11. 閑話 ルイと落武者
ルイ視点です。
「それでねっ、彼女は美良乃といって、僕の運命の人なのだよ!!」
ある休日の夜、ルイは自宅の書斎で、ゲーミングチェアにどっかりと腰掛けながら意気揚々と語っていた。
彼の目の前にはPCモニターが置かれており、その中では二人のゲームキャラクターが向かい合って立っている。ルイのキャラクターは自身をそのままゲームに落とし込んだような黒髪に青い目で、どこか十九世紀初頭のヨーロッパ貴族を彷彿とさせるデザインの装備を身につけている。
対面しているキャラクターは侍のような見た目と装備に黒い羽根を背負い、頭の上に「落武者」と表示されていた。
「へえ、そりゃ良かったねえ。その人間の雌は別嬪さんなのかい?」
少し掠れた男の日本語がヘッドセットを通してルイの耳に届いた。
落武者はオンラインゲームを通して知り合った日本在住の烏天狗で、こうしてよくボイスチャットでおしゃべりをしたり、一緒にクエストに参加したりして交流している。
昔取った杵柄の日本語を忘れないように練習したり、現地の情報を提供してもらったり、お互いの詳しい事情は知らないが、日頃から何かと世話になっているのだ。
「ああ、外見も日本とアメリカの美的感覚でいうと、僕の美貌に引けを取らないほどに美しいよっ! 僕にないものをもっていて興奮するね!」
あの日、ニッカ―に唯一存在するカフェを訪れたのは単なる偶然だった。朝目が覚めてからすぐに仕事をし、息抜きにコーヒーでもと思い立った。それだけの理由だ。
カフェでお気に入りのソファに腰を下ろしてふと顔を上げると、この辺りでは見かけない黒髪の若い娘が目に飛び込んできた。
吸血鬼の瞳には人間の本性がオーラとなって見える。娘が醸し出していたのは、金の粒子が混ざったラピスラズリ色。
深い青は心に苦悩と葛藤を抱えた人間に多く見られる色で、吸血鬼が持ち得ぬ「人間っぽさ」が凝縮されている。そこに夜空にきらめく星の如く金がちりばめられたオーラなど、これまで見たこともない。ルイはその美しさにただただ圧倒された。
あの色を纏う人間の血液をこの身に取り込めば、自分に欠けたものを補って完璧に近づけるのではないだろうかという予感に、異形の本能が焚きつけられる。
軽い酩酊感にぼんやりしながらも娘を観察する。象牙色に近い肌色にアーモンド形の目。ニッカ―周辺で見慣れた白人よりはやや幼さを残した顔立ちをしている。この辺りに住む人間であれば、十人中九人は「大層な美人である」と評しそうな容姿は、何処か懐かしい気さえした。
娘はルイの視線に気付いたように顔を上げた。人知れぬ悲しみと怒りを秘めた瞳に射貫かれた瞬間、全身に雷に打たれたような衝撃が走った。身体の中心が発火したように熱くなり、鼓動が速まって目が潤んだ。
湧き上がる吸血欲に、ルイは思わず口元を抑えた。全身を駆け巡る血潮に反応するように、牙が疼いて仕方がなかった。こんな強い衝動は、二百六十年生きていて一度も経験したことがなかった。
(何ということだ。僕はひと目見ただけで彼女に心を捕らわれてしまった)
ふらりとソファから立ち上がり、気付けば娘に声をかけていた。彼女は困惑した様子で「美良乃」と名乗った。
幸か不幸か、ルイは非常にモテるため、自分から女性にアプローチしたことがない。そのため、同じ日本出身である落武者にアドバイスを求めたのだが、男女の感覚の差なのか、人外と人間の感覚の差なのか、今のところあまり彼女の心に響いていないようなのだ。
「しかしながら落武者くん、彼女は頑なに僕と連絡先を交換してくれなくてねぇ、今日日の日本女性は恥ずかしがりなのだろうか? 求愛のダンスもピンときていないようだったし」
「ダンスもダメだったか? あ~、それは残念だったなあ。最近はネットで何でも買えるし、某はあまり人里に下りて人間の雌と交流しねえが、ちっと前に、近頃の若いもんは男も女も『草食系』だって聞いた覚えがあらぁ。もしかしたらもう死語かもしんねえけども」
「草食系!? 草を贈れば喜んでくれるのだろうか?」
この辺りではモロヘイヤを育てている農家があるから、そこから直接購入してもいいかもしれない。モロヘイヤを前に目を輝かせる美良乃を想像して、ルイはにまにまと頬を緩めた。
ヘッドセットからゲへへという、なんとも個性的な笑い声が響いてくる。
「ちっげえよ、ルイ。草を食うわけじゃねえ。あまり誰かに懸想しねえとか、懸想してても相手に上手くあぷろおちできねえってこった」
ルイは「ほうほう」、と感心しながら、執事のセバスチャンが淹れてくれた紅茶を口に含んだ。
執事の本名はエドというのだが「エドって江戸と同じ発音だね!? 実に日本っぽい! 採用! 執事といえばセバスチャンだよね!?」というルイの日本かぶれな思想と思い込みで採用され、就業中は「セバスチャン」というニックネームで呼ばれることになったという、何とも不憫な男である。
「懸想とはあれかい、恋情を抱くことだね?」
そうそう、と落武者は肯定する。ムシャムシャという咀嚼音が聞こえてくるので、何やら食べながら会話をしているらしい。
「何ということだい! 誰かに恋情を抱かないということは、美良乃が源泉かけ流しも真っ青の、魅力垂れ流しのこの僕にも興味がないということではないか!」
「源泉って……。全くもって意味がわからねえな。ゴロがいいだけじゃねえか」
ラップじゃねえんだから、とぼやく落武者の言葉は聞こえなかったことにした。
「何でも、その辺の異性と付き合うより、よっぽど推しを応援していた方がいいんだとさ」
「オーマイガー!!」
ルイは衝撃のあまり、手に持っていたアンティークのティーカップを落としそうになった。
「僕が日本に滞在していた頃は、彼らはもっと恋愛に興味があったはずだがね!!」
ルイは吸血鬼であるため、寿命が長いうえに老化も遅い。長年にわたる株や不動産取引などでかなりの貯蓄があるため、1980年後半から2000年にかけて日本に居を構えて悠々自適に生活していた時期があったのだ。そこであらゆるジャンルのマンガにどっぷりとはまり、日本語を覚えたのである。
「あの頃は歩いているだけで女性が群がってきて大変だったのだが。時代は変わるものだねえ」
ルイは遠い目でしみじみと昔を振り返る。
1990年代初頭に港区にあった某ディスコに入り浸っていた頃は、入店してから店を出るまでに血を提供してくれる女性が回転寿司のように次から次へと近寄ってきた。実にいい時代だった。
現代の吸血鬼にとって日々の糧は人間と同じような食事でも十分だが、定期的に血を摂取する必要があるし、人間の生き血は彼らにとって最高のごちそうでもある。
あのディスコでは、夜な夜な若い男女が羽つきの扇子を振り回し、求愛のダンスを披露していたように思ったのだが、最近の若者には通用しないのかもしれない。
落武者は呆れたような声を出した。
「じじいみてえなこと言ってんな」
「それが、最近年のせいか朝の五時には目が覚めてしまってね」
「……老化現象じゃねえか。マジでじじいになってんなぁ」
「はっはっは、まだまだ若い者には負けないよ!! それで、その推しというのは具体的にどんなものなのだい?」
「人によるんじゃねえかい? アニメとかゲームのキャラクターだったり、アイドルだったり、声優だったり」
――それだー!!
ルイは目をクワっと見開いた。天啓を受けたかのような気分である。
ルイはすでに、自分の経営するバー、6フィートアンダーに不定期に登場してはファンサービスを行っているのだ。基盤は整っていると言っていい。
「では、僕を推してもらえるように頑張ればいいのでは!?」
「――はあ?」
「もっとアイドルっぽく、ステージで歌など歌ってみるべきだろうか。それとも……」
「……何だか妙な方向に突っ走り始めたな」
会話そっちのけで計画を練りはじめたルイの耳に、落武者の苦笑は終ぞ届かなかった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




