18. 9月29日 ハーベストムーン【1】
その日、美良乃はアリアから何とも物騒なメッセージを受け取っていた。
『緊急事態発生。今宵やけ酒に付き合われたし』
何があったのかはわからないが、文面が果たし状みたいになっているところからして、ただ事ではない予感がする。おまけに、受信した時間が朝八時ピッタリ。美良乃が寝ていることを想定し、ギリギリ起こしても問題ない時間を待ち構えて送信ボタンを押したことが推測できる。
「やけ酒ってことは、6フィートアンダーに行くのかな?」
今夜はハーベストムーンと呼ばれる満月の日であるというのに、魔女の儀式に参加しないのだろうか。
ともかく、大切な友達の「緊急事態」なのだ。行かないという選択肢はないだろう。美良乃はドキドキしながらも承諾の返信をした。
「ハーイ、フェルナンド。この間はありがとうね」
その夜、6フィートアンダーでバウンサーをしていたのはフェルナンドだったので、美良乃はできるだけ自然な笑みを浮かべて挨拶した。笑顔は苦手なので、気を抜くと引き攣ってしまうのだ。
「おう、美良乃。アリアはもう来てるぜ」
「本当? ありがとう」
「今夜は満月だから、気をつけろよ」
「ん? 満月だと何かあるの?」
キョトンとする美良乃に、フェルナンド無表情で頷いた。
「モンスターの中には満月に気が昂る種族が多くいる。特に獣人族には気をつけろ」
「へえ……。狼男は満月を見ると変身するって言われてるけど、本当だったんだ?」
「いや、それはデマだな。でもまあ、満月が近づくと血気盛んになるから、あながち嘘ってわけでもねえのかもしれねえが」
「妖精族は満月に何かあるの?」
フェルナンドはしばらく逡巡していたが、憮然としながらも渋々教えてくれた。
「……妖精族は満月の夜に庭に集まって、皆で輪になって踊る。そんでフェアリーリングを作るんだ」
「フェアリーリング?」
指輪か何かを作るのだろうか。
「……フェアリーリングってのは、地面にキノコが生えてリング状になったもののことだ」
「へ、へえ……」
踊ってキノコを生やすとは、さぞかしシュールな光景だろう。しかも、何のために生やすのか訊きたいが、フェルナンドはあまりそれについて話したくなさそうに見える。
強面のフェルナンドが満月の下、皆で輪になってキャッキャウフフと踊っている姿は全く想像できない。顔がニヤニヤしそうになるのを必死で堪えた。
「そ、そっか……。タノシソウダネ……」
棒読みになりながらも、当たり障りのない返事をしておく。
美良乃はフェルナンドの喉で寝そべっているリンクスに手を振ってバーカウンターの方へ向かった。
フェルナンドの教えてくれた通り、アリアは既にカウンターに座っていた。いつもはファミレス席の方へ行くのだが、やけ酒をしたいと言っていたし、ここの方がおかわりを頼みやすいのかもしれない。
「ごめんアリア。待たせちゃった?」
勢いよく振り返ったアリアは目が据わっていた。片手に毒々しい紫色の液体の入ったショットグラスをしっかりと握っている。
「よく来た。座って、座って」
ぐいぐいと手を引かれて、美良乃は大人しくアリアの隣のバースツールに腰かけた。
バーテンダーに『妖精の瞬き』と、棒状のモッツァレラチーズを揚げたモッツァレラスティックを注文した。
「それで、何があったの?」
「よくぞ訊いてくれました」
アリアはショットグラスをぐいっと呷る。
「本当にもう、信じられない! あいつ、浮気してやがったのよ!!」
カウンターにショットグラスを割れんばかりに叩きつけ、建物全体に響き渡るのではないかという程の音量で怒鳴った。
あまりの音量に耳がキーンとする。顔を顰めつつも、美良乃はアリアの顔を覗き込んだ。
「あいつ」と「浮気」が差す人物といえば、アリアの交際相手であるジェフしかいないだろう。
「ジェフが? 本当なの、アリア?」
ジェフは美良乃のはとこだ。仲良くはないが、親戚の集まりで会えば挨拶とちょっとした会話程度はする。あまり真面目な印象はないが、浮気するほど軽薄だったのか。
「そうなのよ!! あいつ、あたしという女がありながら、チアリーダーをお持ち帰りしやがったのよ!! な~にが『酔ってて記憶がないんだ、許してくれベイビー』よ、あのクソッ!」
完全にアウトな言い訳に、何だか親戚として申し訳ない気持ちになった。
アリアはジェフの浮気によほど傷ついたのだろう、ものすごい勢いで酒を呷っていく。
アリアがいつも飲んでいるのはウィッチズ・ブリューという酒なのだが、その時々によって混ぜるものが異なるそうだ。見た目もピンク、緑、紫と色々だが、最後に必ず魔力を入れて味を調えているらしい。
こんな時、何て言葉をかけてあげればいいのだろう。「アリアならもっといい男がいるよ」とか、「あんなやつのことは忘れちゃえ」とか、月並みな言葉しか浮かんでこない。
オロオロしていると、アリアがナンパしに来た若い男二人組をヒキガエルに変えてしまった。美良乃はカエルが大嫌いだ。カエル恐怖症と言ってもいい。小さいアマガエルも嫌いだし、カエルの置物さえ見るのも嫌だ。
背中に嫌な汗が流れる中、バーを去って行く二匹のカエル、もとい男たちを横目で確認していた時、毎度おなじみのファンファーレが鳴り響いた。
パンパカパ~ン!
「紳士淑女の皆様、お待たせいたしました! 頭脳明晰、サファイアブルーの瞳、今宵の空に輝くハーベストムーンのようにパーフェクトな吸血貴公子!! ルイ・ド・クルール・サンティアゴ~!!」
出囃子と共に螺旋階段の先にかけられていたカーテンがさっと開き、中から歌舞伎町のホストのような白いスーツと赤いマントに身を包んだルイが現れた。
彼が一歩を踏み出すごとに、ピンクの花びらが何処からともなく降り注ぐ。割れんばかりの歓声が巻き起こった。
(――出た~!!)
ルイが満面の笑みでファンからの黄色い歓声に応えている間に、美良乃はそそくさと出口へ向かう。
いつもはルイの独特な言動に呆れつつも何とか対応できていたが、大嫌いなカエル、しかも二匹の出現によって精神的ダメージを負っている現在の美良乃に、あのハイテンションと迷言を上手く脳内で処理できる自信がない。アリアには申し訳ないが、少し外に避難し、ルイがいなくなったころを見計らって戻って来よう。
怪訝な顔をしてこちらを見ているフェルナンドに目礼し、ドアのノブに手をかけた時、背後からマイク越しに蕩けるような甘い声が響いた。
「(ピーガガッ)おっと、コホン。美良乃~!! マイエンジェ~ッル!! 僕の胸に飛び込んでおいで!!」
慌ててドアを押し開けようとしたところで、力強い腕にガッシリと抱え込まれた。
「ひいっ!」
たった数秒の間に、どうやって背後に忍び寄ったというのだろう。恐る恐る振り返ると、キラキラしい笑顔のルイが立っていた。
「恥ずかしがりな子猫ちゃんだね」
美良乃は胡散臭いものを見る目つきでルイを睨んだ。
「わたし、もうかえ」
「ささ、夜は始まったばかりだよ、マイハニー」
――誰がお前のハニーだ。
反論しようとしている隙に、ルイは美良乃をひょいと横抱きに抱え上げた。
ひしめき合っていた客の視線が、一斉に自分に集中するのを感じて頭を抱える。
(人に注目されるのは嫌なのに!)
「ちょっと、下ろして!?」
ルイの横顔睨みつけるも、ルイは美良乃の言葉など聞こえなかったとでもいうように上機嫌でバーの方へ歩いていく。未だかつて、ルイがここまで強引な態度に出たことはなかった。これはどういう心境の変化なのだろう。
「も、もしかして、満月だから……?」
前回の満月はアリアと魔女の儀式に参加していたし、あの時はまだモンスターの存在を知らなかった。もしかしたら、吸血鬼も獣人族のように満月は血沸き肉躍る日なのだろうか。疑いを持って見ると、何となく、ルイのサファイアブルーの瞳の奥に血のような赤い色が見える気がしてくる。
長くなるので、一旦ここで区切ります。次回に続きます。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




