29. 10月17日 吸血鬼とデート【1】
「う~ん……。このワンピース、ちょっと派手かな?」
美良乃は姿見の前でくるくると回りながら独り言ちた。ネイビーブルーの生地に赤と白で刺繍の施されたワンピースは気に入っているものの、いかにも「お洒落をしました」という雰囲気を醸し出している。
ワンピースを脱いで、ベッドの上に山のように積み上げられている他の候補たちの上に放り出した。
「あ~、もう。着ていく服がない。髪もセットしないといけないのに!」
今日はヴァイパー族の毒から救ってくれたお礼に、ルイにディナーをご馳走する約束をしている。現在の時刻は午後の三時。ルイが迎えに来るまであと一時間しかないというのに、未だに着ていく服を決められないでいる。
服の山の中で一番下に置かれていた第一候補を引っ張り出して鏡の前で身体に当てていると、階下からクローイーの声がして、美良乃は飛び上がった。
「美良乃! アリアが来たわよ」
「はーい、上がってもらって!」
慌てて持っていた服を着終えた時、部屋にアリアが入ってきた。
「ハーイ美良乃……ってすごい服の数。今日ってルイ様とデートでしょ?」
「アリア! ちょうど良かった、どの服が一番無難だと思う?」
美良乃は自分のファッションセンスが独特である自覚があるので、なるべく目立ち過ぎないものを選びたい。
「ん~、無難っていうか、そのワンピースが可愛いんじゃない? まあ、ルイ様は美良乃が何着ていっても喜びそうだけどね」
アリアはネイビーブルーのワンピースを指さし、にんまりと笑った。
「っていうか、ルイ様との初デート、随分気合入ってるわね!」
「べっ、別に気合なんて入ってないから!」
美良乃はつんと顔を逸らしながらワンピースに着替えた。
「はいはい、そういうことにしておいてあげる。これ、借りてた本」
「ありがとう。アリアはこれからバイトだっけ?」
「そうなのよね。その後、あたしもダニエルとデートなの」
「そっか。楽しんできてね」
アリアは最近まで美良乃のはとこのジェフと付き合っていたが、浮気をされて破局した。それ以来、ハーベストムーンの日に6フィートアンダーで出会った鬼人族のダニエルと頻繁にデートしているようだ。
ダニエルの口調は女性的で服装も中性的なので、女性は恋愛対象外なのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。詳しいことを訊いてみたいが、かなり個人的かつデリケートな話題なので、本人が話してくれるまでは詮索しないことにした。
アリアは髪型とイヤリングのアドバイスもしてから帰っていった。
「嗚呼、僕の女神! そのワンピース、とても似合っているよ! 今日の記念に、これを受け取ってくれたまえ」
迎えに来るなり、ルイは真っ赤なバラの花束を差し出してきた。
「あ、ありがとう」
花束をクローイーに預けてルイの車に乗り込んだ。美良乃は車には全く関心がないのでよくわからないが、座席が二つしかない黒いスポーツカーはいかにも高級そうである。
この日、二人はオマハの日本食レストランでディナーをすることにしていた。
片道二時間のドライブ中は二人きりで、あまり会話が得意でない美良乃はかなり緊張していたが、流石は女慣れしているルイだけあって、音楽をかけてくれたり自分ら話題を振ったりして気を遣ってくれた。
「……そういえば、ルイは何で日本語を話せるの? 日本の音楽とかマンガとか好きみたいだし」
美良乃は流れてきた日本のポップスに耳を傾けながら、これまでずっと疑問に思っていたことを訊いてみた。よく考えてみると、ルイのことは全くと言っていいほど知らない。
「僕は1980年後半から2000年にかけて東京に住んでいたのだよ。そこで日本語や日本のポップカルチャーに触れたのさ」
「……わたしが生まれる前だね」
「オウ!? もうそんなに月日が流れたのかい!?」
どうりで昭和の終わりから平成前半のマンガに詳しいわけだ。車内で流れている曲も美良乃はリアルタイムで聴いたことはないが、時流行ったものだと記憶している。
ルイはどちらかというと、美良乃の親世代と話が合うに違いない。ちょっとしたジェネレーションギャップを感じて苦笑する。
「美良乃は今いくつなのだったかな?」
「二十一」
「ほうほう。では、僕とは二百三十九歳の差があるのだね! だがしかし! 愛があれば年の差なんて些事に過ぎないのだよ!!」
「えっ、あなた、二百六十歳なの!? 江戸時代生まれ!?」
美良乃はまじまじとルイの横顔を眺めた。張りのある白い肌にはシミひとつない。外見だけなら二十代と言っても人間には通用するだろう。
十五歳や二十歳くらいの年の差だと美良乃にとっては年齢差がありすぎて恋愛対象から外れるが、二百歳以上だと逆に離れすぎていてどうでもよく感じるから不思議だ。
「ちなみに、生まれはフランスの伯爵家で、マリーアントワネットとは実際に会ったことがあるよ。彼女の方が数年お姉さんだけれどもね」
「……だから名刺に『伯爵』って書いてあったのね」
マリーアントワネットと面識がある。
いきなり話のスケールが壮大になって、美良乃は口の端を引きつらせた。
彼女については、学校の世界史でフランス革命を習った際に当時を題材とした有名なマンガで読んだことがある。その時代に現役で貴族でしたと言われても、おとぎ話でも聞いているようで現実味がない。
「僕たちは人目を避けるため、ヨーロッパ各国を点々としていたのだけれどもね。だから僕がラストネームのひとつとして名乗っているサンティアゴも、フランス語ではなくスペイン語なのだよ」
「そうなんだ……。ご家族はまだ、その、ヨーロッパにいるの?」
まだ生きているのかと訊くのは不躾なような気がして言葉を濁すと、美良乃の真意を汲み取ったルイはちらりと牙を見せて笑った。
「伯爵である僕の父は人間だったので、残念ながら随分前に亡くなっているけれども、母は吸血鬼なのでまだ存命だよ。今は南フランスで恋人と仲良く暮らしている」
「じゃあ、ルイは人間と吸血鬼のハーフってこと?」
「うーん、民族的にはフランスとスペインのハーフだけれども、種族的に『ハーフ』と言っていいのかはわからないなぁ。吸血鬼と人間が子供を成すと半々の確率で人間か吸血鬼かのどちらかが生まれるからね。どちらの属性も半分ずつ引き継ぐことはないのだよ。僕には姉と妹がいたけれど、姉は吸血鬼で現在もヨーロッパ在住だが、妹は父同様人間だったので、フランス革命直後に亡くなっている」
「そうなんだ? じゃあ、確実に吸血鬼の子供が欲しいなら、吸血鬼同士で子供をつくる必要があるってこと?」
「そういうことになるね。もっとも、吸血鬼は本能的に人間に惹かれやすいので、吸血鬼同士で番うことは稀だね」
「そうなの?」
「レディーにこんな話をするものではないのかもしれないが、吸血鬼は吸血欲と性欲がある程度紐づいているのだよ。そのため、必然的に獲物である人間と結ばることが多い」
そういえば、美良乃の血を吸って毒を抜いてくれた時に、ルイは何やら興奮を鎮めるために必死になっていたなと思い出す。
種が存続の危機に瀕した場合、積極的に吸血鬼同士で子を成そうという働きかけがあるそうだが、その場合は「獲物を引き寄せやすい外見をしているか、牙の形は血を吸いやすそうか、身体能力は優れているか」という、強い子孫を残せる遺伝子を備えた者かどうかだけで繁殖相手を選び、男女ともに恋人として好みのタイプであるかは度外視するらしい。
吸血鬼同士で子供をもうけた場合は、出産を終えた途端に男女ともに人間のパートナーを探すそうだ。繁殖と恋は別物であるという、何とも割り切った関係なのだとか。
「昔の貴族の間でも結婚と恋愛は別とされていたから、それと同じような考え方だね」
美良乃はルイの話を聞いて、何とも複雑な心境になった。吸血欲と性欲がセットになっているということは、血を吸った相手であれば誰にでも欲情するということではないのだろうか。
ルイの美貌をもってすれば、近づいてきた女たちを回転寿司のごとく、手あたり次第食い散らかすことだって可能だろう。
(二百六十年も生きているんだから、そりゃあ色々と経験豊富だろうけど、女をとっかえひっかえしてるようであれば生理的に無理だな……)
何だか胸がモヤモヤして、思わず眉を顰めた。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




