12. 9月7日 夢魔のお茶会 【1】
気が付くと、美良乃は霧の立ち込める庭園に立っていた。
白く煙った木立と、腰の高さほどの生垣が行く先を塞いでいる。困惑して目を瞬くと、白っぽく霞む視界に、時折キラキラした金と銀の光の粒子が混ざっていることに気が付いた。
(ここは、どこだろう?)
先ほど自宅のベッドに潜り込んだはずなのに。
自分の身体を見下ろすと、パジャマ代わりに愛用しているタンクトップとショートパンツではなく、何故か自分の趣味でもないフリルたっぷりのピンクのドレスを着ているではないか。
キョロキョロ見渡すと、背後にレンガが敷き詰められた小道が伸びていた。
仕方なしに道なりに歩いていくと、すぐにガゼボが見えてきた。白い円柱と青いドームの屋根が見事だ。周囲を取り囲むように紫陽花に似た虹色の花が咲いている。
ガゼボに近づいていくと、段々とそこに二つの人影が見えてくる。そのうちのひとりに気付いて美良乃は足を止め、思い切り顔を顰めた。
(う、嘘でしょ、何で!?)
ガゼボの中には白いアンティーク調のガーデンテーブルが置かれている。それを挟むように、艶やかな黒髪の男と、紫色に白いハイライトが入った髪を頭頂部でひっつめた老婆が対面で座っていた。
――何でこんなところに毒規則がいるのだ。
老婆と愉し気におしゃべりをしている彼を、美良乃は愕然と見つめた。
「ふむふむ、それでは夢魔特製のカクテルを出してはどうだろうね!?」
「あたくしの特製カクテルを? ええ、ようござんす。……あら。そんなことよりも、あーた、そろそろお客様が見えたようですわよ?」
「おや、僕としたことが!」
ルイは立ち尽くす美良乃に気付いたようだ。こちらを見ると、大輪の花が綻ぶような笑顔を向けてくる。
「美良乃、マイエンジェ~ッル!! 噂をすれば影が差すだね!」
直前までカクテルの話をしていたので今回も言葉の使い方としては違っている気がするが、聞こえなかったことにした。
「さようなら!!」
くるりと踵を返して一目散に今来た方向へ走り出す。しかし必死に足を動かしているのに、身体が鉛のように重く、ちっとも前に進めない。
(何これ!? まるで夢でもみているみたいな……)
ぐぬぬと奥歯を噛み締めて、更に一歩を踏み出そうとした時、背後から老婆の声がした。
「あーた、せっかくお茶に招かれたのですから、お茶とお菓子を召し上がっていくのが礼儀でござーますわよ」
英語が母国語ではないのか、独特のイントネーションと耳慣れない言い回しが特徴的だ。
ふわりと身体が浮き上がる。
「きゃああ!!」
まるで見えない誰かに優しく横抱きにされているようだが、身を捩っても解放されることはない。有無を言わさぬ強い力でガゼボの方へ引っ張られていく。
丸いガーデンテーブルの前に座らされると、見えない拘束が解かれた。美良乃はテーブルを挟んで向かって右側に座っているルイを軽く睨む。
「……あなたがわたしをここに連れてきたんですか、毒規則さん?」
「毒規則だなんて、そんな」
自分で漢字を当てたくせに何が恥ずかしいのか、ルイはポッと頬をバラ色に染めて俯いた。なんだ、その初心な乙女みたいな反応。
「ルイと呼んでくれたまえ! 僕と君との仲じゃないか!」
「……数回会っただけの、単なる顔見知りですよね、わたしたち」
美良乃がげんなりと溜息を吐くと。テーブルを挟んで左側に座っている老婆がにやりと口の端を歪めた。紫色の睫毛に縁どられた瞳は金貨のような色で、小花柄のピンクのワンピースが妙に似合っている。何故か美良乃が着ているドレスとデザインが似ている。
「まあ初々しいお二人でござーますわね。ささ、遠慮なさらず、お好きなものを召し上がってくださいな」
テーブルの上にはお皿を三段重ねたようなティースタンドと、白磁に金で縁取りをしたものにバラの花が描かれた、優雅なデザインのティーセットが置いてある。ティースタンドの上にはひと口大のサンドイッチ、スコーン、ケーキなどが載っている。
ぐさぐさと突き刺さってくるルイの視線から逃れるため、美良乃は老婆が紅茶を注ぐティーカップに視線を定めたまま訊ねた。
「あの、ここは何処なんですか? わたし、さっきまで自宅のベッドで寝ていたはずで」
「ここはあたくしの領域でござーます。こちらのルイちゃまのご依頼で、あーたの夢とここを繋げたんざます」
「領域? 夢を繋いだ??」
美良乃は目を丸くした。
「ええ。夢魔は現世とは別の次元にそれぞれ自分の領域を持っているんざます。ここは言わば、あたくしの家でござーます」
夢魔が具体的にどんな種族なのかはわからないが、読んで字のごとく夢に関わるのだろう。そして現在、美良乃は強引に夢魔の自宅に招かれている状態らしい。
「そうなんですね……。あの、ところであなたは……?」
「自己紹介が遅れましたわね。あたくしは夢魔のバーバラざます。お見知りおきくださーませ」
「は、はあ。美良乃です。人間です。よろしくお願いします」
バーバラは小指を立てながら優雅に紅茶をひと口啜った。
「あたくしは結婚相談所を経営しておりましてね。結婚に限らず、恋人を探したり、片想いの相手とくっつけたり、まあいろいろなサービスがござーますわね」
要するに、今回はルイの依頼で美良乃の夢をバーバラの領域に繋いで、お茶会に招待したということだろう。招待された覚えはないし、応じた覚えもないけれど。
じっとりとルイに非難の眼差しを向けると、彼は困ったように眉尻を下げた。
「どうしても君と話したいと思ったんだけれどね。連絡先も交換してくれないし、住所も知らないから、こうしてバーバラを頼ったというわけさ。彼女は顔を確認した相手の夢に接触することができるからね」
「顔? わたし、バーバラさんと会ったことないですけど」
「ルイちゃまがお写真を見せてくださったんざます。昔の姿絵では不可能でござーましたけれども、現代の写真機はそのままの姿を写し出しますから、実際に対面していなくともこうしてあーたをお招きできたんざます」
「……あなた、いの間にわたしの写真なんて撮ったの? 盗撮!?」
ギロリとルイを睨みつけるが、彼は下手くそな口笛を吹きながら視線を逸らした。
美良乃が連絡先を教えないからといって、本人の意思を完全に無視して強制的に呼び出すとは何事か。相変わらず押しが強くて鬱陶しい。
美良乃の苛立ちに気付いているのかいないのか、ルイはおもむろに席を立つと、美良乃の前で跪いた。背中に隠し持っていた真っ赤なバラの花束を差し出してくる。
「ああ、僕の女神よ!! 溢れんばかりの情熱を受け止めておくれ!!」
絶世の美男子が跪いて愛を請うなんて、世の女性にとっては垂涎もののシチュエーションなのかもしれないが、美良乃は気障ったらしさのあまりぶるりと身を震わせた。
「ちょっと待って……。あなた、わたしのこと良く知らないじゃない」
「知らないからこそ、こうして君と語り合ってお互いを良く知りたいと思っているのだよ」
「……知りもしないのに、情熱だとか言われても困ります」
「ひと目見たあの時、僕のハートは君に持ち逃げされたんだ!!」
「持ち逃げって……」
ものすごい言いがかりだ。人を万引き犯みたいに言わないで欲しい。
文字数が多いのでここで区切りました。次回に続きます。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




