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【改訂版】美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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17/73

17. 9月18日 リンクスの散歩とフェルナンドの翅

「……嘘でしょう?」


 鏡を覗き込んで美良乃は愕然とした。


 起床直後、眠気眼を擦りながら自室を出て一階にあるバスルームで顔を洗い、何気なく見た鏡に映る自分の右頬に、それはいた。


 フェルナンドのタトゥーであるリンクスが、ぐいーんとお尻を持ち上げて伸びをしているではないか。


 もともと二の腕で袖の下に隠れながらのびのびと居座っていたリンクスが、どんな気まぐれを起こしたのか、今朝は右頬まで「散歩」に来ている。リンクスは大きな図柄なので、右の顎から目の下までの頬全部を覆うようにどっかりと鎮座している。


 このままバスルームから出てクローイーかチャドに見つかったら大変だ。二人はモンスターの存在を知らないし、リンクスが動かなかったとしても、突然顔にタトゥーを入れたと思われるかもしれない。いくらアメリカでタトゥーは一般的だとはいえ、顔に入れる人は稀だし、大変目立つ。


「ちょっと、リンクス! お願いだから二の腕に戻って!」


 鏡越しに必死に頼み込む美良乃なんて気にも留めない様子で、リンクスはさっさと体を丸めて寝てしまった。


「ちょっと~! 起きてよお」


 ぺちぺちと頬を叩いても何の反応もない。

 そもそも、フェルナンドは少ししたら飽きて帰るはずだと言っていたのに、リンクスが美良乃の二の腕に居座り続けて、既に五日が経とうとしている。一体これはどういうことなのだ。


「美良乃? トイレを使いたいから、終わったら出てもらえるとありがたいんだけど」


 ノックの音と共に、ドアの外からクローイーの控え目な声が聞こえて飛び上がる。


「は、はーい! 今出るね、おばあちゃん!」


 美良乃は慌ててフェイスタオルをつかむと、右頬に押し当てた。鏡でリンクスが見えていないことを確認しつつ、顔を拭いている素振りでバスルームを出た。


「おはよう。コーヒー淹れてあるからね」

「うん、後で飲むね」


 美良乃はそそくさと二階の自室へ上がった。リンクスが丸くなって寝ている状態だと、マスクを装着すれば隠すことができるが、彼がお座りしたらマスクからはみ出してしまうだろう。


 アリアに相談してみようかと思ったが、フェアリーインクは妖精族の魔法のインクだ。餅は餅屋に聞けということで、バイト先の妖精族エレナに電話してみることにした。本来であればリンクスの持ち主であるフェルナンドに聞けばいいのだろうが、生憎と彼の連絡先は知らない。


 事情を説明すると、エレナは困った声を出した。


「フェアリーインクと自分の魔力を混ぜて魔法を使ったならともかく、フェルナンドの魔力しか籠っていないタトゥーは彼にしか従わないのよね」


「えええ……。じゃあ、直接フェルナンドに会ってどうにかしてもらうしかないってこと?」


「そういうこと」


 6フィートアンダーは夜間しか営業していないし、バウンサーはフェルナンド以外にもいるので、行っても今夜彼が働いているとは限らない。おまけに今日は午後からバイトの日だ。リンクスが動き出したら困るので、休むしかないのだろうか。


「フェルナンドの家に行ってみたら? 彼の連絡先は知っているから、わたしから連絡して、電話番号と住所を教えていいか訊いてみるわよ」


 フェルナンドとは6フィートアンダーに行けば会話をすることもあるが、一言二言がせいぜいだ。あまり親しくない人の家に行くのは気が引けるが、今は非常事態で背に腹はかえられない。


「本当? ありがとう! 凄く助かる」


 エレナがすぐに連絡を取ってくれ、美良乃は昼前にフェルナンドの家に行くことになった。




 フェルナンドはニッカ―の町から少し離れた所にある一軒家に住んでいた。少々年季の入った家屋で、白い外壁の塗装が一部剥がれ落ちている。厳つい外見に反して、流石は妖精族というべきなのか、様々な種類の植物が庭を彩っていた。敷地のすぐ脇を通るハイウェイから家を隠すように、たくさん木が植えられている。


 美良乃が玄関ドアの近くに車を駐めると、すぐにフェルナンドが出てきた。6フィートアンダーで見る時はきちんと髪を整えているのだが、寝起きなのか、寝ぐせのついた青い髪は無造作に額に垂れさがっている。ダボッとしたスウェットパンツのポケットに片手を突っ込みながら眠たそうに近づいてきた。


「ハーイ、フェルナンド。ごめんね、寝てた?」


 6フィートアンダーは午前二時まで営業しているので、就寝時間が遅くなることは想像がつく。普段ならまだ寝ている時間なのかもしれない。


「いや、いつも昼飯前には起きるから、気にすんな。……何か飲むか? レモネードか水しかねえけど」


「じゃあ、レモネードをもらおうかな。ありがとう」


 フェルナンドは一旦家の中に入ると、レモネードの入ったグラスを二つ持って戻ってきた。彼は美良乃を横目でちらりと見ると、庭の木陰に置いてあるベンチを顎でしゃくった。あそこに座ろうという意味なのだろう。


「リンクスが顔に移動しちゃって困っているんだけど、どうにかならない?」 


 ベンチに座ってマスクを取ると、フェルナンドは無言で美良乃の頬を見つめた。


「なかなか帰って来ねえから、よほどあんたが気に入ったんだろうとは思ってたが、すっかり懐いちまったな」


 僅かに目を細めて口角を上げたので、微笑んでいるのだろう。普段無表情な厳つい男性が笑うと、妙に可愛らしく見えてドキッとしてしまう。


「おいリンクス。もう帰ってこい」


 自分の頬にいるので、美良乃からリンクスは見えないが、フェルナンドが蛍光黄色の目を微かに眇めたので、反抗的な態度をとったのだろう。

 フェルナンドは面倒くさそうに溜息を吐く。


「強制的に引き取るしかねえな」


 フェルナンドは少し身体を傾けて隣に座っている美良乃の方を向いた。両目がぼんやりと光ったかと思うと、キラキラ光る粉のようなものが、彼の長くてごつごつした人差し指から美良乃の顔に向かって迸った。


「うぎゃっ!?」


 思わず可愛げのない悲鳴をあげて目を瞑る。柔らかい風が頬を撫でて、ウインドチャイムのような涼やかな音が聞こえた。


「フッ……。そんなに怯えるな。もう終わったぞ」


 恐る恐る目を開けると、リンクスは既にフェルナンドの首に移動していた。不機嫌そうに髭をそよがせている。そんなに帰りたくなかったのだろうか。


「ありがとう……。リンクス。一緒に過ごせて楽しかったよ」


 リンクスに手を振ると、フェルナンドは今度こそはっきりと口元を緩めた。


「おいおい、リンクスはあんたを気に入ってるんだ。あんまり優しくすると、また押しかけてくるぜ?」


「う~ん。見えないところでじっとしててくれるなら大歓迎だけど。でも、あなたのタトゥーをずっと借りてるのは申し訳ないから、6フィートアンダーで会ったら挨拶するくらいがちょうどいいのかも」


 フェルナンドはくつくつ笑ってレモネードを呷る。美良乃もつられてちびちびとグラスに口をつけた。


 暫く互いに無言で庭を見つめる。フェルナンドにしろ美良乃にしろ、あまり積極的に話す方ではないので、第三者がいないと会話が弾まないようだ。


(え~っと、会話会話。どうしよう。何を話せばいいんだろう)


 先ほどのキラキラ光る粉は何だったのか訊いてもいいのだろうか。妖精族の秘密に触れてしまったら気を悪くするかもしれない。


 何気なく口にした言葉や話題で相手の機嫌を損ねてしまった経験を重ねてきた美良乃は、気心の知れない相手と話す時に気を遣い過ぎてしまうきらいがあった。


 とにかくこの沈黙が気まずいので、意を決して口を開く。


「あ、のっ! ちょっと気になったんだけどっ。さっきの、粉みたいなのは、何だったの?」


「あれは、妖精の翅の鱗粉だ」

「そうなんだ? でも、フェルナンドには翅がないよね?」

「俺は普段、翅を背中にしまっているから見えねえだけだ」


 言うなり、彼はタンクトップを脱いだ。鍛えられた大胸筋と腹筋に目が釘付けになりそうだったが、美良乃は必死に視線を逸らした。


「肩甲骨の近くに縦に二本線が見えるだろ?」


 言いながら、フェルナンドが背中を見せてくる。タトゥーだらけでわかりにくいが、よく見てみると、左右の肩甲骨の間に二十センチくらいの亀裂が入っていた。 


「子供のころは翅を出しっぱなしにして、魔法で隠してるんだが、思春期になると自由に出し入れできるようになるんだ」


「……翅って、見せてもらったり、できる……?」


 おずおずと訊ねると、フェルナンドは無表情で暫く逡巡していたが、小さく息を吐いて立ち上がった。


「……今日だけだからな」


 彼は少し背中を丸めて身体にぐっと力を入れた。すると傘を広げた時のようなバッという音がして、フェルナンドの背中に蝶のものよりは若干細長い翅が現れた。繊細なガラス細工のように薄く、端から身体に向かって緑と黄色の淡いグラデーションになっている。翅脈が日光に透けて見えるのが美しい。


「うわあ……! 綺麗……!!」


 美良乃の声に反応するように、翅がピクリと羽ばたく。淡い金色の鱗粉がふわりと宙を舞った。


「こんなに綺麗なんだから、いつも出してればいいのに」


 フェルナンドはしかめっ面をした。一見怒っているように見えるが、よく見ると耳が赤いので、照れているのだろう。


「俺の見た目には似合わねえだろ」


 言われてみれば確かに、酒瓶を抱えてタバコでも吸っていそうな見た目にメルヘンチックな翅はミスマッチかもしれない。


 美良乃が礼を言うと、フェルナンドは頷いて翅をしまった。出す時は一瞬で出るが、引っ込めるときは折りたたむようにして収納するらしい。音だけでなく、そんなところも傘みたいだと思った。


 妖精族にも色々種類があるそうで、フェルナンドは人間の姿に蝶のような翅の生えた種族らしい。他にも体長十センチくらいの中年男性のような見た目をしたものや、人間と同じような外見でも耳が尖っていて翅がないエルフと呼ばれるものもいるのだとか。


「あとは、ニッカ―には下半身が鹿で上半身は緑色の人間っていう見かけのやつもいる。そのうち会うかもしれねえけど、悪い奴じゃねえから怯えないでやってくれ」


 ケンタウロスの鹿バージョンだろうか。感心していると、ポケットに入れておいたスマホのアラームが鳴った。時間を見るとすでに来てから一時間は経過していた。


「そろそろお暇しようかな。今日は本当にありがとう。レモネードも、ご馳走様でした」

「おう。困ったことがあればいつでも連絡してきな。また6フィートアンダーでな」

「うん。それじゃあ!」


 美良乃はフェルナンドに手を振って車に乗り込んだ。フェルナンドはポケットに手を突っ込んだまま、美良乃の車が敷地を出るまで見送ってくれてた。


(厳つくて近寄りがたいと思ってたけど、いい人だったな)


 美良乃は見た目だけで判断し、彼に苦手意識を持っていた自分を恥じた。


 今度会った時は、気軽に話しかけてみよう。そう考えると、次回6フィートアンダーに行くのが楽しみになった。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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