42. 11月11日 モンスターショー【2】
鬼人族の隣のテントはかなり大きなもので、獣人族の審査会場だった。こちらは種類ごとに分かれて毛並み、歯、髭、立ち姿などを審査するようだ。
テントの中央に審査エリアが設けられていて、獣人の種類ごとに集まっている。観客は審査エリアの周囲に集まって立ったまま見物するスタイルのようだ。
ルイが解説してくれたところによると、獣人族はどの種族も三段階の変態が可能で、普通の人間と同じ姿の「人形」、人間の身体に耳や尻尾といった身体の一部だけ顕現させた「半獣形」、完全に獣の姿をとった「獣形」があるらしい。
獣人と人間の間に生まれた子供は人形と半獣形しかとれず、獣人の血が薄まるにつれ人間と変わらなくなっていくそうだ。このショーで審査されるのは獣に戻った姿なので、出場できるのは獣形がとれる純血の獣人だけということになる。
「じゃあ、ハーフは出場できないんだ? 何だか不公平に聞こえるね」
「ハーフだけの品評会もあるけれど、どちらかというと人間の『ミスコン』や『ミスターコン』に近い評価基準になるそうだよ。残念ながらモンスターショーとは別のイベントになってしまうから、今回は観られないけれどね」
獣の姿に戻った獣人たちがドッグショーのように指定されたエリアをぐるりと一周した後、横一列に並んで審査員に各部位をチェックされている。
動物好きの美良乃が特に興味を引かれたのはイヌ科とネコ科のコーナーだった。犬や狼、ライオンや家猫など様々な見た目の獣たちが列をなして歩く姿は眼福の一言に尽きる。特に長毛種は歩くたびにふさふさと毛が揺れて目を楽しませる。
「あああ! 何あれ! モッフモフのワッフワフじゃない! 天国!? ここは天国なの!? あのネコ科の獣人も堪らない! 猫吸いしたい!!」
ハアハアと息も荒く見入る美良乃に、ルイは面白く無さそうに片眉を上げた。
「いつになく饒舌だね。君がそんなに興奮したところは初めて見たよ」
「言葉で人を判断しないから、動物はいいよね。特に猫が好き。髭袋が最高」
「ムムッ、思わぬ伏兵がいたね! 生憎髭袋はないが、僕の毛並みも負けず劣らず美しいと思うけれどね! どうだい、この色、艶!」
ルイはむきになって頭髪をグイグイ美良乃の顔に近づけてくる。あまりの剣幕に若干引いてしまう。
「いや、獣と張り合われても……。ルイは動物……っていうと獣人に失礼なのかな。獣には興味ないの?」
「獣人や動物の血は人間ほど美味くないからね。あくまで非常食だよ」
まさかの捕食対象としての意見が飛び出した。
「そういう意味で訊いたんじゃないんだけど。可愛いなあとか思わないかってこと」
「見た目は愛らしいとは思うさ。けれど、特に犬や猫などの愛玩動物は、人間の関心を奪い合うライバルのようなものだからね。飼ってみたいとは思わないな」
「ライバル!?」
そんな風に考えたこともなかった。人間を夢中にさせられないと死活問題になる吸血鬼故の発想なのだろうか。
出番を終えたネコ科の獣人が、獣形のまま審査エリアから出てきて二人の脇を通っていく。そのうちのひとりがルイに気付いて黄色い声を上げる。
「きゃっ、ルイ様! 観に来てくれたの!?」
「やあジェニファー! 素晴らしいショーだったよ。今日はデートに来ているんだ」
二人は知り合いのようで、そのまま世間話を始めた。手持無沙汰になった美良乃がルイの背後でぼんやりとネコ科の審査エリアを見ていると、足元から野太い声がした。
「おっ。あんた、あの人間の雌じゃねえか」
驚いて視線を落とすと、すぐそばにピューマのような見た目の獣が立っていた。かなり大きく、四足歩行でも頭が美良乃の股の近くまで届く。
「なあ、あんた、さっき俺に熱い視線を送っていただろう?」
ピューマの顔なので人間ほど表情豊かではないのだが、彼がニヤニヤしているのだけは明確だった。
「えっ? 誰かと間違えてませんか?」
美良乃が猫吸いをしたいと思っていたのは長毛種の猫のような外見をした獣人である。毛が短く硬そうなピューマではない。
「へへっ。恥ずかしがらないでもいいんだぜ。なあ、これから二人でステーキでも食いにいかねえか?」
いかにも肉食獣らしい誘い文句だが、今日はルイとデートに来ているのだ。それでなくても、美良乃は決してナンパについていくようなタイプではない。
「いえ、結構です。連れがいるので」
そっけなく返すと、何かが彼のスイッチを押してしまったらしい。
「堪んねえなあ。気が強い雌は大好きなんだ。おまけに物凄い美人ときてる」
ピューマは喉をゴロゴロいわせながら、美良乃の太ももに髭袋を擦りつけてくる。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまったが、これが人間の姿なら成人男性が若い女性の太ももに顔をグリグリ押し付けているのだ。痴漢と言っても過言でないだろう。
「ちょっ」
「彼女に触れるな」
地を這うような声がしたと思ったら、強い力で腕を後ろに引かれた。
背中が硬いものにぶつかって、両肩に大きな手が置かれた。甘さの中にも森林のような爽やかさが混じったルイの匂いがふわりと鼻孔を掠め、ドキッと胸が高鳴った。
ルイは美良乃を自分の背後に庇うとピューマを見下ろした。美良乃の位置からでは彼の表情まで見えないが、どうやらかなり怒っているようだ。滲み出る威圧感が凄い。
「おや。どこの馬の骨が僕の女神に不埒な真似をしているのかと思ったら、アイザックじゃないか。――喰われたいのかい?」
「ル、ルイ! あんたの女だったのか! わ、悪かった! 知らなかったんだって」
「相手が美良乃でなくても、許可なく女性の身体に触れるのは失礼極まりないよ」
「そ、そうだよな! 今後は気を付ける! それじゃ!」
アイザックは逃げるようにその場を去っていった。
「まったく、油断も隙もあったものではないね」
ルイは美良乃を振り返って申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「僕が目を離したばかりに、すまなかったね。他に変な真似はされなかったかい?」
「大丈夫。太ももにスリスリされただけ」
ルイはピシッと硬直した。直後に取り繕ったように微笑んだが、額にはくっきりと青筋が浮かんでいて怖い。
「改めて聞いてもはらわたが煮えくり返りそうだね。僕の女神にマーキングするなんて、全くもって許しがたい。あのクソ野郎」
「く、口調が荒くなってるよ!?」
「はっ、僕としたことが! レディーの前で取り乱してしまったね。失敬」
ルイは徐に美良乃の髪の毛をひと房手に取ると、そっと口づける。おまけに何を思ったのか、そのままスリスリと頬を擦りつけだした。
「なっ、何してるの!?」
「マーキングだよ。かといって、こんな所で奴が匂いをつけた場所に上書きすると、君の名誉を損なうからね。そのパンツは是非とも本日帰宅後すぐに洗濯してくれたまえ」
最後の方は息継ぎもせずかなりの早口で言い切った。余保腹に据えかねているようだ。
「吸血鬼もマーキングするの?」
「するにはするけれど、匂いをつける行為ではないよ。匂いをつけるのは獣人ならではの習性なので、今はそれに倣っている」
「ええぇ? 倣わなくていいと思うんだけど」
「郷に入っては郷に従えと言う言葉が日本にあるだろう? ここには獣人がたくさんいるのでね。また不埒な真似をしようとする輩がいるかもしれない」
「そうかな? そんな人、他にいないと思うけど」
ルイは「いるとも」と力強く頷きながら、がっしりと美良乃の両肩を掴んできた。真剣な面持ちでじっと見下ろされると居心地が悪くなる。
「獣形だと尻尾の長さだの毛艶などが美人の条件になるのだけれど、人形の場合は美醜の基準が現地の人間たちと殆ど同じだ。要するに、彼らにとっても君はかなりの美女に分類されるので、注意してくれたまえ」
「美女って……。そんなことないと思うけど」
「日本人の謙虚さは美徳だけれど、きちんとした自覚を持った方がいい」
アメリカではお世辞でも「きれいだね」と言われたら「そんなことない」と否定せず、「ありがとう」と素直に返した方がいいのは、美良乃も知っている。
それにしたって、ルイが言うほど自分の容姿が獣人を惹きつけるとは信じがたいし、お世辞にしても言い過ぎだが、反論しても拗れるだけだろう。
「――わかった。忠告ありがとう」
美良乃が素直に頷くと、彼はやっと安心したように頬を緩めた。
「脅かしてすまないね。さて、爬虫類の獣人のエリアへ行こうか?」
「実はあまり爬虫類は得意じゃないから、ルイさえよければ、鳥類のエリアへ行きたいな」
「いいとも。鳥類は美しい飾り羽が見ものだよ」
ルイの言う通り、鳥類の獣人たち、特に男性は色とりどりの美しい羽を持ったものが多く、特に孔雀の男性の飾り羽が見事だった。鳥の孔雀の飾り羽は繁殖期である春から夏のみ生えて、秋ごろには抜けてしまうそうだが、獣人は人間と同じで年中繁殖可能なので、十一月でも飾り羽が生えているのだそうだ。
男性部門の審査が終了して女性部門に移ろうという時に、男性部門で一位を獲得した孔雀の獣人が、獣形のまま観客のいる方へ突進してきた。
「クローディア!!」
ひとりの人形の女性の前で止まると、バッと輝くばかりの飾り羽を広げる。
彼は意を決したように声を張り上げた。
「この場を借りて、言わせてほしい。クローディア、僕と結婚してくれ!!」
クローディアは驚いたように両手で口を覆って目を見開いた。泣きそうになりながらも何度も頷き、「もちろんよ! ジュード、愛してるわ!」と答えた。
観客からは割れんばかりの拍手と「アア~ゥ!」という感嘆が沸き起こる。美良乃もお祝いの気持ちを込めて拍手を贈った。
クローディアはジュードを抱き上げ、熱いキスを交わす。人間の唇と孔雀の嘴なのでちょっと痛そうだが、幸せそうで見ているこちらも笑顔になる。
(こういう時いつも思うんだけど、断られたらものすごい気まずいだろうな。受けてもらって良かったね、ジュード)
日本人なら断りたい場合でも空気を読んで一旦プロポーズを受け、二人きりになったらごめんなさいしそうだが、アメリカ人は良くも悪くも直球だ。衆目があろうがなかろうが、きっぱりNOを突きつけそうだ。
「プロポーズはやはり、サプライズがいいかな」
隣で見ていたルイがブツブツ何か恐ろしいことを言っている。しかしまだ結婚を考えるような間柄ではないので、美良乃がここで「やめてくれ」と言うのは自意識過剰な気がする。
(もしそういう関係になったら、事前に「注目を集めるのは嫌いだ」ってはっきり言っておこう)
美良乃は密かに固く決意したのだった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




