37. 10月31日 ハロウィン【3】
ルイ視点です。
ルイは店のチラシも兼ねた自身のブロマイドを配りながら、カウンターに座っている美良乃を肩越しにちらりと見た。
アリアが熱心に何やら語っているのを真剣な眼差しで聞いては、時折頷いている。そのたびに艶やかな黒髪がサラリと背中を流れた。
仮装のチョイスが魔女やアニメの可愛いキャラクターではなく、玉子の寿司という独特な感性もまた彼女の魅力のひとつだと思う。
ルイは美良乃から放たれるオーラを見て、うっとりと目を細めた。彼女のオーラはラピスラズリのような濃青色に金の粒子が散っているものだが、近頃では身体から一番離れた部分に淡い桃色が見られるようになったのだから、頬が緩むのを禁じえない。
オーラは北極圏で見られるオーロラのように様々な色がグラデーションになって混じり合っているものだ。身体に一番近い部分にはその人の本質が滲み出ていて、別名魂の色と呼ばれている。反対に身体から最も離れた部分に表れるのはその人の感情や心境だ。
桃色は恋の色。つまり、美良乃が恋をしていることを意味している。そしてその相手は、間違いなく自分であるという自信がルイにはある。
恥ずかしがりな性格に加え、ポジティブな感情を表に出すことに慣れていない美良乃だが、ルイにはしっかりと彼女の変化が伝わっていた。目とオーラは口ほどに物を言うのだ。
「はあ、何て美味そうなんだろう。実に愛しい……っぷぺぺっ!!」
それにしても、口にくわえた草が邪魔だ。
ルイの中で「日本のワル」といえば、河川敷の高架下でひたすら殴り合いの喧嘩をしたり、茎の長い草とも枝ともつかないものをくわえたまま土手に寝そべっているイメージだったのだ。前者は店内で再現するのが難しいので後者を選んだ。
「彼らはよくこんなものを嚙みながら会話ができたものだ。きっと、普段から鍛錬しているに違いない! 僕もまだまだ修行が足りないね!」
ルイが独り言ちながら店内を回っていると、ファンクラブの会員たちがダンスフロアの近くで楽しげに話しているところに出くわした。
「やあ子猫ちゃんたち! ハッピーハロウィン!」
「きゃあ、ルイ様!」
「ハッピーハロウィン、ルイ様!」
ルイは順番にブロマイドを手渡していく。
「そういえば、ルイ様、最近人間の女の子とデートしてるって本当?」
両腕が青い翼、両足が猛禽類の鉤爪になっているハーピー族の女性が探りを入れてきた。彼女はファンクラブができた当初からの会員で、かなり熱心なルイのファンである。
「ああ、本当だともっ! 僕のひと目惚れでね。今、熱烈に口説いている最中なのだよ」
「へえ……」
彼女たちは何とも言えない表情で顔を見合わせている。
(おや、何だが不満そうだね。この前のナタリーの例もあるし、ここはきっちり牽制しておいた方が良さそうだ)
せっかく美良乃が少しずつ想いを受け入れてくれるようになったのに、邪魔が入っては堪ったものではない。
「最近、美良乃を傷つけようとしたファンクラブのメンバーがいてね。僕の幸せを喜ぶどころか壊そうとするなんて、実に裏切られた気分だ! 本当に残念だよ。まあ、二度とそんな気が起きないように、しっかりと話し合いをしたけれど」
ルイは俯き加減のファンたちに目を眇める。
「君たちは公私共に僕を応援してくれる最高のファンだ。もちろん、美良乃と僕の恋も温かく見守ってくれると信じているよ」
口元に弧を描けば、ルイの目が少しも笑っていないことに気付いたのか、彼女たちは一様に青ざめ、引き攣った笑顔を浮かべた。
「も、もちろんよ、ルイ様!」
「彼女と上手くいくことを応援してるわ!」
これで引いてくれれば重畳。それでも美良乃にちょっかいをかけてくるようであれば――。
(今度こそ、僕が直々にお仕置きしてあげないとねっ!)
「ふふっ、ありがとう。それでは、良い夜を!」
ルイはヒラヒラと手を振ってその場を辞した。
カウンターに戻ると、美良乃は酒が入ってイチャイチャしだしたアリアとダニエルを困ったように横目で見やりながら、ちびちびと炭酸飲料を飲んでいた。アメリカでは至って普通の光景だが、慎み深い文化で育った美良乃にとっては目のやり場に困る状況だろう。
吸血鬼はあらゆる面において人間の能力を凌駕しているのだが、聴覚も頗る良い。美良乃とアリアが来店するたびに二人の会話がつい耳に入ってきてしまう――不可抗力である。決して盗み聞きではない――のだが、美良乃はどうもアルコールの匂いと味が得意ではない上にすぐに酔ってしまうようで、全く飲酒しないか、飲んだとしても一杯程度のようだ。
そんなところもまた可愛らしい。新たな発見ごとに好きの最高値が更新されていくのだから、一体この想いはどこまで高まっていくのだろうか。
「おまたせ、マイハニー」
ルイが美良乃の左隣のバースツールに腰かけると、彼女は安堵したように微笑を浮かべる。
迷子が保護者を見つけたような反応に、胸がキュンを通り越してギュンとした。
(僕を見てホッとするなんて、何て可愛いんだろう!)
思わず学生服の上から心臓を押さえる。訝し気に首を傾ける美良乃にウィンクして、バーテンダーに飲み物を注文する。
「そういえば、ルイがバーで飲んでるのは初めて見るかも。……それは、何ていうカクテルなの?」
美良乃は、ルイがバーテンダーから受け取ったカクテルグラスを興味深そうに眺めた。少しとろみのある赤い液体からは鉄のような匂いがする。
「これかい? 『ブラッディ・ブライアン』といって、主にB型の輸血用血液と、トマトジュース、数種類のスパイスを入れたものだよ。お好みでセロリかパクチーをトッピングできる」
吸血鬼はアルコールに酔わないので、基本的に飲まない。スパイスと称した毒が入っているのは美良乃に教える必要はないだろう。
「セロリかパクチー? へ、へえ……、何でまた」
6フィートアンダーでは各種族向けの飲み物を揃えている。ルイが飲んでいるのは吸血鬼用に用意されたもので、O型ならオスカー、A型ならアレン、AB型はエイブといった具合に、血液型によってブラッディの後に続く名前が変わる。
「美良乃はよく『妖精の瞬き』を飲んでいるようだけれど、あれはアルコールに妖精族の鱗粉が入っているものだよ」
「えっ! そうだったの!? 知らなかった……。妖精の鱗粉って、魔力が籠ってるんだよね?」
「そうだね。カクテルに入っているのはほんの少量だから、魔力を持たない種族でも魔力酔いは起こさないはずだけれど」
「あ、だからかな、前にマリオさんの歌声が聞こえたの。あれはアリアの魔力の影響じゃなかったんだ」
「森の賢者に会ったのかい?」
森の賢者は滅多に人前に姿を現さない。ルイが目を丸くすると、美良乃は首肯した。
「少し前に、うちの林で発声練習してたの。……そうだ!」
思い立ったように両手をパチンと合わせて、美良乃は持っていたハンドバッグの中から銀色のチケットを取り出した。頬をほんのりバラ色に染めて、恥ずかしそうに俯きながら手渡してくる。
「あの、これ、マリオさんにもらったの。もし良かったら……、わ、わたしと行かない?」
「もちろんだとも!!」
これは紛うことなきデートのお誘いである。美良乃からデートに誘われるのは初めてで、ルイは歓喜に打ち震えた。チケットを胸に押し抱いて天を仰ぐ。
「当日が楽しみだね!!」
「本当? 喜んでもらえて良かった」
「君が誘ってくれたことが嬉しいのだよ」
美良乃は真っ赤になって視線を彷徨わせた。照れ屋なところも堪らない。
「はあ、可愛すぎて牙がうずく」
「え?」
「いや、何でもないよ」
ルイはちらりとスマートウォッチを見る。時刻は深夜零時を示していた。
「そろろそ、首なし騎士が出る時間かな」
「首なし騎士??」
「あら、もうそんな時間?」
ルイが呟くと、人目もはばからずブチュブチュやっていたアリアたちが席を立ち、出口の方へと歩いて行った。
「首なし騎士とはデュラハンと呼ばれるモンスターで、妖精族の一種なのだよ。ささ、マイエンジェル。僕たちも外へ出ようじゃないか」
「え? 何かあるの?」
美良乃は訳がわからないようで困惑顔だ。
ルイは美良乃を自分の腕につかまらせて歩き出した。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




