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【改訂版】美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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38. 10月31日 ハロウィン【4】

ルイ視点です。

「毎年ハロウィンは、アメリカ全土をスリーピーホロウ伝説の首なし騎士が行脚するのだよ」


「……そんなの、聞いたことがないんだけど?」


「とはいっても、本人が全国を巡るわけではない。スリーピーホロウは元々ニューヨーク近郊に伝わる伝説で、首なし騎士が出没しては人間を怖がらせていたのだが、月日が経つごとに全国的に有名になってね。映画の題材にもなっている。

 モンスターたちも便乗して、ハロウィンの時だけデュラハンが騎士の扮装をして練り歩くようになったのさ。この墓地にも毎年十月三十一日の二十四時頃になると現れてキャンディを投げてくれる。それを知っている人間はほとんどいないけれどね」


「ハロウィンのパレードみたいなものなのね」


「あっ! ニッカ―の首なし騎士がスリーピーホロウ伝説に出てくる騎士とは別人であるということは、子供達には内緒だよ? 夢を壊すといけないからね」


「……そう聞くと、年に一度子供たちにプレゼントを配りに来るあの人みたい」


 外へ出ると、紺色の夜空には大きな月がぽっかりと出ていた。

 ネブラスカ州は十月も半ばを過ぎると寒くなってくる。十月の末日ともなれば夜はかなり冷え込むので、ルイは美良乃に自分の上着を着せた。


 墓地は6フィートアンダーの客や周辺住民でごった返している。皆首なし騎士の登場を待ちきれないようで、そわそわしている。

 しばらく辺りを見渡していると、墓地の周りの林から馬の蹄のような音と地響きがしてきた。


「あっ、来たみたいよ!」


 アリアが興奮気味に林を指差す。

 ガサガサと下生を掻き分ける音がし、黒い馬に跨った騎士が飛び出してきた。黒い甲冑に黒いマントと黒づくめで、首から上がない。馬の瞳はランタンでも灯したように輝いている。


「は~っははははは! 我はスリーピーホロウの首なし騎士!!」


 首なし騎士の登場に、墓地から「うおお、待ってました!」と大歓声が上がった。


「夜更かししているのは何処のどいつだ!?」


 言うなり、首なし騎士は持っていた黒いジャックオランタン型のバケツからキャンディを鷲掴みにし、人々に向かって投げだした。多くの人たちが馬の進行を妨げない程度に近づいて我先にとキャンディを拾い集めていく。


「なまはげと節分とハロウィンをごちゃ混ぜにしたみたい……」


 ルイの隣で美良乃がポツリと呟いた。ナマハゲとは、日本北部に現われるとされる神の使いだっただろうか。


 アリアとダニエルは嬉々としながら首なし騎士に近づいていくが、美良乃は戸惑ったようにその場で立ち尽くしている。あまりこういうイベントに積極的になるタイプではないらしい。


「ほら美良乃、僕らももらいに行こう」

「え? う、うん……」


 ルイは美良乃の手を引いた。


「は~っははははは! ハッピーハロウィン!!」


 首なし騎士が近づいてきたルイたちに気付いてキャンディを投げる。

 彼は結構力任せにぶん投げるタイプのようだ。ルイはキャンディが美良乃に当たる直前で全てを受け止め、彼女に渡してあげた。


「あ、ありがとう」


「キャッチする楽しみを取ってしまって申し訳ないが、君に当たるとその美しい肌に痣ができるかもしれないからね。おや、君の足元にも何個か落ちているよ」


「あ、本当だ」


 美良乃は素直に足元のキャンディを何個か拾い上げる。


 首なし騎士は数分間その場でキャンディを配っていたが、「また来年相まみえようぞ!」と声高らかに宣い、風のように去って行った。今年はかなり熱の入った演技をしてくれたので、後でチップをはずんでおこう。


 墓地に集まっていた人の多くは帰宅していったが、6フィートアンダーへ戻って行く者もいる。アリアとダニエルは帰宅するようだ。


「初めての首なし騎士はどうだったかな?」


「色々と興味深かった。それにしてもこのキャンディ、その辺のスーパーで売っているものなんだね。モンスター用の特別なものってわけじゃないんだ?」


 美良乃はスマホの照明を頼りに、キャンディのパッケージを矯めつ眇めつしている。


「誰が何を拾うかわからないからね。人間が口にしても問題ないものを配っているのさ。――さて美良乃。もしよければこのまま少し月でも見ないかい?」


「うん。いいよ」


 ルイは彼女を横抱きにすると、地面を蹴って跳躍した。


「ぎゃあああ!? ちょっと、何処へ行くの!?」


 美良乃は怯えたようにルイの首に両腕を回してしがみついてくる。


「もう少し高い位置から月を見よう」


 墓地の管理小屋の屋根に降り立つと、ルイは屋根にハンカチを敷き、その上に美良乃を座らせた。


「あ~、びっくりした。まだ心臓がドキドキいってる」

「驚かせたようだね。申し訳ない」

「いいけど、次やる時は事前に教えてね」

「ああ、約束しよう」


 墓地にはまだ人が残っており、中には酔っ払って大声を上げる者などもいるため、ロマンチックな雰囲気とまではいかないが、美良乃はあまり気にした様子もなく月を見上げている。

 ルイが美良乃の肩を抱き寄せると、彼女は若干身体を強張らせた。そっと顔を窺うと、恥ずかしそうにしているだけで、嫌がられてはいないようだ。


「数日前が満月だったから少し欠けてしまっているが、とても美しい月夜だね」

「本当だね。綺麗」

「日本ではどのようにハロウィンを過ごすんだい?」


「う~ん、トリックオアトリーティングはあまり浸透していないかな。ショッピングモールとかで、小さい子たちが仮装して各店舗を回ってお菓子をもらいましょう、っていうイベントはあるけど。わたしたちくらいの年齢になると、友達の家に集まったり、テーマパークに行ってパレード観たりとか。あとは渋谷に仮装した人が大勢集まって毎年大騒ぎになるけど、わたしは人混みが苦手だから参加したことない」


「ああ、それは僕もSNSで見たことがある」


 ルイが東京に住んでいた頃は、在日外国人や英会話教室などでハロウィンパーティーを催したが、一般的にはそこまで有名なイベントではなかった記憶がある。ルイもよく外国人仲間のパーティーに燕尾服にマントといった、典型的な吸血鬼の仮装をして参加していた。


 その頃の思い出を美良乃に話して聞かせていると、彼女のスマホからメッセージの受信音がした。


「アリアかな? ちょっとごめん」


 美良乃はスマホの画面を確認する。目線がメッセージを読むように動いたかと思うと、すぐにその形のいい眉が顰められた。


「どうかしたのかい?」


 美良乃はスマホをハンドバッグに突っ込むと、重い息を吐いた。


「十一月の下旬――サンクスギビングの時期に、母と姉が来るって」


 その声音と表情から、彼女がそれを歓迎していないことは明らかだった。

 ルイは以前、ナタリーの毒を吸い出した時に美良乃が家族について語ってくれた内容を思い出す。


(――確か、母君と姉上は彼女の自己肯定感を低めている元凶でもあるのだったか)


 あくまで美良乃の話だけを聞いて受けた印象なのだが、美良乃は機能不全の家庭で育ったようだ。


 子供が不適切な言動をした場合、それを理性的に諭して導くのが保護者の役目だ。感情的になって子供を責め立てたり、その子の人格を否定したりするのではなく、何がいけなかったのかを説明し、どうしたら良かったのかを考えるサポートをする。少なくとも、ルイが知る愛情あふれる人間の家庭では、親はそのようにして子供を躾けていた。


 にもかかわらず、美良乃の母はあろうことか姉と一緒になって美良乃の至らない点や個性的な言動を執拗に論って人格を否定し、尊厳を貶め続けた。それは一種の洗脳であり、虐待なのではないだろうか。

 幼い頃からそんな環境に身を置いていたせいか、美良乃は自分は世間一般で普通とされている基準から大きく外れており、そんな自分は非常に恥ずべき存在であり、愛される価値がないと信じてしまっている。いや、家族によって信じさせれていると言った方が適切か。他人から見た自分がどうであるのかを異常なほど気にするせいで言動がぎこちなくなるのもその影響だろう。


 殻に閉じこもることで自分を守ることを覚えてしまった美良乃は、コミュニケーション能力が未熟なまま大人になってしまった。嫌なことや苦手な相手から逃げ続けていたが、これではいけないと一念発起して親元を離れ、ニッカ―にやって来たという。

 家族と物理的に距離を置いたことで少しずつだが世界と向き合うことができるようになってきたのに、不愉快極まりない母と姉がやって来るのだ。不安にもなるだろう。


 美良乃の硬く引き結ばれた口が妙に痛々しくて堪らず、ルイは彼女を自分の腿の上に横向きに抱き上げた。


「えっ! ちょ、ちょっと」

「まあまあ」


 美良乃は焦ったようにルイの胸板に手をついたが、今は多少強引にでも抱きしめて安心させてやりたかった。サラサラとした黒髪を指で梳いていると、美良乃は観念したように力を抜いた。


「僕は君の人間らしいところが、とても好ましいと思っている」


 突然の告白に、美良乃はピクリと肩を揺らした。


「人間らしいところ……?」


 困惑した様子の美良乃の頭に頬を擦りつける。


「そうだとも。悩み葛藤し、前を向こう、成長しようとする姿が眩しい。健気でいじらしいと感じる」


 美良乃は照れたように視線を逸らした。耳が赤く染まっているのが堪らなく可愛い。


「……ルイはどうしてそんなことを言ってくれるの?」


「君がとても魅力的な人であるということと、君はひとりではない、君には僕がいるのだということを覚えておいてほしいくてね」


「ルイが……?」


「僕だけではない。アリア嬢だっているし、ダニエルやフェルナンド、エレナだっているだろう? それに君のおじい様やおばあ様も」


 ルイは美良乃の思考がネガティブになりがちで、思い込みが激しいところも気に入っている。

 本音を言えば、世界中でルイだけがありのままの彼女を受け入れてやれるのだと信じ込ませ、どっぷりと依存させて絶対に離れていかないようにしてやりたい。

 しかし吸血鬼の間では「恋に夢中になっている証拠だ」と微笑ましく受け取られるその感情が人間の目には狂気的に映り、倫理的に問題があると見做されることをルイは長年の人間との交流で学んでいる。


 美良乃は本来頑固であるが、妙なところで素直だったりもする。祖父母や親しい友人であるアリアがルイの態度に危機感を抱いて「あいつはやめておけ」などと忠告したら、美良乃はそれもそうだとすんなり納得してしまうだろう。

 彼女の心が永遠から離れてしまうことだけは避けなくてはならない。だからこそ、人間の目から見ても納得のいく「理想的な恋人」になる必要があるのだ。


 愛を囁くのは簡単なことだ。しかし、それは行動を伴って初めて相手に届く。これは、ルイが人間の流儀に則って、いかに美良乃を愛しているのかを知らしめる絶好の機会だ。

 幸いなことに、人間の女性に近い感覚を持つアリアからどのように振舞うべきかは事前に助言をもらっている。先ずは美良乃の心に寄り添い、信頼関係を築かなくては。


 美良乃は今、過去に囚われるのをやめ、前を向こうと必死にもがいている。

 彼女が自分を認めて受け入れ、ポジティブな気持ちで未来へ進むためには、彼女自身やこれまでの環境を客観的かつ冷静に見つめる機会が必要なのではないだろうか。

 そして美良乃がどんな結論にたどり着いたとしてもルイは態度を変えず、安心して彼女が腕の中に飛び込んでこれるような余裕溢れる大人の男でいればいい。


(どんな感情であれ、母君や姉上が君の心を占領している現実は非常に面白くない。強烈な感情を向けられるべきは、この僕だからね。少々じれったくはあるが、ゆっくりと確実に、君を射止めよう……) 


 ルイは人知れず口の端を獰猛に吊り上げ、捕食者の笑みを浮かべた。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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