44. 11月11日 モンスターショー【4】
「それにしても、今日は本当にたくさんのモンスターが来てるんだね」
這う這うの体で魔女のテントを後にした美良乃は、ルイに支えられながら移動し、飲食エリアでベンチに座りながらぽつりと零した。手には鬼人族特製ホットドッグを持っている。鬼人族の経営する牧場で育てた豚肉で作ったというソーセージは噛むとパリッと皮が弾け、肉汁がじゅわりと溢れて非常に美味しい。
楽しそうに会場を行きかう人々のほとんどがモンスターだった。完全招待制のショーなだけあり、皆モンスターの特徴を堂々と顕現させたまま、のびのびとイベントを楽しんでいるようだ。小さな子供や赤ちゃんのいる家族連れも目立つ。
「モンスターの幼児は見たことあるけど、赤ちゃんを見るのは初めて。可愛いねぇ……」
美良乃はすぐそばで座っている家族のベビーカーを覗き込んでほうと息を吐いた。
ぽちゃぽちゃと柔らかそうな赤ちゃんの瞳は紫色で、瞳孔が縦に長い。頭に小さな黒い角が生えていた。お出かけが嬉しいのか、きゃっきゃと声を上げながら笑っている。
美良乃が普段モンスターを見かける所といえば6フィートアンダーだ。アルコールを提供するバーとだけあって、未成年の入店は許可されていないので、当然成人しかいない。
6フィートアンダーの屋台で買った「ブラッディ―・アレン」を飲んでいたルイもベビーカーを覗き込んで破顔する。
「はは、竜人族の赤ん坊だね。可愛らしい子だ」
「竜!? 実在する生き物だったんだ?」
それをいうなら吸血鬼や妖精もなのだが、竜人族は初めて見たので度肝を抜かれてしまった。改めてまじまじと赤ちゃんを見つめると、それに気付いた母親が声をかけてきた。
「あら、あなた人間? 竜人族を見るのは初めて?」
「あっ、はい。じろじろ見てごめんなさい。……かわいい赤ちゃんですね」
「ふふっ、ありがとう。いいのよ、気にしないで。この辺だと竜人族は少ないしねえ。わたしたちもオマハから来たのよ」
ニッカ―で毎年開催されるモンスターショーは、ネブラスカ州内でも有名らしい。一家はオマハに住んでいるが、親戚がニッカ―在住なので遊びに来ているという。
赤ちゃんの母親と世間話をしていると、「くちん」と可愛らしいくしゃみが聞こえた。
直後、ベビーカーから火柱が上がる。
「ひゃああ!」
美良乃は咄嗟に身を捩って熱から逃れる。隣に座っていたルイが庇うように肩を抱き寄せた。
「大丈夫かい?」
「い、一体何があったの!?」
美良乃はルイに縋りつきながらベビーカーを凝視する。赤ちゃんは無事なのだろうか。
「あらあら、くしゃみがでまちたね~」
赤ちゃんの母親は何事もなかったかのように微笑みながら、ウェットティッシュで赤ちゃんの顔を拭いている。彼女は愕然としている美良乃に気付くと、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「驚かせちゃった? 竜人って炎を噴くんだけど、小さいうちはコントロールできないのよね。ごめんなさいね」
「い、いえ」
何て人騒がせなくしゃみだろう。これでは風邪をひいたらたちまち家が全焼するのではないだろうか。あまりにも驚いたせいで鼓動が痛いくらいに速い。
その後、食事を終えた竜人族一家は「良い一日を!」と言って去って行った。美良乃もホットドッグを食べ終わり、トイレに立った。
男性より女性の方がトイレに時間がかかるのは万国共通かつ種族共通なのか、長蛇の列に並んで用を足し、やっとのことでルイの元へ戻ると、彼は女性たちに囲まれていた。
美良乃は少し離れた位置で立ち止まる。
「ルイ様! こっち見てぇ!」
「きゃあっ! ルイ様ぁ!」
「やあ子猫ちゃんたち!」
改めて考えてみると、6フィートアンダー以外の場所でルイがファンに囲まれるのを見るのは初めてではないだろうか。にこやかにファンをあしらうルイと、頬を上気させ、興奮したように写真をせがんだり握手を求める女性たちを眺めていると、急に彼が遠い世界の住人になったような気がしてくる。
(――ルイは、何でわたしとデートしているんだろう?)
ルイは言動はたまに謎だが、白皙の美貌の持ち主であるだけでなく、元貴族なだけあって礼儀正しく女性にも優しい上に、かなりのお金持ちだ。そんな優良物件を世の中の女性が放っておくわけがなく、彼ならどんな女性もよりどりみどり選び放題のはず。それなのに、何故よりにもよって訳アリ物件と言っても過言でない美良乃を選んだのだろう。
「選んだ」と考えて、美良乃ははたと気が付いた。
(ん? ちょっと待って……。わたしとルイって、まだデートしてるだけの関係なんだよね? ということは、もしかしたらルイには他にもデートしてる人がいる可能性もあるわけで。わたしはまだ正式に選ばれたわけではないんだ……)
美良乃はルイからひと目惚れであるとは言われたが、一度も「愛している」とは言われたことがない。それもそのはず、現在二人は交際前のお試し期間中で、正式に付き合っているわけではないのだ。
アメリカ人は簡単に「愛してる」と言うイメージが強いが、実際は家族や友人には挨拶かというくらい頻繁に言うが、デートしているだけの相手には言わない。男女間の「愛している」はそれだけ重い言葉だからだ。この人いいな、という漠然とした気持ちでデートに誘う。その後デートを繰り返し、時間をかけてお互いを知っていくうちに「好き」になり、やがて「愛している」まで育っていくものなのだという。
そして日本人として最も納得しがたいのが、正式に交際している相手がいないなら、何人とお試し期間を同時進行しても浮気にはあたらないということだ。
もしルイに他にもデートしている相手がいるのなら、美良乃はそれらの恋人候補たちと彼の寵愛を競う立場にある。
そう思い至った瞬間、焦燥感と虚無感が胸に同時に去来した。初めての恋に浮かれていたふわふわした気分が霧散し、ふと我に返って、第三者の目線で己の立ち位置を冷静に見てしまったのである。
――何故、自分は安心しきっていたのだろう。
美良乃は改めて、まじまじとルイに群がる女性たちを見つめた。まるで甘い蜜をため込んだ花に吸い寄せられる蝶のようだと思った。
目の前の光景は、現実の縮図に過ぎないのではないだろうか。要するに、美良乃にはこれ以上に恋敵になり得る女性がたくさんいるということだ。彼の恋人の座を射止めるには、そのひとりひとりを蹴落とさなくてはならないのだ。
自己肯定感の低い美良乃にとって、それは無謀な戦いのように思われた。仮に彼の恋人の座を射止めたとして、ルイはファンクラブができるほどモテるのだ。いつ誰にその座を奪われるかと戦々恐々としてる自分が目に浮かぶようだ。ルイの心を繋ぎとめておくための努力をし延々とし続けなくてはならない状況で、果たして自分は安らげるのだろうか。
(――うわあ、面倒くさい……。世の中の女性が「イケメンは観賞用」って言うのがわかってしまった)
また考えすぎる厄介な性分が顔を出していると思いつつも、一度ネガティブなことを考えだしてしまうと、思考は坂を転げるようにして悪い方へ、悪い方へと落ちていく。
(わたし、このままルイとデートを続けていいのかな?)
――まだ気持ちがそこまで育っていない今のうちに戦線を離脱した方が、傷が浅くて済むのではないだろうか。
とりとめのない思考に絡めとられその場に立ち尽くしていると、ふとルイがこちらに気付いた。パッと花が綻ぶように笑って手を振ってくる。
心の奥で凝っていた不安の塊が少しだけ溶けた気がした。美良乃は無理やり口の端を上げると、ルイの下へと急いだ。
「さて、僕の女神も戻ってきたし、僕たちはこれで失礼するよ」
「え~、ルイ様、あたしたちと回ろうよ!」
「ごめんよ。デート中なんだ。それじゃ」
不満気なファンたちを尻目に、ルイは美良乃の手を握って歩き出す。美良乃はぎこちなく彼の大きな手を握り返した。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




