43. 11月11日 モンスターショー【3】
「お兄さん、いい媚薬があるよ~! 恋人と熱い夜を過ごせること間違いなし!」
「そこのアンタ! どんな薄毛にも効果覿面、魔女印の毛生え薬はいかが!?」
「一日オナラが止まらなくなる呪いの薬だよ! ムカつく上司のコーヒーに一滴入れれば日頃の鬱憤が晴れること間違いなし!」
魔女のテント周辺には怪しげなポーションや呪薬を販売する露店がいくつも並んでいた。モンスターの存在を知らない人間に見られてもいいようにカモフラージュしてあるのか、普通の酒瓶に見えるものが多い。
その他にも、有名な映画の某魔法使いの少年が持っていそうな杖や、ポーションを作る際に使用する大釜や材料を刻むナイフを売る店、占いに使うタロットカードや記号の刻んである石などの「いかにも魔女」といった商品を扱う店、ポーションや呪術の材料を売る店など、興味深い露店が軒を連ねている。
商魂たくましい魔女たちが声を張り上げて商品をアピールする様子は、聞いているだけでも面白い。
中でも美良乃の興味を引いたのは、魔女たちが魔力を使う際に媒体とする天然石のアクセサリーやアミュレットを売る店だった。
(あ、あれかわいい)
美良乃はその内の一店で立ち止まり、ブレスレットを手に取った。黒いマクラメ編みで、親指の第一関節くらいの大きさの水晶がアクセントになっている。
「それが気になるのかい?」
「うん、デザインが素敵だなって」
「あら、おねえさん、お目が高い」
露店で店番をしていた中年の魔女がにっこりと笑う。
「それはアクセサリーとしても使えるし、アミュレットにもなるのよ。今は何も付与していないけれど、魔女に依頼すればカスタムで加護を付けられるわ。恋愛運や金運アップの加護が人気よ!」
「へえ、素敵ですね」
言いながら、彼女は値段表を見せてくれた。加護を付与すると結構なお値段になるが、加護がないままなら値段も手頃だし、普段使いにも良さそうだ。
(手作りの一点ものだし、今日を逃したらもう買えないだろうな。よし、これにしよう!)
ハンドバッグから財布を出しかけたところで、ルイが「これをいただくよ」と魔女にお金を渡した。
「今日の記念に僕からプレゼントさせておくれ」
「えっ!? でも、悪いよ」
今回のチケットはもらいもので、美良乃は一銭も払っていない。この会場に来るまでのガソリン代もルイが負担しているし、これ以上美良乃のためにお金を使わせるのが申し訳ない。
恐縮する美良乃に、ルイはパチリと片目を瞑る。
「今日は美良乃が初めて僕をデートに誘ってくれた記念日だからね。受け取ってくれると嬉しい」
「う、そっか。ありがとう」
記念というなら、美良乃からルイにも何か贈りたいところだが、吸血鬼である彼は何が好きなのだろう。
普段ルイが身につけているものはハイブランドではないものの、見るからに一級品ばかりだ。たかだかバイトしかしていない美良乃に購入できるようなもので、彼を満足させることなどできるのだろうか。
「……わたしも今日の記念にルイに何か贈りたいから、いいなと思うものがあったら教えてね?」
ルイは感極まったように口を手で押さえた。全身がブルブル震え、瞳が潤んでいる。
「何てことだ……! その気持ちだけで僕は嬉しいよ!」
「そこまで感激する?」
美良乃は魔女に値札を切ってもらい、ブレスレットを身につけていくことにした。
「もし加護の付与に興味があれば、ここに連絡してね! オンラインショップもやってるから、是非覗いてみて! お買い上げありがとう!」
魔女の名刺を受け取り、美良乃とルイはテントに入っていった。
テントの中は二つに区切られていて、片方ではポーションの品評会を、そしてもう片方では変身術の審査会を行っていた。
ポーションは種類ごとに品質、効果、味などを評価され、一位から三位までの順位をつけるようだ。薬瓶の形や大きさは様々だが、どれも透明な瓶にコルク栓がされていた。
美良乃たちが通りかかった時はちょうど審査員が「くしゃみ誘発薬」をチェックしてるところで、真剣な面持ちの中年男性が小さなスプーンに少量の液体をすくい、口に入れて時計を確認した。味を確かめるように舌の上で転がし、審査用紙に何か書き込んだところで盛大なくしゃみが出る。彼はすぐさま時計を見て「発症まで十五秒」と呟いた。続けざまにくしゃみをしながらも用紙に結果を記入して次の瓶へと移る。
少し離れた所では全身が淡い黄色に発光している審査員もいた。何のポーションを審査しているのかまでは見えなかったのが残念だ。
「ものすごく身体を張った審査なんだね。媚薬の審査なんか大変なことになりそうだけど」
「魔女は媚薬を作る過程で自分で味や品質を確かめるから、媚薬慣れしている者がほとんどだよ」
「へえ。じゃあ、飲んでもムラムラしないのかな?」
「そのようだよ。魔女用の媚薬は普通のものより強力に作ると聞いたことがある。この品評会に出ているものは一般人向けのものだね」
衝立で区切られた先は変身術の審査会場だった。エントリーナンバーの書かれたシールを胸に貼った魔女のたちが五人ずつステージに上がる。各自術をかけるパートナーを連れているので、総勢十人が壇上に並んでいた。
「今から三つ数え終わったところで術をかけていただきます。準備はよろしいですか?」
進行役の声で魔女たちが一斉に構えた。魔女は自然のエネルギーを借りて魔法を使うのだが、その際に必ず何かしらの媒体が必要になる。一般的に杖や天然石のアクセサリーを使用している者が多いようだが、壇上には小さな箒やハーブのブーケを持っている者もいた。
「あんなものまで媒体になるんだ……」
「僕は以前、鹿の頭蓋骨を小脇に抱えながら魔法を使っている魔女を見たことがあるよ。個人によって相性のいい素材が異なるらしい」
「へええ……。すごくやり辛そう」
美良乃はその様子を想像して苦笑した。鹿の頭蓋骨を持ち歩いている人がいたら、事情を知っている者でも度肝を抜かれるだろう。モンスターの存在を知らない人間に見られたら通報されそうだ。
「それではいきます! 三、二、一、始め!」
各自が一斉に呪文を唱えると、魔女のパートナーたちが次々に変身していく。
兎、羊、猫、烏、そして――。
でっぷりと太ったカエルが目に飛び込んできた途端、総毛立つ。
「いやああ! カエル!!」
美良乃は勢いよくステージから顔を背けた。軽いパニック状態になり、必死に隣に立っていたルイの腕にしがみついて顔を押し付ける。
「何でなの!? 何で魔女はカエルが好きなのよ! 魔女=カエルみたいな不文律でもあるっていうの!? いやいやいや、あり得ないから!」
「こちらには来ないから、大丈夫だよ」
ルイは空いている方の手で、やんわりと美良乃の背中を摩った。
暫くして、進行役の「はい、変身を解いていただいて結構です」という声が聞こえた。
「もう大丈夫だよ」
「カ、カエルはいなくなった?」
「いなくなったよ」
恐る恐るステージを見ると、全員元の姿に戻っていた。大きく安堵の溜息を吐く。そこで美良乃は、自分が周囲から生温かい目線を送られていることに初めて気付いた。
もしかして、自分は無意識のうちにかなり大きな声を出してしまっていたのではないだろうか。
(は、恥ずかしい!)
己の失態に全身がカッと熱くなる。慌ててルイの腕を放すと、彼はデレデレと相好を崩した。
「カエルが嫌いなのかい? 可愛いなあ」
「だって、ヌルヌルしてるし、跳ぶし、眼が気持ち悪いし、ゲコゲコいうし。……とにかく全てが嫌なんだもの。よりによってカエルに変身させなくてもいいのに」
「カエルはポーションの材料にもなるし、使い魔にもできるし、魔女にとっては重要な生き物なのだよ」
カエルをモチーフにした雑貨でさえ見ると寒気がするのだ。もし美良乃が魔女だったのなら、かなりの落ちこぼれになっていただろう。
「魔女に生まれなくてよかった……」
美良乃の心の底からの呟きに、ルイは小さく苦笑した。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




