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第17話 南部の都

国南部の都――ヴェルダ。

温暖な気候と豊かな川に恵まれ、

交易で栄えるこの地は、王国でもっとも“美しい都市”と呼ばれている。


白い石畳、香料の香り、飾られた衣。

そこに生きる人々は、

まるで誰もが“美”の祭りに参加しているかのように笑っていた。


私は、その中を歩いていた。

翅を隠し、髪を覆い、

人間の女として。


だが――彼らの視線が痛い。


通りを行けば、誰もが一瞬、息を止める。

目が合えば、男は魅せられ、女は唇を噛む。


(やはり……私の中の“美”は、人を惑わす。)


それはまるで呪いのようだった。

私の“妖精亜種”としての力は、

血肉転化の果てに作られた偽りの美。

それを見た者の心を歪める。


私は香料商人に声をかけられ、

旅人を装って宿を取った。

部屋の鏡台の前に座り、

自分の姿を見つめる。


肌は透き通り、瞳は紅を帯び、

指先まで完璧な形をしている。

だが、その美しさの奥には――

どこか“生”の温度がない。


「……人間は、こんなものに憧れているのね。」


嘲るように呟いた。

人々の言う“美”は、血を知らない。

光だけを見て、影を恐れる。

だから、私のような存在に惹かれるのだ。


夜。

窓の外では、夜会の音が響いていた。

貴族たちが集まり、香を焚き、

舞と音楽で夜を飾る。


私は屋根の上からそれを見下ろしていた。

月光の下、笑う人々。

まるで“生”を演じているようだった。


その中で、ひときわ美しい娘が目に入る。

金の髪、青の瞳。

それはかつての白薔薇の姫を思わせた。


胸の奥が、かすかに疼く。


「……また、奪いたい。」


けれど、その衝動の裏に、

何か違う感情があった。


それが何なのか、すぐにはわからなかった。


私は静かに目を閉じ、

翅を震わせて夜風を呼ぶ。

風がドレスを撫で、

街の明かりが滲む。


その瞬間、視界が揺れた。


――人々の“美”が歪む。


笑っていた貴族の顔が、

鏡の中のように波打ち、崩れ始めた。

光が濁り、香の匂いが血の匂いに変わる。


私は息を呑んだ。

(これは……?)


足元の石畳が赤く染まる。

私の中の“血肉転化”が暴走していた。


感情の揺らぎが、美を歪ませる。

それを理解した瞬間、

私は咄嗟に翅を閉じ、力を押し殺した。


夜風が通り過ぎ、

幻のように赤が消える。


「……危ない。」


それでも、私は止まれなかった。


「奪うことでしか、私は存在できない。」


夜空に目を上げる。

遠く北の空。

あの娘がいる場所――

北の砦の領主の館がある方角を見据えた。


あの女に、私はまだ届かない。

その差が、私の中の空虚を燃やしていく。


そして、その火こそが、

次の“狩り”への道を照らしていた。


夜明け前、私は宿を出る。

街の人々が眠りにつく頃、

私はもう別の姿になっていた。


美の仮面を脱ぎ、

森の風に溶け込む。

その翅は裂け、

瞳は赤く光り、

まるで“美”そのものが私を食い始めているようだった。


それでも、私は笑った。


「まだ――足りない。」


血を、奪わなければ。

美を、喰らわなければ。

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