表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【改訂版】美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/83

2. 8月18日 アメリカの真ん中へ

 その日、美良乃は住んでいた東京を離れ、祖母が住んでいるアメリカ中西部へ移住してきた。


 空港から一歩出ると、夏独特のムワッとした風が美良乃の長くて真直ぐな黒髪を吹き上げた。日本で聞きなれたものとは少し違うトーンの蝉の歌声が耳を打つ。


(相変わらず、何にもない)


 空港の前には湖が広がり、その周辺は整備の行き届いた公園になっている。

 アメリカ中西部にあるネブラスカ州の中では一番大きな街であるオマハの空港だが、郊外にあるせいもあって、見える範囲に高い建物はひとつもなかった。


 日本では「ネブラスカ州? 何処??」と必ず聞き返されるほど知名度の低い田舎だ。国のほぼ真ん中にあり、「アメリカのへそ」と呼ばれている州のひとつ。


「車の準備ができたから行きましょうか、美良乃」


 背後から聞こえた声に振り返る。銀に近い白髪を短く切りそろえ、よく日焼けした顔を皺くちゃにして微笑んでいる白人女性は、美良乃の父方の祖母、クローイーだ。

 美良乃が頷くと、クローイーは感無量といった様子で抱きついてきた。


「ああ、これからあなたと暮らせるなんて、夢みたいだわ! 何でも相談に乗るから、困ったことがあったら言ってね」


 アメリカ人である美良乃の父は大学を卒業後、千葉県の公立小学校で英語教師の助手として働いていた時に美良乃の母と出会った。二人は結婚してからも日本に住んでいたが、美良乃が三歳になった時に離婚している。


 父はその後、他の日本人女性と結婚したため、姉や美良乃とは月に一回交流する程度だったが、クローイーとは頻繁にビデオチャットをしたり、姉と二人で夏休みにアメリカへ遊びに来たりしていた。

 それでもクローイーには美良乃たちしか孫がいないため、随分寂しい思いをさせていたようだ。近所に住んでいれば好きな時に会いに行けたのに、と泣かれたこともある。


「ありがとう、おばあちゃん。わたしも嬉しいよ」


 ピックアップトラックと呼ばれるゴツめの軽トラのようなものに乗り込んで、地平線の彼方まで伸びるハイウェイをひたすら真直ぐ走っていく。クローイーの住むニッカ―という町までは二時間ほどかかる。

 ラジオからは彼女の好きなカントリーと呼ばれるジャンルの音楽が流れ、換気のため少しだけ開けられた窓からは、ネブラスカ州の特産品であるトウモロコシ畑に撒かれた肥料の強烈な臭いがした。この匂いを嗅ぐと「ああ、おばあちゃんの家に来たんだな」と感じるから皮肉なものだと思う。


 広大な畑と放牧された牛という牧歌的な風景をぼんやり眺めていると、時差ボケのせいか次第に眠気が襲って来る。


 ――ここでなら、わたしは居場所を得ることができるのだろうか。

 眠りに落ちながら、美良乃は数週間前のことを思い出した。

 



「クリステンセンさんってさ、なんか気持ち悪くない?」


 東京のとあるホームセンターでバイトをしていた美良乃が休憩室に入ろうとした時、不意に同僚の声が耳に入った。

 美良乃は掴みかけていたドアノブから手を放して立ち竦む。


 ――離れなくちゃ、立ち聞きしたって、何一ついいことはないのに。

 頭ではそう分かっているのに、足が床に貼り付いたように動かない。


「ああ、あのハーフの人でしょ?」


「すごい美人だけどさぁ、話し方はぶっきらぼうだし、付き合い悪いし、暗くない? こないだお客さんからクレーム入ったでしょ、愛想が悪いって」


「ああ、入ってた! 休憩時間もずっとスマホいじってるか、どっか行ってるしね。あたしらと話すのがそんなに嫌なのかね?」


「美人だからってわたしたちを見下してるんじゃない? こっちだってお前のこと嫌いだっつーの」


 同じレジ打ちを担当しているアルバイトの二人だった。必要最低限の話しかしたことがないが、以前から美良乃に対してあまりいい印象を抱いていないことは薄々感じていた。


 美良乃がドアの外にいるなど思いもしないのだろう、二人はなおも続ける。


「同じ空間にいるだけで空気が悪くなるっていうか。わかる?」


「わかるわかる! あの人が同じシフトに入ってると出勤したくなくなるんだよね」


「何考えてるんだかわからなくってさー! 目も死んでるし、マジでキモい」


「ねね、ああいう人ってさ、突然キレて人殺したりしそうじゃない?」


「あっははは! わかる! 男に別れ話切り出されたらナイフとか持ち出しそう!」


「『他の女に渡すくらいなら殺してやる!』とかってね!」


「ははっ、言いそう!」


 ケラケラと嗤う声が鼓膜に突き刺さる。


 美良乃は震える手で胸を押さえた。そうしないと、ひび割れた心がバラバラに砕け散っていってしまいそうで。

 硬直していた足を何とか動かして踵を返す。


(なんであそこまで言われないといけないの?)


 美良乃は酷い人見知りで、特に自分と同じ若い女性が苦手だった。女の敵は女という言葉があるように、彼女たちから向けられる視線は鋭く、自分の一挙手一投足、一言一句を品評されているようで気が休まらない。相手が自分をどう見ているのかを意識しすぎるあまり挙動不審になってしまい、余計に気味悪がられるという悪循環に陥る。


 それをわかっているからこそ、美良乃もできるだけ若い女性である彼女たちを避けていたし、そんな態度が反感を買うということも理解できる。それでも、いうに事欠いて「他人を襲いそう」とはあまりにも酷いのではないだろうか。


 本当なら、あの場で怒って抗議すれば良かったのだろう。自分のことをろくに知りもしないで、好き勝手な憶測を並べて人を貶めるなんて最低だ、撤回してくれ、と。


 しかしこれまでの経験上、憶測だけで人を批判する人間というのは、所詮美良乃がどう弁明しても聴いてくれず、自分の信じたいことしか信じないということを痛いほど知っている。

 面と向かって感情をぶつけても、相手から返ってくる反応で更に傷つくことはわかりきっているし、彼女たちは美良乃にとって、傷ついてまで向き合いたいと思えるような相手ではなかった。


 「普通」であれば同じ年代の同性は共通の話題も多く、仲良くなりやすいのだろうが、要するに、「普通」ではない美良乃にはそれができない。


 あまりの不甲斐なさに自分が嫌になる。


 ――大丈夫、傷ついてなんていない。こんな陰口は慣れている。


 足早に歩きながら、「気にするな、忘れろ」と何度自分に言い聞かせても荒れ狂う気持ちは落ち着かず、先ほどの同僚たちの声が何度も頭のなかで反芻される。


 ――『話し方はぶっきらぼうだし、付き合い悪いし、暗くない?』

 ――『美人だからってわたしたちを見下してるんじゃない?』


(自分のこと美人だとも思ってないし、他人を見下してなんかいない)


 美良乃の場合はとっつきにくい性格に加え、美人と評される外見が更に他人からの評価を辛くしていると思う。


 二重でぱっちりした薄茶色の目、通った鼻筋、父親が白人なので色白で、手脚も長い。幼い頃から美人と言われて育ったが、得をしたことなど一度もない。少なくとも、美良乃は容姿で損をしていると感じている。


 外見が整っているのだから性格も良く、優秀だろうと勝手に期待されるが、実際の中身を知ると「陰気で近寄りがたい」とか、「口調がキツイ」など減点方式で評価が下がっていき、勝手に幻滅される。

 美人だからお高くとまっているんだろうとか、皆にちやほやされていい気になっているに違いないといった先入観による妬み嫉みも実に多い。


 美良乃は大きな溜息を吐いた。


 ――好きでこんな見た目に生まれたわけじゃないのに。好きで人見知りなわけじゃないのに。


(結局、ここでもわたしはダメだった……)


 他人と上手くつきあえない美良乃が高校を卒業してからの二年間でバイトを変えたのは、実は片手では足りないほどだった。


 休憩後の勤務時間を考えるとお腹が痛くなってくる。どんな顔をしてあの二人と接すればいいのか、家に帰ったら早速別のバイトを探さなくては。ぐるぐる考えて、急に何もかもが嫌になった。


 ――どうして自分は他人と上手に関わることができないのだろう。


 逃げ続ける自分への嫌悪感と、受け入れられない悲しさ、理解されない虚しさが一気に去来して、目の前が歪む。


 女子トイレに駆けこんだ途端、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。

 ここではないどこかへ行きたい。自分ではない誰かになりたい。


 絶望に打ちのめされて目の前が真っ暗になる。おとぎ話に出てくる人魚姫のように、泡になって消えてしまえたらどんなに楽だろうと思った時、ふと頭の片隅で閃いた。


 死ぬのはいつでもできる。ならば最後にもう一度だけ、どこかこことは全く別の場所で人生をやり直してみたらどうだろう。そう、環境がガラッと変わるような、遠い地平線の彼方で。


 美良乃の祖父母はアメリカ人で、今もアメリカ中西部に住んでいる。

 アメリカか日本か、国籍の選択を迫られる二十二歳になるまで、祖父母の家に身を寄せ、アメリカで人生を再出発させてもいいのではないだろうか――。



 こうして、歪な自分でも今度こそは居場所を得られるのではないだろうかという、藁にもすがる思いを胸に、美良乃はネブラスカ州の地に降り立ったのだ。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ