33. 10月22日 ルイ様リサイタル【1】
ルイのコンサート当日、6フィートアンダーは女性客で溢れかえっていた。
まず、墓地に駐車してある車の数が普段では考えられないほど多い。事情を知らない人間が近くを通りかかったら、こんな夜にどんな有名人が埋葬されるのだろうと訝しがっただろう。
ダニエルが駐車場所を探している間にアリアと美良乃は先に店に入ったのだが、身分証明書のチェックのために列に並ばなくてはならなかった。いつもであれば入口付近の椅子に腰かけてぼんやりしているフェルナンドも、もう一人のバウンサーと共にキビキビと列をさばいている。美良乃たちもこの日ばかりは余計なお喋りは控えて軽く挨拶をするに留めてバーに移動した。
バーにも列ができていて、バーテンダーたちも天手古舞で働いている。アリアが三人分の飲み物をオーダーしに行っている間に、美良乃はステージ近くで三人分の場所を確保することにした。
興奮気味にコンサートの開始を待つ女性たちの合間を掻い潜って進んで行く。
「す、すみません、通してください。ちょっと失礼」
ちらりと周囲を見渡すと、ステージに向かって右の壁際、普段はダーツやビリヤード台が置いてあるエリアではグッズや記念品の販売までしている。ちょっとしたアイドルのコンサート並みの盛り上がりだ。
(すごい人……。ルイってやっぱり人気があるんだな)
何とか三人分のスペースを確保したが、それだけでかなりの体力を消耗した気がする。げんなりと立ち尽くしていると、車を駐め終わったダニエルが合流した。
背の高い彼は人混みの中から美良乃を探し出すのは容易いことなのだろう。おまけに、カウンターにいるアリアからも恰好の目印になって、こう言ってはなんだが大変便利であった。
「すごい人ねぇ! やだぁ、アタシったら、始まったら後ろの列に移動した方がいいかもぉ。後ろの人が観えなくなっちゃうし」
確かに、群衆から頭二つ分は飛び出ているダニエルは、後ろの人からしたら邪魔で仕方ないだろう。結局彼は開演間近にアリアと美良乃を残して一番後ろの列に移動した。
アリアが買ってきてくれたレモネードをチビチビやっていると、お馴染みのファンファーレが鳴り響いた。
パンパカパ~ン!
「紳士淑女の皆様、お待たせいたしました! 今宵も最高のエンターテインメントを貴方にお届け! 眉目秀麗、流れ星もビックリな大スター!! ルイ・ド・クルール・サンティアゴ伯爵!!」
割れんばかりの歓声が巻き起こる。
「……よくもまあ、毎回色々な口上を思いつくよね」
「ちなみに、内容はその都度ルイ様本人が考えてるそうよ」
「ソ、ソウナンダ?」
ナルシストここに極まれり。思わず片言になってしまったのも仕方ないだろう。
今回は螺旋階段の上ではなく、ステージにスポットライトが当たる。いつの間に登場してきたのか、そこには既にルイがいた。肩パッドの入った赤いジャケットに、ダボッとした黒いパンツを合わせ、額にはバンダナを巻いている。足元を見れば、年季の入ったローラースケートを履いているではないか。
――昭和の日本感が半端ない。
(……前にテレビで観た、『懐かしのアイドル・あの人は今』に出てた人みたい)
一緒に観ていた母が「小学生の時大好きだった!!」と騒いでいたのを覚えている。
口の端が引き攣るのを堪えながら何とか表情を取り繕う。ちらりと隣を見ると、アリアは特に気にした様子もなく、嬉しそうにうちわを振りながら声援を送っている。
(見てるこっちが恥ずかしくなるんだけど、わたしだけ!? わたしがおかしいの!?)
人知れず羞恥心と闘っている間にも、ルイはキラキラしい笑顔で観客に手を振る。
「今宵は僕のために集まってくれてありがとう! 心行くまで僕の美声と美貌を堪能していってくれたまえ!!」
ルイが背後のDJに目配せすると、彼はひとつ頷く。どこか懐かしい音楽が流れてきた。
ルイは意気揚々とマイクを口元へ近づけ、大きく息を吸う。
「ボエエエエェェェ~♪」
耳が拾った異音に、美良乃は目を見開いて固まった。
物凄く好意的な言い方をすれば個性的な歌声が空間を支配していく。
まるで某国民的アニメのガキ大将みたいな歌唱力だ。聴いていると首筋の毛が逆立って、背中に冷や汗が浮かんでくる。
(まずい。もう表情を保てない)
美良乃は錆びついたロボットのような動きで持参したルイ特製うちわを持ち上げると、顔の下半分を隠して口元を歪めた。
観客の動揺を置き去りに、ルイはステージ上でくるくる回転したり、飛び跳ねたりと縦横無尽に動き回る。歌声はともかく、その動きの機敏さは称賛に値するだろう。
やがてステージの端で待機していた死んだ魚のような目をした魔女の男が指を振ると、ルイはふわりと宙に浮かび上がった。昭和のアイドルの出で立ちだが、演出方法は平成のアイドルを真似たらしい。少し前にも同じことをしていたが、もしかするとあれは今回に向けた練習だったのかもしれない。
観客のボルテージは最高潮に達した。
「きゃあああああ!! ルイ様ぁ!!」
「素敵ぃぃ!!」
美良乃の隣で鼓膜が破れんばかりの大声を上げていた猫耳の女性が、突然糸の切れた操り人形のようにその場に頽れた。
「えっ!? 嘘でしょう!?」
美良乃は咄嗟に彼女の背中を支え、床に後頭部を打ち付けないようにした。
オロオロしていると、アリアがバウンサーのひとりを呼んでくれ、女性は無事救出された。
よくテレビなどで、海外のコンサート会場で失神するファンが相次ぐ様子を放送しているが、まさか自分の目の前でそれが起こるとは想像もしていなかった。
あの歌声でよくここまで興奮できるな、と感心してしまった。いや、もしかすると、モンスターは聴覚が優れている分、人間の美良乃では拾えないような音も拾ってしまったのかもしれない。可哀そうに。
「子猫ちゃんたち、ありがとう~! 僕の素晴らしさを堪能してくれたかな!? 今日のために僕自らデザインしたグッズも用意してあるので、帰り際に是非チェックしていってくれたまえ!」
ステージ上のルイはちらりと美良乃に視線を寄越すと、パッチンと片目を瞑ってみせた。
(えっ、今の、わたしに?)
不覚にもドキッとしてしまったではないか。
美良乃の周囲にいた女性たちから「ぎゃあああ! ルイ様がわたしを見た!」と悲鳴が上がった。
もしかしたら、自分に向けてのウィンクではなかったのかもしれない。勘違いだとしたら物凄く恥ずかしい。
「それでは、また次回に会おう! 良い夜を!!」
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




