32. 10月18日 女子(?)会
『おはよう。昨夜はよく眠れたかな? 僕はもちろん、君の夢をみたよ♡ 夢に出てきてくれてありがとう♡♡ 良い一日を!』
「ふごおおおおお!! 甘いぃいいいい!!」
スマホの画面からピンク色のハートが大量に噴き出してきそうなメッセージに、美良乃は乙女にあるまじき奇声を上げた。差出人はもちろん、ルイである。
「まだ一回しかデートしてないのに、この甘さは尋常じゃない……気がする」
これは最早、数か月間デートをして正式に交際しているカップルの甘さではないだろうか。こういうことに慣れていない美良乃にしてみれば、段階を踏んで徐々に甘くなって欲しいのだが、多くを求めすぎなのだろうか。
「ん? いや、待って。そもそもデートする前から、ルイのメッセージはやたらと慣れ慣れしかった……。じゃあ、これがデフォルトなのか」
過去のメッセージを見ても、今回のものと大して糖度的に変化はない。であれば変化があったのは美良乃の心境の方だろう。以前は彼に対してさほど興味がなかったのでスルーできていたものが、意識してしまった途端に過剰に反応するようになっただけのことで。
デフォルトでこれなのだから、これ以上二人の仲が進展したら、どうなってしまうのだろう。
――ルイ、おそろしい子……!
「はあ、しっかりしなきゃ。あまり急に深入りすると、依存しそうで怖い」
ナイドテーブルにスマホの画面を伏せて置き、枕に顔を埋める。
美良乃は急激な環境の変化に弱い自覚がある。一歩一歩、ゆっくり進めていかなくては、とんでもなく厄介な性分が二人の関係に影を落とす予感がするのだ。
ぼんやりと考えていると、新しいメッセージの受信音がした。今度はアリアからだ。
『おはよう! 昨日のデートはどうだったのよ!? 今夜あたしの家で女子会しよ!!』
ちょうど美良乃もアリア姐さんに恋のいろはを訊きたいと思っていたところだ。
こういう時は、自分の飲み物を持っていくのが暗黙の了解だ。あまりアルコールの味と匂いが好きではないし、車も運転するので炭酸飲料を持っていこう。
「こんばんはぁ、美良乃ちゃん! いらっしゃ~い!」
その日の夜、アリアが住んでいる一軒家で美良乃を出迎えたのは、鬼人族のダニエルだった。背の高い彼が玄関に立つと、ぬりかべのように戸口を塞いでしまう。
美良乃は圧倒されながらも、何とか笑顔を作った。
「こ、こんばんは、ダニエル。この間はありがとうございました」
ダニエルがモンスター自警団の団長で、ヴァイパー族の対応をしてくれたのはルイから報告があって知っている。アリア経由でお礼を伝えてもらったが、直接彼に会うのはハーベストムーン以来だ。
「いいのよぉ。こちらこそ、仲間が迷惑かけてごめんね! アリアちゃ~ん、美良乃ちゃんが来たわよ! ささ、入って入って」
勝手知ったる我が家といった風だが、彼はかなり頻繁にアリアと会っているようだし、この家にも入り浸っているので最早自分の家も同然なのかもしれない。
家に入るとすぐにリビングルームなのだが、少し年季の入った三人掛けのソファにアリアと、彼女のルームメイトで魔法使いのコートニーが座っていた。
コートニーとは既に何回か会たことがあった。彼女は看護師として働いている。今日は仕事が休みなのか髪もセットしておらず、寛いだ格好をしていた。
美良乃は持ってきた炭酸飲料をダイニングルームのテーブルの上に置くと、リビングルールのひとり掛けソファに腰を下ろした。
ダニエルがアリアの隣に座ると、彼女はすかさず彼の膝の上に両足をどっかりと置く。日本だと行儀が悪いと思われるかもしれないが、アメリカではよくラブラブなカップルがやる座り方だ。ダニエルも嬉しそうにアリアの足を摩っている。二人はデートしはじめて数週間だが、どうやらかなり進展した仲らしい。
「で!? どうだったの!?」
アリアが目をキラキラさせながら身を乗り出してくる。
「え~っと、オマハの日本食レストランに行って、帰って来たんだけど」
「んなことわかってるわよ! どうだった? 楽しかった?」
アリアはじれったそうに腿を叩いた。
「うん、まあ、それなりに。色々確認したりして」
美良乃はデートでどんな会話をしたのかなど、ぽつぽつと話して聞かせる。
三人が微笑ましそうに美良乃を見つめてくるので、かなり気まずい。
「キスはしたの?」
「フボォ!?」
美良乃は飲んでいた炭酸飲料を噴き出しそうになり、慌てて口を押える。
「キッ!? いやいやいや、まだそんなこと!」
「え~、いい感じだったら、初デートでキスくらいするわよねえ?」
ダニエルが同意を求めてアリアとコートニーを見ると、二人はうんうんと頷いている。
「ベロチューもありよ、ベロチューも」
「あと腐れ無さそうな相手なら、魔女特製の媚薬でも使って美味しくいただいてやるけど」
コートニーの口からさらりと爆弾発言が飛び出した。
「媚薬のストックは足りてる? 補充が必要ならいつでも注文してね!」
「あらぁ、コートニーちゃんったら、鬼人族に負けず劣らず肉食ね♡」
流石は女子(?)会。会話の内容がエグイ。おまけに知らなくていい情報まで含まれていた気がする。
美良乃にとってはたった一回デートしただけの相手とキスはもちろん、「うふん」で「あはん」なことをいたすなど破廉恥極まりないのだが、彼女(?)たちにとってはどうやら普通のことらしい。
(わたしって、実は物凄いおこちゃまなのでは……!?)
妙な危機感を覚えるが、だからといってルイとの過剰なスキンシップはまだごめん被りたい。
「それで、ルイちゃまとは何もなかったの?」
「て、手を、触られたというか、に、握る? 包む? くらいはした、けど」
真っ赤になって俯きながらごにょごにょ呟く美良乃を見て、三人は「ア~ゥゥ」とか「オオ~ゥゥ」という、可愛らしいものに心を打たれた時などに発する感嘆を漏らした。
「きゃ~! 今時中学生でもこんなに初々しくないわよ! 青い春だわぁ!!」
アリアがくすぐったそうに身を捻る。
「手を握られたくらいでそんなに恥ずかしがって……。かわいい」
「アタシにもそんな頃があったわぁ。もう数百年前だけど」
他の二人も、「わたし、将来〇〇くんと結婚するの」と宣言した幼稚園児を見守る保護者のような、ほっこりとした視線を送ってくる。
「わたし、今まで人を好きになったことないし、誰かとデートするのも初めてでよくわからないんだけど。相手のことを良く知らない場合でも、昔の恋人に嫉妬するくらい好きになったりするものなの?」
「「「ア~ゥゥ!」」」
三人がまた口をそろえて声を上げる。美良乃は既に成人しているのだから、幼い少女の恋を見守るような反応はやめてほしい。
「人によるんじゃないかしらぁ? 出会った瞬間に恋に落ちる人もいるし。所謂ひと目惚れってやつね。ある程度心の繋がりができてからでないと相手を好きにならないって人もいるし」
「そうそう。別に『こういう過程を経て気持ちを育てないと恋愛とは呼ばない』みたいな指針はないのよ」
「『この人がいないと死んじゃう!!』みたいな激しい恋もあれば、『一緒にいるとホッとする』程度の穏やかな恋もあるしね」
十人十色だと、三人は顔を見合わせて頷き合う。
「美良乃は現状、ルイ様をどう思ってるの?」
アリアの問いに、美良乃は視線を上に向けて思案する。
――手を握られても嫌ではなかった。不思議と心地よいと感じたし、次にデートをしてもいいとすら思っている。昔の恋人との関係にモヤモヤした。
「えっと、惹かれているというか、好きだ思う」
「前はものすごい毛嫌いしていたけど、何か心境の変化でもあったの?」
訊きながら、アリアはポテトチップスをばりぼり頬張っている。カスがぽろぽろ落ちているのを、ダニエルが甲斐甲斐しく拾ってあげているのが何とも甘ったるい。
「こないだの、毒を吸い取ってもらった時」
「あの『ナタリー毒の乱』ね」
ダニエルがしたり顔で相槌を打つ。
いつの間にか当事者の知らないところで、妙に仰々しい呼び名がついていたようだ。何なら歴史の教科書に載っていそうである。
「そ、そう。ついでにちょっと悩みを聞いてもらったというか。その時に言ってくれた言葉がすごく嬉しくて」
「ハートを持っていかれちゃったって訳ね!!」
恥ずかしくて仕方ないので、ルイをハート泥棒みたいに言わないでもらいたい。
「そっかぁ。でも出だしは順調みたいで良かったわぁ。ルイちゃまったら、かなり美良乃ちゃんにご執心だものねぇ」
ダニエルは片手を頬に当てて、しみじみと頷く。どうやら彼なりにルイの恋路を心配していたらしい。
「そういえば、今度の日曜日にルイ様が6フィートアンダーでコンサートやるらしいわよ。美良乃も一緒に行きましょうよ。この間もらったうちわ持って」
正直もらって迷惑していたが、ついにあのうちわが日の目を見る時が来たらしい。ナタリー毒の乱があったのであまり他の客の注目を集めたくないのだが、せっかく作ってくれたのだから、ほんの数分でもあれで応援してあげなければルイが泣きそうだ。
「うん。一緒に行きたい」
「あら、アタシもうちわ作ろうかしらぁ。アリアちゃん、後で実物見せて? コートニーちゃんの分も作りましょうか?」
「わたしは遠慮しておくわ。その日は夜勤入ってるし」
その後美良乃とコートニーは、アリアとダニエルがイチャコラしながらうちわを作る様子を肴に、それぞれ炭酸飲料と酒を愉しんだのだった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




