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【改訂版】美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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15. 9月13日 フェアリーインクと魔女の占い【2】

 バーの中は多くの客で賑わっていた。以前来た時と少し雰囲気が違うのは、ダンスフロアにあまり人がいないことと、ダンスフロアの脇に設置されている二組のファミレス席のテーブルに「魔女の占い」というプレートが置かれていることだろうか。


 ステージに近い方にはミーティアが、バーカウンターに近い方にはアリアが座っている。

 ミーティアの両脇には痩せ気味の青白い顔の男と、銀色の髪に真っ赤な瞳の男が座っていた。男二人は両脇からミーティアの身体に腕を回し、お互いを牽制し合うように睨み合っていた。ミーティアはそんな二人には目もくれず、右手にタロットカードを持ち、向かい側の席に座っている金髪の女性と何やら話していた。


「美良乃、こっちこっち!」


 アリアに手招きされ、美良乃はテーブルを挟んで彼女と対面するように腰を下ろした。


「ごめん、ちょっと色々あって遅れちゃったかも」

「大丈夫よ。それより、何か飲む?」


 今夜はお酒を飲む気分ではない。それよりも、少し小腹が空いている。


「ううん。でも、何か食べたいから、カウンターでチキンウィングをオーダーしてくるね。アリアは何か食べる?」


「あたしはこれがあるから、大丈夫」


 アリアはテーブルの上に置いたグラスを持ち上げた。何やら毒々しい蛍光ピンク色の液体が入っているが、それが何なのかは怖くて聞けなかった。


 チキンウィングを持って戻ると、アリアはテーブルの上に黒い布を敷き、真ん中にアメジストの六角柱をドンと置いた。


 美良乃がチキンウィングを貪りつつも興味津々で眺めていると、彼女は鞄の中から巾着を取り出し、中身を布の上にひっくり返した。金色の記号みたいなものが刻まれた紫色の平たい小石がたくさん出てくる。


「美良乃は、魔女の占いは初めて?」

「うん、魔女に会ったのもニッカ―に引っ越してきてからだし。占いも見たことない」

「せっかくだから、占ってあげるわよ」

「えっ。でも、今日はあんまりお金持ってきていないんだけど」


 美良乃はテーブルの上に置いてあった占いメニューを恐る恐る見た。一番安い「恋占い」でも三十ドルする。チキンウィングを買ってしまったので、現金はあまり残っていないのだ。


 アリアはにんまりと笑う。


「今回は特別無料で占ってあげるわ! ただし、気に入ったら次回はきちんと報酬をもらうけどね」


「いいの? ありがとう」

「さて、何を占おうか。ルイ様との恋の行方?」

「あ、それはいい。別に好きじゃないし」


 即答すると、アリアは苦笑した。「手強いわね」とか何とか言っているが、特にルイとどうこうなるつもりはない。


「ん~、じゃあ、悩んでることとかは?」


 美良乃は口の中にあった鶏肉をごくんと嚥下した。

 悩んでいることなら、ある。しかし、それを聞いたら、アリアは美良乃のことを嫌ったりしないだろうかと不安になる。

 美良乃の躊躇する様子を見て、アリアはパチッと片目を瞑った。


「オッケー。その悩みが何なのかも含めて、偉大な魔女様である、このアリア姐さんが当てて進ぜよう!」


「う、うん。お願いします」


「じゃあ、まずこの小石の上に息を吹きかけてくれる? 全体にかかるように、満遍なくね」


 美良乃は慌ててバーカウンターに水をもらいに行った。今の今までチキンウィングを食べていたのに、息を吹きかけるなんて、臭いそうで恥ずかしい。

 水で口の中をさっぱりさせてから、小石に息を吹きかける。気付かれないように匂いを嗅いでみたが、どうやら口臭を抑えることには成功したようだ。乙女の名誉は守られた。


 それを確認すると、アリアは紫色の小石を黒い布の上に無造作に広げる。アメジストの六角柱を両手で握って何回か深呼吸し、英語ではない何かを唱え始めた。


(これって、この間の満月の儀式で聞いた歌に似てる)


 あの時は何が何だかわからなかったが、もしかすると呪文か何かなのだろうか。

 アリアが唱えだして少し経つと、テーブルの上の小石がカタカタと動き出した。固唾を呑んで見守っていると、小石はふわりと浮かび上がる。くるくると空中で旋回し、そのうちの何個かがアリアの目の前まで漂っていき、テーブルの上で横一列に並んだ。


「ふんふん……。あんた、自分の事が嫌いで仕方がないのね。特に対人関係で問題を抱えてて、本来の自分とは全く別の人間にならないといけないと思い込んでる」


「……何でわかったの!?」


 ぎょっとする美良乃に、アリアは小さく笑った。黒く塗った爪で小石を弾く。


「ここにそう出てるからね。さて、原因は……?」


 アリアが人差し指を回転させると、再び全部の小石が宙を舞い、別の組み合わせがアリアの前に整列する。


「『呪縛』、『絶望』、『母親』……、うわあ、家庭運が最悪だったのね。……ああ、やっぱり『死の誘惑』が出てる」


 ドクドクと心臓が早鐘を打っている。身体が震えそうになるのを、ぐっと唇を引き結んで堪えた。


「あんたの悩みの根本的な原因は、母親との関係性ね」


 アリアの瞳が金色に光っている。まるで猫のようだと思った。


「お母さんは、あんたのことを拒絶したかと思えば、気まぐれに愛情を示す。そんな一貫性のない愛情表現をする人じゃない?」


 思い当たることしかない。美良乃は正直に頷いた。


「社会に出ていくようになってからも、他人から拒絶される経験が多かったみたいね。それに、家族の言動が呪いとなって今もあんたを縛って苦しめている、とも出てるわ」


「確かにそうかもしれない。母も姉も、『あんたは普通じゃない、おかしい』って毎日のように言ってくる人たちで」


 アリアは盛大に顔を顰めた。


「はあ、何それ!? 毎日そんなこと言われたら、誰だって自信もなくなるわよ。それはもう一種の洗脳ね。発言者に魔力がなくても、強い言葉って力を帯びるから」


「そうなんだ? 日本にも言葉に霊力が宿る言霊という概念があるよ」


 美良乃は妙に納得して頷いた。

 ニッカ―に来てから心が軽く感じるのは、やはりあの二人から離れたからなのだろう。科学的根拠はないらしいが、植物に悪口を言い続けると萎れると聞いたことがある。人語を解さない植物でもしょんぼりするのなら、人間ならば受ける影響はより大きくなるのではないだろうか。


「気をつけなくちゃいけないのが、恋愛関係なんだけれど。『理解してほしい、受け入れて欲しい』っていう気持ちが強くなると、相手に過度に期待して、少しでも不安になると過剰に反応して関係を破綻させるって出てるから、注意が必要よ」


 美良乃はこくりと喉を鳴らした。これまで男性から告白されたり、アプローチされたりしたことはあるが、相手を好きになる前に向こうから離れていくので、「彼氏」という存在がいたことはない。要するに、年齢イコール彼氏なしというやつだ。


「……なんだか、ちょっと……恋をするのが、怖いかな」


 ――もし同じ気持ちを返してもらえなかったら?

 ――心を許して受け入れた相手に失望されて、嫌われたら?

 その時、自分はどれほど傷つくのだろうか。


(失う可能性があるのなら、始めから手を伸ばしたくない)


 アリアは片眉を上げた。


「やあねえ、あんた若いんだから、まだまだこれからじゃない! あんたはまず、自分を好きになることから始めた方がいいわ」


「自分を好きになる……」


 それは、あまりにも無謀な試みのように思えた。何せ美良乃には、自分のいいところなど、なにひとつとして思いつかないのだから。


「これを見る限りだと、相性が良さそうなのは、きちんとあんたと向き合ってくれて、変わらない態度で安心させてくれる人。ドキドキモヤモヤさせる相手はやめた方がいいみたいだから、覚えておいて!」


 言われて、ほんの一瞬だけ、ルイの顔が頭を過った。

 きつい言葉を投げつけても全く動じず、強引(ゴーイン)グマイウェイな吸血鬼。


(って、何考えてるの、わたし! ないないないない、ないから、あんな変態!)


 美良乃はぶんぶんと頭を振った。


「占ってくれてありがとう、アリア! すごく細かいところまで出るんだね、魔女の占いって」


 アリアは得意げに頤を上げた。


「魔法使いみたいに派手な魔法は使えないけど、占いとポーション作りは任せてよ!」

「魔法使いって、魔女の男版じゃないの?」

「魔女と魔法使いは全く別物よ」


 アリアが説明してくれたところによると、魔女とは天然石やハーブなどを媒介して自然界のエネルギーに接触し、魔法を使う者のことで、性別に関わらず「魔女」と呼ばれるらしい。占いやポーション作りの他に、誰かを呪ったり、逆に祝福を授けたりすることもできるんだとか。モンスターたちは体調が悪い時や困ったことがある場合に魔女を頼るため、相談役のような立ち位置なのだとか。


 魔法使いは男女問わず、自分の体内で生産された魔力で事象を起こす者のことで、魔法で火や水を顕現させて攻撃したり、違う場所に転移したりするそうだ。 

 魔女と魔法使いでは専門分野が全く異なるので、案外仲良く共存しているらしい。


「魔女は大昔は箒に乗って飛ぶこともあったみたいだけど、魔女狩りが流行った時代に自粛されるようになって、今の時代は誰もやらないわね」


「えっ、じゃあ、やろうと思えば箒に乗って飛べるってこと?」

「できるわよ。やろうと思わないけど」


 何てことだ。某アニメ映画の魔女の少女みたいに、その気にさえなれば、箒に乗って祖母の作ったパイを孫に届けにいくこともできるではないか。


「魔法を使うのは他にも妖精族がいるけど、妖精族にも色々種類があるのよね。まあ、その辺はフェルナンドにでも聞いて」


 フェルナンドと聞いて、リンクスを思い出した。半袖を捲って二の腕を見ると、リンクスは猫のように丸くなって寝ている。可愛い。


「あら! フェアリーインクじゃない! どうしたの、それ?」


 アリアが驚いたように目を瞠った。

 成り行きを説明すると、「へえ、珍しいこともあるのね」と感心していた。

 どうやら、魔力を持たない人間がフェアリーインクのタトゥーに気に入られることは滅多にないんだとか。


「フェアリーインクも特殊よね。たまに売ってもらうんだけど、高いのよね、あれ」


 種族ごとに様々な棲み分けがあるんだなあと感心していると、ステージの方から黄色い声が聞こえてきた。


「きゃっ、ルイ様よ!!」

「素敵ぃ!!」


 つい視線をやると、ステージの上に1950年代のロックスターのような出で立ちのルイが立っていた。白いジャケットの両袖にはそうめんのようなフリンジがついており、彼が動くたびにヒラヒラ揺れている。


「噂をすれば、ダーリンよ、美良乃」

「誰がダーリンだ! 単なる知人だから」


 アリアを横目で睨め付ける。


「やあ僕の子猫ちゃんたち! 楽しんでいるかい!?」


 ルイはマイク越しに言うと、両手を伸ばして飛び上がった。ワイヤーで吊るされているわけでもないのに、優雅にダンスフロアの上を一周して、手を振ったり、投げキスをしたりしているではないか。よく見ると、ステージの端の方に、魂の抜け落ちたような顔でルイの動きに合わせて指を振っている小柄な男が立っていた。


 以前、ミーティアが狼男を浮かせていたのを思い出す。


「ねえ、あの人も魔女? あの人がルイを浮かせているんだよね?」


 こそっとアリアに耳打ちすると、アリアは中腰になってステージを確認して頷いた。


「ああそう、彼も魔女よ」


 この辺に住んでいる魔女は儀式などで顔を合わせることが多いので、お互いを知っているらしい。

 ルイはひとしきり愛想を振りまくと床に降り立った。どうやら飛んでいる最中に美良乃に気付いたようで、にこにこしながらこちらへやって来る。


「やあ美良乃、僕の女神! 来ているならメッセージをくれればよかったのに」

「……どうも」


 美良乃は軽く会釈するに留めた。さっき女性客に向かって「子猫ちゃん」と呼びかけていたのだ。女性が相手なら、誰でも同じように呼ぶのだろう。

 ふん、女たらしのイケメンめ。


 何故だか胸がモヤっとしたような気がするが、気のせいだろう。


「ハーイ、ルイ様。何か占っていかない?」

「では僕と美良乃の恋のゆく」

「ないない。占わなくていいから」


 アリアは苦笑する。


「ルイ様、美良乃と相性がいいのは、一貫した態度で安心させてあげられる大人の男よ」


 ルイはパッと顔を輝かせた。


「本当かい!? 安心するがいい美良乃! 僕はどんな君でも受け止めるよ!!」

「はいはい。アリア、何か飲む? 占ってくれたお礼に一杯奢らせて」

「じゃあ、ウィッチズ・ブリューを頼もうかな」


 美良乃は頷いて席を立った。


 ちらりと背後を見ると、ルイは何やら上機嫌でアリアと話をしている。アリアが占いの準備をしているので、美良乃がいない間に何か占ってもらうつもりなのかもしれない。


 飲み物を買って戻ると、アリアはニヤニヤしていたし、ルイは頬をバラ色に染めて恥ずかしそうにしている。


「――何?」


 居心地が悪くなって問いただしても、「別に」とはぐらかされた。


 ルイは近くを歩いていたホールスタッフに声をかけると、何か紙袋を持ってきてもらった。中からいそいそとうちわを取り出して渡してくる。

 うちわの外側は銀色のパーティーモールで囲ってあり、片面には日本語の飾り文字で、でかでかと「塁大好き」と書かれていた。


「……何これ?」


「来週から、不定期で僕のコンサートを開くことになったんだ! 遠慮せず、これで僕を推してくれたまえ!!」


「いえ、結構です」


 美良乃は無表情でうちわを押し返した。特に推しているアイドルなどはいないが、推しを押し付けられるのはごめんだ。


「照れなくてもいいんだよ。ほら、アリアの分もある」

「あら、いいの? ありがとう、ルイ様」

「えええ~……」


 アリアは美良乃と同じデザインのうちわを快く受け取ってしまった。これは美良乃も受け取らないといけない流れではないか。

 渋々うちわを受け取る。


「一緒に応援に来ましょうね」


 アリアはにやりと口の端を吊り上げた。


(これは……。謀られた……!!)


 その夜、帰宅するなり美良乃がうちわをクローゼットの一番奥に押し込んだのは、言うまでもない。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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