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第21話 聖戦の予兆

「――神は、美しくないものを許さない。」


神殿の塔から降り注ぐ白光の中、

美神教の司祭が宣言したのだ。


「黒い妖精を討て。

それは堕ちた美、穢れた光。

その血を流し、神の美を取り戻せ。」


人々は歓声を上げた。

その目は希望ではなく、狂気の輝きを帯びていた。


一方――

森の奥、静まり返った廃神殿で。


私は古びた鏡の前に立っていた。

鏡の中の自分は、もはやゴブリンの面影を留めていない。

透き通る肌。長い耳。黒く光る翅。

だが、目だけは、冷たく淀んでいた。


「……美しい、のか、これが。」


美しいと呼ばれることに、もう感情は湧かない。

ただ、“もっと上へ”という本能だけが、

脳の奥で蠢いていた。


『心が形を作る――“美しい”と信じるものに、身体が近づく。』


フィーネの声が蘇る。

だが今の私にとって、“美しい”とは人間の形でも妖精の形でもなかった。

奪い、積み上げた果てにしか見えない――

血と命で作る、完成された虚構。


「……美神教の連中が動いたらしい。」


男の声。

岩の影から現れたのは、同族のゴブリン――あの狩りの相棒だった。

以前よりも逞しく、眼光に野性の光を宿している。


「噂で聞いた。

 黒い妖精の首に、金貨五千枚の賞金が懸けられたそうだ。」


「……私を狩る者が増えるわけね。」


「人間はいつだって欲に従う。

 だが、あいつらの“欲”は面白ぇ。

 お前を殺して、その血を飲めば美しくなると信じてる。」


私は皮肉に笑った。

「つまり、私を殺せば“美”が手に入るのね。

 でも、それが真実になったら……皮肉だわ。」


「俺は狩らねぇよ。」

あいつは短く言い放つ。

「まだ、俺は“頂”を見てねぇ。

 お前の隣で狩ってたほうが、強くなれる気がするだけだ。」


それが彼なりの励ましなのか、単なる好奇心なのかはわからない。

けれどその言葉に、私は一瞬だけ笑ってしまった。


「頂、ね……。

 私が欲しいのは、美の頂。

 お前が目指してるのは、力の頂。

 似てるようで、まったく違う。」


あいつは鼻で笑った。

「違っても構わねぇ。

 登るために足場がいるなら、互いに使えばいい。」


「……合理的ね。」


その夜、私は月光を浴びながら血肉転化を試した。

村で仕入れた娘の血を、慎重に掌に垂らす。


赤い雫が肌に染みこむと同時に、

背中に焼けるような痛みが走った。


「っ……はぁ……ッ……!」


翅が広がる。骨が鳴る。

皮膚が裂け、白い花びらのような光が舞い散る。


美しく、痛い。

痛みすらも快感に変わるほどの陶酔。


けれど――その代償は確実に迫っていた。


体の奥で“何か”が削られていく。

血肉転化の代償、それは自己崩壊。

肉体が美しくなるほど、魂が壊れていく。

既に妖精の亜種にまで達した美は生半可な血肉では生命力を補ってはくれない。


「……あとどれくらい、残ってるんだろう。」


自分の命を、数字で数えるように思った。

それでも、止める気はなかった。

次に奪うべきは――北の砦の娘。


本物の美を宿した存在。

一度敗北したあの“奇跡”を、

今度こそ自分の中に取り込む。


それだけが、

今の私を“生かしている”理由だった。


夜風が吹く。

黒い翅が揺れ、森の奥で光を散らす。


遠く王国では、白衣の信者たちが行進していた。

その旗には、美神の紋章。

“白き祈り”の下に掲げられた目的はただ一つ――


「黒い妖精を殺し、その美を取り戻せ。」


月が雲に隠れる。

私はその光を背に受けながら、

静かに呟いた。


「来るなら来なさい――

 奪う覚悟のない者に、“美”は掴めない。」


黒い風が吹き抜ける。

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