア派が好きな人もいる。だから誰かにとっては短所と思える部分も、ルイ様の目には抗えないほど魅力的に映ってる場合もある。
それなのに、本人の気持ちを完全に無視した挙句、勝手に張り合って『勝負の結果、わたしがあなたに一番ふさわしいと判断されましたので、あなたはわたしを恋人にするべきです』って主張するの? そんなの、自分の価値観を相手に押し付けて思い通りに動かそうとしてるだけの傲慢な奴じゃない。最も付き合っちゃいけない類の人間だって自ら証明してることがわからないのかしら?」
最近読んだ小説のライバル役に対して鬱憤でも溜まっていたのだろうか。かなりの熱量で話し続けるアリアに、美良乃は圧倒された。口の端が引き攣る。
「そ、そうだね」
「それに恋って本能でしてるようなものだから、好条件であれば必ず恋に落ちるってわけではないでしょ? 確実にこの人と付き合えば幸せになれるのに、どうしても恋愛対象として見れないなんてよくある話よね」
美良乃は恋愛経験が乏しいので実体験ではないが、すごく優しくて気が利いて、趣味もあうし一緒にいると居心地がいいのに、何故かお友達で終わってしまう関係というのはよく聞く。
反対に、一緒にいても安心できず、自分を振り回してくるような人だけど好きで好きで仕方ないなんてパターンもありふれた話だ。
美良乃も最初はこんなヤバい奴は無理だとルイを避けていた。彼の奇妙な言動に振り回されることも多いし、何といっても人間を糧に生きる種族だ。それなのに、気付いたら好きになってしまっていた。
ちなみにアリアは、魔女であることを理解してくれて、身体の相性がよくて、優しさの中に時折冷酷さが垣間見えるような人がとてつもなくセクシーだと感じるらしい。
「ダニエルは全て揃ってる最高なダーリンなの♡ 夜もすごいのよ♡」
「そ、そうなんだ? ヨカッタネ……」
最後の情報は確実にいらなかった。
友達の夜の事情など生々しすぎて知りたくない。二人とも親しくしている分、妙にリアルに想像できてしまうではないか。
「とにかく、今あんたがすべきことは自分自身と向き合って、どうしたら自分の存在を認め、受け入れられるようになるのか模索することだと思う。自分に自信があれば、ルイ様の心変わりを極端に恐れる必要はないんだって理解できるから」
自分に自信があるとルイの気持ちが冷める心配をしなくなるというのは、自分に自信がある人間は魅力的で、相手に愛想をつかされないからだからだろうか。
そう訊ねると、アリアは苦笑して首を横に振った。
「どれだけ自分に自信があっても恋人と上手くいかないことは普通にあるわよ。そうじゃなくて、もし相手の気持ちが離れてしまっても、それはあんたに魅力がないからでも、愛する価値がないからでもない、ただ単に二人の相性が良くなかっただけだって納得できる」
「納得しても、傷つくことに変わりはないじゃない」
「そりゃあ、失恋って誰にとっても辛いことだし、できれば経験なんてしたくないわよ。でも、この世の終わりみたいに感じるか、しばらく落ち込んでもすぐ浮上できるかは、受け止め方で差が出ると思うの」
美良乃は違いがよく理解できずに眉根を寄せる。
「じゃあ、想像してみて。今のあんたがルイ様に振られたとしたら、こう思うんじゃない?『わたしみたいな人を好きになる奇特な男性なんて、ルイ以外にいない。ルイを失ってしまったわたしは、一生独りで生きていくしかないんだ』って」
図星をさされ、美良乃は目を白黒させた。
「ふふ、当たった? いかにもあんたの考えそうなことだものね」
「驚いた……よくわかったね」
「それは自分に自信がないからこそ出てくる発想なのよ。でも、自分には人に愛される価値があるって理解できていたらどう?」
美良乃は顎に手を当てて逡巡する。先ほどアリアが言っていたように、二人が上手くいかなかったのは二人の相性や時期が悪かったからで、自分に重大な問題があるからではないと思えるような人だったら、どんな発想をするだろうか。
「――ルイと別れることになったのは悲しいし、とっても残念。もしかしたらもっと二人の関係のためにできることがあったかもしれない。次に誰かとの縁に恵まれたら、これを教訓にしよう……って思うんじゃないかな?」
「あたしもそう思うわ」
アリアはそばかすの浮いた顔でくしゃりと笑った。出来の悪い生徒が上手く問題を解けた時の教師のような雰囲気だ。




