13. 9月7日 夢魔のお茶会【2】
何度目かわからない大きな溜息を吐いて、美良乃は冷めた目でルイを見返した。
「要するに、あなたはわたしの顔だけが好きってことね」
これまでにも何人か「ひと目惚れした」とか「付き合ってほしい」と言ってくる異性はいたが、皆美良乃の中身を知ると興味を失って去って行った。
「彼女候補として見てください」なんて頼んでいないのに、彼らは勝手に美良乃の外見に期待し、ひとりで盛り上がり、失望して去って行く。
『全然話さないんだね』
『何考えてるかわからない』
『何か、思ってたのと違う』
そして女としても人間としても価値のない存在だとでも言うように、その後彼らが美良乃に連絡したり、話しかけてきたりすることもなかった。
――だったら、最初から近づいてこないでほしい。
だから美良乃は、ぐいぐいくる男は跳ね除け、壁を築いて牽制することにしている。
ルイだって、本当の美良乃を知ったら離れていくだろう。最初から無駄だとわかっていることに時間を費やしたくないし、傷つくとわかっていることに踏み込めるほどの鋼の精神は持ち合わせていない。
「悪いけど、わたしひと目惚れって言われると腹が立つの。だって、顔さえよければ中身はどうでもいいってことでしょ? 馬鹿にしてるとしか思えない。……わかったら、とっととわたしの夢に戻してくれる?」
思ったよりも強い口調になってしまったが、これだけ言えば、怒って二度と近づいてこなくなるだろう。お互い時間を無駄にしなくて済む。
軽蔑も露わな美良乃の視線を受けたルイはしかし、頬を更に赤く染めてうっとりとしている。
「ああ、その蔑むような目も堪らないよ、マイエンジェル……」
ほうと熱い息を吐いて恍惚とした様子のルイに、美良乃は頬を引きつらせた。
(そっちの趣味だった――!?)
全身に怖気が走り、腕を摩る。被虐趣味になんて付き合っていられない。美良乃は気が強い方ではあるが、人を虐めて悦ぶ趣味はない。
「そ、そいう訳だから、じゃあ!」
慌てて立ち上がろうとするのに、尻が椅子の座面に貼りついたかのように動かない。
驚愕に目を瞠ると、二人のやり取りを傍観していたバーバラがティースタンドを指さした。
「あーた、そんなにカリカリしちゃお肌に悪うござーますよ。キュウリのサンドイッチでも召し上がったらどうざます?」
どうやら、何かしらを食べてお茶を飲むまで意地でも帰してもらえないらしい。
美良乃は渋々バーバラに従った。キュウリがシャキシャキしていて、ちょっと酸っぱい何かが塗られているようだ。鼻に抜けるハーブはディルだろうか。
どうせ飲まねば納得してもらえないのだからと、すでに冷めてしまった紅茶をぐびぐび飲み干した。
「ごちそうさまでした!」
さあ、今すぐ解放しろとばかりにバーバラを見ると、彼女は片眉を上げ、呆れたように肩を竦める。
「せっかちな娘でござーますわね、ルイちゃま」
「うむ、そこもまた良いのだがね!!」
ルイは、はっはっはと笑いながら上品に紅茶を飲んでいる。結局何でもいいのではないだろうか。
「……前から思っていたんだけど」
美良乃が不本意ながらも口を開くと、ルイは驚いたように視線を上げた。
「何だい、僕のかわいい兎ちゃん?」
嬉しそうにキラキラしい笑顔を向けてくる。
――誰が兎だ。そして、お前のではない。というか、さっきからエンジェルだったり、女神だったり、ころころ変わりすぎじゃないだろうか。
「あなた、吸血鬼なんだよね?」
「いかにも」
「吸血鬼って、食事できるの? 日光も平気みたいだし」
「ははあ、小説や映画の吸血鬼と違うって? それはそうだろうとも、あれはフィクションだからね」
「フィクションなの?」
美良乃は首を傾げた。
「完全にフィクションだと言うと語弊があるかな。太古の吸血鬼には君が挙げた弱点もいくつかあったようだけれど、人間社会に適応できるように進化を遂げたと言われている」
ルイ曰く、吸血鬼は長命種で子供ができにくいが、人間と同じように胎生で、生まれた時は当然赤ん坊の姿をしているそうだ。そのため、吸血鬼に噛みつかれた人が吸血鬼になることはないという。
そして、彼らも人間と同じように食事もするし、排泄もする。棺桶ではなくベッドで寝るし、鏡にも映る。日光に当たり過ぎると蕁麻疹が出てしまうようだが、灰になって死んでしまうことはないという。
「ただ、人間に比べて身体能力が高いし、ある程度成長すると老化がゆっくりになるけれどね。にんにくも十字架も銀も特に害はないよ」
「じゃあ、血を吸うっていうのも、嘘?」
ルイはちらりと牙を覗かせて微笑んだ。サファイアブルーの瞳が怪し気に輝く。
「ふふ、それは本当だね。ただし、毎日飲まなくてはいられないというわけではないんだ。定期的に接種すれば問題ないよ。今は輸血用の血液があるから大変便利だが、相手の合意があれば、直接血を吸わせてもらうこともある」
「心臓に杭を打たれると死ぬっていうのは?」
「それは本当だね。でも心臓を貫かれれば死ぬのは人間も同じだろう?」
ルイは揶揄うような笑みを浮かべた。
言われてみると、確かに吸血鬼でなくても心臓を貫かれれば死ぬ。あまりにも馬鹿げた質問だったかもしれない。
吸血鬼は治癒力も高く頑丈だが不死ではない。斬首されたり、心臓や脳を破壊されるなどすれば死ぬという。
得にこれ以上訊きたいことがなかったのでスコーンに手を伸ばすと、視界の端でルイがにまにま頬を緩めているのが見えた。
「――何?」
「いや、君が僕のことに興味を持ってくれたのが嬉しくて」
美良乃は気まずくなって慌てて目を逸らした。
「べ、別にあなたに興味があったわけじゃなくて! 吸血鬼っていう種族に興味があっただけだから!」
「ははあ、こういうのを、ツンデレというのだろうっ!?」
「つ、ツンデレじゃないから!!」
スコーンを口に押し込み、バーバラが取ってくれたケーキを口に運びながら、美良乃はあることに気付いた。
「……そういえば、わたしって今、自宅でどうなってるんですか?」
「あーたは今頃、ご自宅でスヤスヤ寝ているざます。あたくしの領域は生身の人間は入れませんので、今は夢を見ている状態ざます」
夢の中、ということは、食べているものも実際の身体に影響はないのだろうか。そう訊くと、バーバラはこくりと頷いた。
「そうでござーますね。実際に胃の中に入っているわけではござーません」
「ああ、良かった」
「何故にそんなことをお尋ねになるんざます?」
「だって、こんな真夜中にケーキだのスコーンだの食べたら確実に太るじゃないですか」
美良乃の返答に、バーバラとルイは一瞬ポカンとしたが、すぐに二人で顔を見合わせる。
「何ですか?」
「あーた、そんなにお痩せになっているのに、太ることを気にするんざますか? もう少しお肉をつけてもいいくらいでござーますよ」
美良乃は日本基準のBMIでいうなら、至って普通の体型だ。決して痩せてはいない。しかし、アメリカの基準で見るとやや細く見えるのかもしれない。
バーバラは「ねえ?」とルイに同意を求める。
「僕は美良乃がどんな体型であろうが愛し抜く自信がある」
キリリとした表情で断言されても、現状彼に愛されたくはないので「どうも」とスルーしておいた。
「さてと、そろそろ帰らないといけないので……。ごちそうさまでした、バーバラさん」
「こちらこそ、来てくれてありがとうござーましたわ。ルイちゃまと連絡先を交換なさったらいかがざます?」
「いえ、それは」
バーバラは実にいい顔でにっこりと微笑んだ。
「まあ、それではまた、ルイちゃまとここでおデートいたしましょうね。今度はあたくし、席を外しますので、じっくりとお話なさるがいいざます」
「連絡先を交換してもらえないのは寂しいが、夢の中での逢瀬も悪くないねっ!」
ルイはまんざらでもなさそうに頷いているが、夢で強制デートなど、美良乃にとってはたまったものではない。
「……連絡先の交換で、お願いします……」
こうして美良乃のスマホに、新規連絡先「毒規則」が追加されたのだった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




