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【改訂版】美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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50. 11月12日【2】愛される価値

 フェルナンドを見送るや否や、アリアは美良乃の肩をガッチリ掴んだ。


「で? ルイ様と何があったか、アリア姐さんに聴かせてくれるわよね?」


 笑顔が微妙に怖い。


「う、うん。えっと」

「さあ話せ。やれ話せ。いざ話せ」

「ちょっとアリア、落ち着いて! ステイ!!」


 アリアは美良乃のベッドに腰かけると足と腕を組み、臨戦態勢に入った。美良乃は言葉を探しながらぽつぽつと心情を吐露していく。


「ルイってファンクラブがあるくらい、人気があるじゃない? 昨日、モンスターショーの会場でファンにサービスしてるルイを見てたら、ああ、この人とわたしは住む世界が違うなって、何だか気後れしちゃって。おまけにその後、カサンドラに『いかにも堕としやすそうな小娘だ』って言われてモヤモヤしちゃったんだよね」


「でも、二人が出会った時点で、既にルイ様はモテモテだったじゃない。どうして急に気になるようになったの?」


「多分、わたしがルイを好きなんだって自覚したからだと思う」


 好きだからこそ、自分はルイの隣に並んでも釣り合うような存在なのだろうかと不安になった。いつか彼の気持ちが色あせて、「やっぱり、君みたいな卑屈でつまらない女性は無理だよ」と捨てられるのが怖い。


 恋愛感情の有無に関わらず、大切な人ができると、失うことが恐ろしくなる。心にぽっかり穴が開いたような虚無感に苛まれる。あの痛みと絶望を味わうのが、心底恐ろしくてたまらない。

 だからこそ、美良乃はこれまで、他人に深入りしてこなかった。心を許した相手に本当の自分を知られ、幻滅されるのが怖かったのだ。


「わたしはこれまで他人に興味がなかったのもあるけど、無意識のうちに興味を持たないようにもしていたんだと思う。嫌われたくない。傷つきたくない。誰にも執着したくない。だって」


 喉がひくついた。声が震えそうになるのをなんとか堪える。 


「――誰もわたしなんかを選ばないから」


 自分でぽろりと零したひと言に、酷く心を抉られた。


 そうだ。どんなに希ったところで、自分は誰かの特別にはなれなかった。

 美良乃が心を開いて相手を受け入れたって、どうせ同じ対応は望めない。それなら最初から近づいてくる者全てを拒絶して自分を守ればいい。それが美良乃の生存戦略だった。


「だから、わたしはルイを完全に信じることができないでいる。あんなに自信に満ち溢れた人が何でわたしに惹かれるのか全く理解できないし、この人は絶対にわたしを裏切らない、見捨てたりしないって安心できるほど彼のことを知らない。彼の周りにはわたしなんか足下にもおよばないほど綺麗で素敵な女性がたくさんいる。――わたし、そんな人たちと競い合って勝てる気が全くしないし、ずっと気を張っていないといけないのは疲れる」


 アリアは黙って美良乃の独白に耳を傾けていたが、やがて深い溜息を吐いた。


「何だか、思ったよりあんたの闇は深そうねぇ」

「え?」


「あんたはさ、ルイ様を信じられないんじゃなくて、自分を信じられないのよ。自分には魅力がある、愛される価値があるって信じられないから怖いんだわ」


「自分を、信じられない……?」


 困惑する美良乃に、アリアは苦笑する。


「何かと引き換えにしか愛は得られないって信じこむような経験をしてきたのなら、それはとても悲しいことだわ」


 美良乃は片眉を上げた。

 アリアは何故そんなことを言うのだろう。人は誰しも自分が一番大事だ。自分に都合のいいもの、利益をもたらすものを尊び、そうでないものを倦厭するのが当然ではないのか。


「どう例えたら伝わるかしら」


 アリアは顎に手を当ててしばし逡巡した。


「あんた、実家で猫飼ってたわよね?」

「うん。きなこ。凄くかわいいの」


「あんたのきなこに対する愛情は、条件付きなの? きなこが大人しく抱っこされてたり、丸まって日向ぼっこしてたら好きだけど、悪戯して部屋をめちゃくちゃにしたり、病気になって看病に時間と手間がかかるようになったら嫌いになる?」


「それは絶対ない。どんな時も大好き」


 美良乃は即答した。そんなことは考えるまでもない。きなこは存在するだけでかわいいし、トイレで踏ん張っている姿でさえ胸が震えるくらい愛おしいと感じる。


「そりゃあ悪戯をされたら怒るけど、でもそれは一時のことで、きなこを嫌いになるわけじゃない」


「そうでしょう? 愛って本来そういうものなのよ。でもあんたはきっと、育っていく過程で無条件に愛されてるって実感できなかったのね」


 アリアは痛いものを堪えるような顔をした。

 美良乃は返事に窮して口ごもる。


 母は気まぐれな人で、日頃から我が子に対して目に見える形で愛情を注ぐ人ではなかった。美良乃の記憶にある母は大抵いつも疲れていて不機嫌だった。構って欲しくて近づくと「疲れているんだから、放っておいて」と追い払われたり、夕飯の席でその日の出来事を話していても、「ふうん」とか「どうでもいい。興味ないわ」と流されることが多かった。


 そんな母が美良乃に明らかに関心や愛情を示したりするのは、テストでいい点を取ったとか、お手伝いを頑張ったとか、優しい言葉をかけるに足る理由があった時がほとんどだった。


 衣食住に困らない環境を提供するという保護者としての役割は全うしていたのだから、多少なりとも愛情はあったのだろうが、それは大人になった今だからこそ思えることだ。


 母親の愛は常に有償だった。美良乃にとって、無償の愛なんてものは物語(ファンタジー)の中にだけ出てくる綺麗ごとだ。


「でもそれって子供の頃のことでしょ? わたしはもう成人してるのに、未だに母親の影響なんてあるのかな?」


 懐疑的な美良乃にアリアはゆるりと首を振り、憐憫の混じった眼差しを向けてくる。


「育ての親が子供の人格に与える影響って人が思っているより根深くて、生涯に渡って続くなんてざらみたいよ? 前に本で読んだことがある。

 身体の芯まで染みついたものって、大人になったからといって、そう簡単になくなるものじゃないのよ。それでも、あんたがいう通り、大人になれば自分で自分の状況に気付いて変わろうとすることはできるはず」


 アリアはバイトをする傍ら、人間世界の薬剤師を目指して大学に通っている。選択授業のひとつで読んだ本に心理学に関するものがあったようだ。


「もうすぐあんたの家族が来るでしょう? その時に家族を客観的に見たうえで、自分に焦点を当てて考えてみてほしいのよ。お母さんやお姉さんの意見とか反応を気にせず、あんたがどう感じるのか、これからどうしたいのか」


「ルイにも前に、他人の顔色を見て振り回されてるみたいなことを指摘された」


「そうね。家族のこともそうだし、ルイ様とのこともよ! 彼に捨てられるんじゃないかって気にしてばかりで、あんたはどうしたいかって考えてない」


「わたしは……。どうしたいんだろう?」


 今は色々なことが一度に押し寄せてきて混乱している。もっと自分の気持ちと向き合う時間が必要なのかもしれない。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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