3. 8月21日 アリアとの出会い
美良乃は時差ボケの頭を抱えながら、ニッカ―の裁判所に来ていた。
裁判所といっても、かなり小さなレンガ造りの建物で、運転免許証の更新に来たり、税金を収めに来たりする場所だ。
1890年代に建設されたもので、長方形の建物に四角いお城の塔のようなものがくっついた、ヴィクトリア様式のかなりおしゃれな外観だ。地震がない地域だからこそ、ニッカ―の下町にはこうした歴史ある建物がたくさん残っている。
運転免許証は高校生の時、夏休みに祖父母に会いに来た時に取得していたのだが、二十一歳以下の免許証は二十一歳の誕生日に期限が切れてしまう。美良乃の誕生日は来月に迫っていたため、クローイーに更新に連れてきてもらったのだ。
「あらあ! クローイーじゃない、元気? チャドはどうしてる?」
免許証のカウンターにいたふくよかな女性が明るい声を上げた。チャドとはクローイーの再婚相手のことだ。クローイーは最初の夫であり、美良乃の実の祖父とかなり前に離婚している。チャドとは血の繋がりはないが、美良乃は彼をおじいちゃんと呼んでいる。
「元気よ! 最近は年のせいで足が悪くってね」
「そうなの、お大事にねえ。あら、そちらのお嬢さんはもしかして、あなたのお孫さん?」
「そうよ。わたしの二番目の孫で、美良乃っていうの」
「こ、こんにちは」
美良乃は表情筋を総動員して何とか笑顔を作り、女性に手を振った。
(変な顔になっていないかな。気持ち悪いって思われたらどうしよう)
笑顔をつくるのが苦手なので頬が引きつっているし、酷く居心地が悪い。
社交的なクローイーが女性とおしゃべりを続けている間に免許証の更新手続きを終え、裁判所を出た。すでに昼過ぎだったため家で待っているチャドの分もファストフード店でハンバーガーセットをテイクアウトして車に乗り込む。
祖父母は広大なトウモロコシ畑の真ん中に住んでいるため、ニッカ―から家までは車で十五分ほどかかる。
「ああ、そうだ」
車を運転しながら陽気に歌を口ずさんでいたクローイーは、思い出したように軽くハンドルを叩いた。
「今日の夕飯はあなたの大伯父さんの家に招待されてるのよ。カズンたちと会うのも久しぶりでしょ?」
(ゲッ……)
美良乃はひっそりと溜息を吐いた。
美良乃の父には従兄妹が多くいる。そして従兄妹の子供、美良乃にとってのはとこも両手で数えきれないほどいる。ちなみに、ニッカ―周辺では従兄妹やはとこどころか、曾祖母の従兄妹でさえ「カズン」と呼ぶので、ややこしい。
はとこたちは全員が同じ町に住んでいるため、昔から互いに頻繁に交流があって仲が良いが、日本で生まれ育った美良乃は数年に一回顔を見る血のつながった外国人程度にしか認識されていない。要するに、あまり親しくないのだ。
子供のころから内気だった美良乃にとって、大勢の親戚に囲まれてひたすら社交をしなくてはならない状況は苦痛以外の何ものでもない。
(で、でも、わたしはここで過ごすって決めたんだから、親戚とくらい、上手くやれるように頑張らないと)
「ソ、ソウナンダ? タノシミダナ~」
顔を引き攣らせながら、自分でも吃驚するくらいの棒読みで返事をした。
「久しぶりだね美良乃!! おかえり!!」
大伯父の家に入った途端、挨拶合戦が始まった。リビングルームにひしめき合っている、自分より縦にも横にも大きい親戚に流れ作業のようにひたすら「久しぶり! 元気だった?」と声をかけてハグを繰り返すのだ。
しかし、大伯父、父の従兄妹、美良乃のはとこ、と年代が下がっていくにつれ、相手のテンションも下がっていく。はとこたちに至っては、お互い「ハーイ」と言いながら作り笑いを浮かべ、手を振る程度の熱量しかない。
更にははとこの恋人やフィアンセまで参加しているため、誰が誰なんだかよくわからないうちに夕食が始まってしまった。自分の好きなだけよそって食べるビュッフェ形式なのだが、食べ物をとって席に座った途端にどっと疲労が押し寄せた。
(つっかれた~……。時差ボケもまだ酷いし。眠くて仕方ない)
食事が終わったら、頃合いを見て帰らせてもらおう。
もそもそとマッシュポテトを頬張っていると、テーブルを挟んで正面に座っていたはとこのジェフの交際相手――申し訳ないが名前は憶えていない――がにっこり笑いかけてきた。
癖の強い赤毛と顔中に散ったそばかすが印象的だ。
「ねえ、美良乃って日本から来たんでしょ? 日本のどこに住んでたの?」
「と、東京、ダヨ」
できる限り愛想よく聞こえるようにしたつもりが、緊張で片言になってしまった。どうしよう、変に思われただろうか。
ちらりと相手を窺うも、彼女は美良乃の話し方よりも、返事の内容に驚いたようだ。
「はあ!?」
彼女は素っ頓狂な声を上げ、目を見開いた。
「本当に!? トウキョウってニューヨークとかと同じ大都会でしょ? 何でこんな辺鄙なところに来ちゃったわけ?」
「えっと、ちょっと違う環境に身を置いてみたくなって」
すると隣に座っていたジェフがにやりと笑った。彼は大学でアメリカンフットボールの選手として活躍しているため、かなりごつい体格をしているが、笑った顔は意外とかわいらしい。
「確かに、アリアの言う通り、ここは比べるのも烏滸がましいほどの田舎だな」
彼女の名前はアリアというらしい。訊くのは気まずかったので、ジェフが言ってくれて良かった。美良乃はアリア、アリア、と頭の中で復唱する。
「ねえ、東京の人って、何して遊ぶの?」
「……人によると思うけど。友達とカラオケに行ったり、ショッピングに行ったりすることが多いんじゃないかな?」
「東京でパーティーすると、かなり人が集まって盛り上がりそうだけどね」
この「パーティー」とは、誰かの家に集まって遊んだり、お酒を飲んだりすることで、日本でいうところの宅飲みに近いだろうか。大きな違いは、パーティーに招かれた人が主催者が全く知らない人でも連れて行っていいことだ。
中学生や高校生も「俺の親今週末いないから、家に集まってパーティーしようぜ」などと企むが、大学生にもなると親元を離れるので余計にやりたい放題になる。大学内で「誰それの家でこの日にパーティーがある」という話が広まり、勝手に酒を持って押しかけたりすることも普通だそうだ。集まる人が多ければ多いほど、そのパーティーの主催者の評判が上がるからだ。
「日本で『パーティー』っていうと、子供のお誕生日パーティーとか、結婚披露宴のパーティーとかを指すかな……」
へえ、と興味深そうに聞いてくれるのが嬉しい。ジェフはあまり興味がないようで、隣に座っていた他のはとことフットボールについて話している。
「じゃあ、今度あたしとパーティーに行こうよ! 美良乃は何歳だっけ?」
「二十歳。九月で二十一歳になるけど」
アリアは日本人の美良乃からすると、大げさだと思えるくらい大きく目ひん剝き、口をパッカンと開けて反応する。
「ワオ! 本当に!? じゃあ、飲酒解禁じゃない! バーに連れて行ってあげるわよ!」
彼女はちらりと横目でジェフをみて、まだ彼がはとこと話していることを確認すると、テーブルに身を乗り出して小声で囁いた。
「ジェフにも秘密にしている、とっておきのバーがあるのよ! そこでお祝いしましょ!」
言いながら小さな肩掛けバッグの中から名刺のようなものを取り出して美良乃に渡してくる。
「あ、ありがとう」
濃い紫の台紙には金色の三日月と黒い墓石と枯れ木のシルエットが描かれている。全体的にハロウィンを彷彿させるデザインで、おどろおどろしい字体で「6フィートアンダー」と書かれていた。
「楽しみにしててね!」
ウキウキした様子のアリアに気圧されながらも、美良乃はこくりと頷いた。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




