36. 10月31日 ハロウィン【2】
炭酸飲料を飲みながらモッツァレラスティックを食べていると、にわかにダンスフロアの方が騒がしくなった。
「きゃっ、ルイ様よぉ!」
「やあ子猫ちゃんたち、ハッピーハロウィン! これは僕から、ハロウィンのお土産だよ!」
人混みでよく見えないが、ルイは何やら客に配りながら歩いているらしい。
彼は美良乃に気付くと、喜色満面で近づいてきた。
「マイエンジェル! 会えてうれしいよ!」
流れるような動作で右手の甲に恭しくキスを落とす。美良乃は彼の出で立ちに困惑しながらも挨拶を返した。
ルイはブレザー型の学生服を着て、頭には狼の耳のカチューシャをしている。首から紐に通した値札を大量に下げ、口には何故か、茎の部分がやたらと長い草のようなものをくわえていた。喋り辛くないのだろうか。
――これは、確実に日本のマンガに関連する仮装に違いない。
「美良乃はもしかして、玉子の寿司の仮装かな?」
「そうだよ。よくわかったね」
「ふふっ。何て美味しそうなお寿司だろうね。食べてしまいたいくらいだ」
ルイはパチンとウィンクしてくるが、吸血鬼である彼がいうと冗談に聞こえなくて、色々な意味で身の危険を感じる。美良乃は小さく身震いした。
「ルイは何の仮装なの?」
「よくぞ訊いてくれたねっ! 僕は少女の永遠の憧れ、『どきどきしナイト』の草壁くんの仮装だよっ!」
――誰。
出かかった言葉を必死に吞み込んだ。
美良乃もかつて少女だったが、草壁くんに憧れた記憶はない。美良乃は聞いたことがないタイトルなので、十中八九昭和の終わりか平成前半に人気のあったマンガが元ネタなのだろう。こういう時は、軽くスルーするに限る。
「そ、そうなんだ? 何で値札下げてるの?」
「彼は自称『札付きのワルで一匹狼』だからねっ! 細部にわたって再現してみたのさ!」
「札付きのワル? ……へ、へえ~?」
美良乃は聞いたことがない表現だが、多分値札がたくさんついている男という意味ではないだろう。後でスマホで検索してみよう。
恐らくだが、美良乃を含め、今夜店内にルイの仮装が何なのであるのか理解している者はいない。しかし本人は愉しんでいるようだし、ここで「何それ? 誰も知らないと思うけど?」などと言ってはいけないことは過去の経験から学習済みだ。
「そうだ、君にもこれをあげよう! はい、美良乃、ハッピーハロウィン!」
ルイは手に持っていた籠から、モデルのようなポージングで写っている彼自身の写真とキャンディが入った透明な小袋をくれた。
彼のナルシストぶりに慣れてしまったのか、最早この程度では動じない自分に驚く。
「ありがとう」
「ああ、そうだ! 日本から僕の友人が遊びに来ていてね。是非とも紹介させてくれたまえ」
ルイは美良乃の手を取ると、コートニーと一緒に座っている男の傍らに歩いていく。
「やあコートニー嬢、落武者くん! 楽しんでいるかい?」
落武者と呼ばれた男は日本でよく見かける、烏の濡れ羽色の髪と黒曜石のような瞳のさっぱりした顔立ちをしていた。白と黒のストライプのスーツを着て、口には鳥のくちばしのように先のとがった黒いマスクを装着している。
ちらりと頭に目をやれば、落武者という名前のわりに頭頂部は剃られておらず、ふさふさと髪が生い茂っているではないか。これは一体どういうことなのだろう。
「落武者くん、こちらは僕の女神の美良乃だよ! 以前君にも話したことがあっただろう? 美良乃、こちらは比叡山から旅行に来ている、烏天狗の落武者くんだ」
「ひ、比叡山!! 烏天狗!? 落武者??」
情報量が多すぎて混乱する美良乃に、落武者は苦笑した。
「おう、美良乃殿。貴殿の話はルイからよく聞いてるぜ。落武者ってのは、オンラインゲームで名乗ってる名前だ。よしなに」
最近の烏天狗は山に籠って修行に明け暮れるのではなく、オンラインゲームを嗜むらしい。
「どうも、美良乃です。よろしくお願いします」
「随分な別嬪さんじゃねえか。ルイも隅に置けねえなあ!」
落武者はゲヘゲヘと何とも個性的な笑い声を上げる。せっかくのミステリアスな雰囲気が台無しだ。
「はははっ、そうだろうとも! 美良乃は世界で一番美味そうな僕の運命の女性だからね!」
「美味そうって。本人の前で言ったらダメなやつだろ」
「はははっ、吸血鬼にとっては『絶世の美女』という意味の誉め言葉だよ! さて、そろそろお邪魔虫は退散しようかな。それではお二人さん、素敵な夜を!」
美良乃は二人に軽く会釈すると、ルイに促されるままアリアたちの元へ戻った。
「僕はこれを配りに行くから、少しの間失礼するよ」
「うん、わかった」
「では、また後で!」
アリアとダニエルにも小袋を渡すと、ルイは人混みの中へと消えていった。
背中に視線を感じて振り返ると、アリアが目を三日月型に細めながらニヨニヨとこちらを見ているではないか。揶揄う気満々の表情に、思わず身構える。
「随分いい感じじゃない。二回目のデートはカフェに行ったんでしょう? どうだった?」
「どうって。コーヒー飲んで、サンドイッチを食べて、ちょっと話した程度だったよ。ルイが忙しかったから、二時間くらいで解散したけど」
「三回目のデートの約束はした?」
「うん。どこかへ行こうとは言ってる。行先はまだ決めていないけど」
そういえば、以前森の賢者からもらったモンスターショーのチケットが二枚あったはずだ。アリアを誘うとダニエルも来るだろうから、チケットが足りなくなってしまう。
であれば、代わりにルイを誘ってみるのもいいかもしれない。
「三回目のデートねぇ。今度こそキスくらいさせてあげれば?」
「キッ!? ま、まだわたしたちはそんな!!」
茹蛸のようになった美良乃を、ダニエルが気の毒そうに見下ろす。
「美良乃ちゃんは初心なんだから、揶揄っちゃダメよアリアちゃん。進展するものも進展しなくなっちゃう」
「そうよね。あまりつつくと変に意固地になって拗れそう」
「そうよぉ。アタシたちは温かく見守りましょう」
「見ないふりでいいんだけど……」
「それは無理よ。こんなに面白いことはないもの、ねえダニエル?」
「そうよぉ、他人の恋バナは酒の肴に最高なのよぉ」
確かに他人の恋愛を観察するのは面白いけれど、揶揄われる方は堪ったものではない。
鬼人と魔女という、種族名だけ聞けば何とも物騒な二人に見守られながら、吸血鬼と人間の恋はゆっくりと進んでいくらしい。日本にいた頃には考えられないような不思議な事態になったなと、美良乃はぼんやり思ったのだった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




