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【改訂版】美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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40. 11月5日 迷子の子猫ちゃん【2】

「さっきの悲鳴は君かな? おいで猫ちゃん。怖くないよ」


 美良乃がチッチと舌を鳴らしながら手招きすると、シャーと威嚇する音が聞こえた。


「警戒されてるみたい……」


 ルイも地面にしゃがんでトラックの下を覗いた。


「いや、あれは猫ではないね。ネコ科の獣人だ。まだ子供のようだね」

「えっ!? 何でうちの敷地に?」

「もしかすると、親とはぐれたのかもしれない」


 ぎょっとする美良乃をよそに、ルイは獣人の子に向かって手を差し伸べた。


「匂いでわかると思うが、僕は人間ではないから安心したまえ。さあ、こちらにおいで」


 トラックの下の双眸が瞬いた。美良乃には暗くてよく見えないのだが、ふさふさした尻尾が警戒するように左右に大きく揺れたのがわかった。


「僕はモンスター自警団のルイだよ。君の保護者に連絡してあげるから、まずはそこから出てきてくれないかい?」


「――ママがいってた、ヴァンピャイヤのおうじしゃま?」

「ママが僕を王子様って言っていたのかい? それは光栄だね!」


 ルイの名前に聞き覚えがあったのか、小さく呟く声が聞こえた。獣人の子はこちらの出方を窺うように、そろそろとトラックの下から這い出てくる。


 それは、金髪に夏の空を思わせるブルーの瞳を持った子供だった。年は二歳か三歳といったところか。ズボンを穿いているので美良乃には性別の区別まではできなかったが、ふっくらとした頬とぷくっとした唇の何とも可愛らしい子で、頭には尻尾と同じ赤茶色の猫耳が生えている。


「おや、君は確か、トーマスのところの末っ子ではないかな?」


 獣人の子はルイの顔を凝視しながら頷く。


「お名前は言えるかな?」

「しゃら」

「サラか。可愛らしい名前だね」

「かっ! 可愛い!!」


 舌足らずな話し方に心を打ちぬかれた。美良乃が悶えていると、サラは怯えたように顔を背けてルイの脚にしがみついた。不審者だとでも思われたのだろうか。結構ショックだ。


「おやおや、随分おててが冷たくなっているね、お姫様。だっこしてもいいかい?」


 サラはルイを見上げながら両手を広げた。

 よく見れば丸い頬も小さな鼻も赤くなってしまっている。


「わたし、温かいココアを持ってくるね」


 美良乃は慌てて家に駆けこむと、子供が飲めるくらいの温度のココアと、昨晩の夕食の残りだったブルーベリーマフィンを持って庭に戻った。


 ルイはサラを庭のベンチに座らせて、美良乃から受け取ったマフィンをちぎって渡す。彼女は初めは警戒していたもののお腹が減っていたのか、思い切ったように口に入れた。


「おいちい!」


 パッと顔を輝かせ、夢中で残りのマフィンを食べた。ココアもコップを両手で持ってゆっくり飲んでいく。


(何この子! あり得ないくらい可愛い!! 天使なの……!? ああ、動悸息切れが!)


 美良乃はサラを怖がらせないよう、そっと背を向けて呼吸を整えた。


「さて、お姫様。どうしてこんな所にひとりでいるのか、この王子様に教えてくれるかい?」


 自分で王子様と言っているあたりがいかにもルイだが、サラはお腹がいっぱいになったのか、眠そうに目を擦っている。今のうちに事情を聴いた方がいいだろう。


「うんと、パパとママと、しかしゃんにあいにきたの」

「鹿さんに?」

「うん、あのね、しかしゃん、おいしいよ」


 美良乃とルイは顔を見合わせる。


 ネブラスカ州では鹿やヘラジカ、キジ、七面鳥などの狩りが盛んだが、狩猟が許可されている土地と時期が決まっていて、許可証が必要になる。

 大型スーパーに銃売り場があるほど銃社会のアメリカなので、当然狩りも個人所有のライフルなどを使う。ただし、武器を使うのは人間だけで、獣人の場合は種類にもよるが、自慢の牙と爪を使って獲物を狩るらしい。何ともワイルドだ。


「この時期だとヘラジカの狩猟が解禁になっているはずだね。確かトーマスの親戚がこの近所で牧場を営んでいるから、そこへ狩りに来てはぐれてしまったのかな?」


 ルイはスマホでサラの両親に連絡を入れた。ルイが推測した通り、近くの親戚の家に来ていたらしい。二人は電話を切ってすぐに迎えに来た。


 サラは母親の姿を認めるなり、一目散に走り寄った。


「ママァ!!」

「サラ! 心配したのよ!」


 しっかりと抱きしめられて安心したのか、サラは大声で泣き出してしまった。見知らぬ土地で独りぼっちだったのだ。どれほど心細かっただろうと思うと、美良乃の眦にまで涙が浮かんだ。


「お母さんと会えて良かった……」


 何度も礼を言って去っていく一家を見送りながら、美良乃がポツリと零すと、ルイは彼女の肩をそっと抱き寄せた。


「君は子供が好きなのだね」


「うん。子供も動物も好き。子供と話すのは苦手だけどね。見てるのは好き」


「大丈夫。ああいうのは慣れだからね。自分の子供なら、問題なく会話ができるようになるさ」


 ルイはうっとりと息を吐いた。


「美良乃の子供は可愛いだろうなあ……。僕としては四人は欲しいのだけれど、君はどう思う? 二人は人間で、二人は吸血鬼がいい」


「いっ、一体何の話をしてるの!?」


 二人きりで会うようになってまだ一ヶ月も経っていないというのに、一足飛びに子供の話を始めるなんて、気が早すぎる。一気に顔に熱が集まった。


「ふふっ、冗談さ。今のところは、ね。そもそも僕は繁殖力の弱い吸血鬼だから、四人も子供に恵まれないかもしれないし」


 美良乃は余裕の笑みを浮かべるルイを横目でじっとりと睨んだ。母親になった自分など全く想像ができない。しかも四人も子供が欲しいなんて、産む人の身にもなって欲しい。


「――何はともあれ、ルイがいてくれてよかったよ。ありがとう」


 美良乃ひとりだったら、サラも警戒したままトラックの下から出てこなかっただろう。そうしたら助け出すのが遅くなって風邪をひかせてしまっていたかもしれないし、どこの子かもわからないのでモンスター自警団を呼ばなくてはならなかっただろう。サラは耳も尻尾も隠せないようだったから、人間の警察を呼ぶわけにもいかない。


「お役に立てて光栄だよ、僕の女神。――おっと、もうこんな時間か。行かないと」

「引き留めちゃってごめんね」

「僕が好きでしたことさ。また近くに来たら寄ってもいいかい?」


「――今度はもう少し早めに知らせて欲しいかな。こんな格好を見られるのは恥ずかしいし、お化粧だってしていないし」


 ルイはきょとんと目を瞬いた。


「素顔も眩しいくらいに美しいのに、気にすることはないのでは?」

「そっ、そういう問題じゃない」


 好きな人の前では綺麗でいたいという女心は世界共通ではないのだろうか。モテるわりに女心に疎いとは何事か。


「……でも、ありがとう」

「ああっ、恥じらう君も最高だよ……!」


 ルイは感無量といった風に美良乃をぎゅうぎゅう抱きしめる。


「も、もうっ!! ほら、仕事なんでしょ? 早く行った方がいいよ」


 美良乃はルイを彼のスポーツカーに押し込んだ。


「夜にまたメッセージを送るよ」


 ルイはウィンクとキスを投げて寄越すと、颯爽と車を走らせて敷地を去っていった。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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