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第14話 七日目の夜

七日間、私は生き続けた。


夜が来るたびに獣や人を狩り、

昼が来るたびに血をすすった。


ただ、爪と牙の記憶だけが残っている。


――美を奪い、喰らい、美しくなる。


その行為を繰り返すたび、

胸の奥で何かが少しずつ変わっていった。


それは痛みでも、快楽でもない。

もっと深いところ、

骨の芯が別の生き物へと作り替えられていくような感覚。


『妖精種の力は、心が形を作る。

“美しい”と信じるものに、身体が近づく。

あなたが憧れる“美”は、どんな姿?』


フィーネの言葉が、頭の奥で何度も響いた。


あの夜、私は「七日後」と約束を交わした。

それが、いつの間にか目標になっていた。


ただ生き延びるのではない。

進化し、さらに美しくあるために。


七日目の夜。

森の中心にある湖に、私は立っていた。


息を吸うたび、血と光が混じり合う。

体が熱い。

心臓が焼けるように脈打つ。


――来る。


わかっていた。

この痛みの向こうに、何かがあると。


皮膚の下で光が走る。

肉が溶け、骨が鳴る。

全身が、何かに引きずり出されるように震えた。


叫び声が漏れた。

その声はもう、私自身のものではなかった。


月光が落ち、

湖面に波紋が広がる。


そこに映る自分の姿を見て、私は息を呑んだ。


緑の肌は薄く透き通り、

背からは淡い光を放つ翅が生えていた。

指は長く、滑らかに伸び、

瞳は、かつての泥よりも深い赤に染まっていた。


だが――それは“妖精”ではなかった。


どこか歪。

翅は不均一で、髪には血の色が混じる。

頬の輪郭には、まだゴブリンの面影が残っている。


“美しい”のか、“醜い”のか。

その境界がわからなかった。


『さあ、あなたがどう見るかによるわ。

でも――あなたの中の“進化の光”、もう始まってる。』


あのときの声が、風に重なった。


「……フィーネ。」


木々の向こう、淡い光が揺れた。

その中から、彼女が現れた。

夜の森の一部のように、静かに。


「約束を、覚えてたのね。」


彼女の声は優しく、それでいて遠かった。


「これが……私の“美”なの?」


問いかけると、フィーネは小さく笑った。


「ええ。あなたが望んだ通りに、心が形を作った。

 けれど、まだ“途上”ね。

 本物の妖精ほどの光はない。

 あなたの美は、まだ迷いの中にある。」


私は自分の手を見た。

確かに、まだ震えていた。

美しくなりたいと願うたび、

あの“奪う”感覚が蘇る。


「……これが、私の代償?」


「そう。美は痛みと代わりに宿る。

 あなたはその法則に抗わず、ただ形を選んだだけ。」


彼女の言葉が、夜気に溶けた。


フィーネは一歩、私に近づく。

その瞳が、まっすぐ私を射抜いた。


「あなたは、“妖精種の亜種(フェイ=デヴィアント)”。

 醜くも運命に抗った存在。」


私は静かに息を吐いた。

それは受け入れでも、絶望でもなかった。


ただ――

この形が、今の私の“答え”だと思えた。


フィーネが背を向ける。

その輪郭が、月明かりの中に淡く溶けていった。


「美しさを追う旅は、ここで終わらないわ。」


その声だけを残して、彼女は消えた。


私は一人、湖のほとりに立ち尽くす。

翅が静かに揺れ、

その影が湖面に歪んだ。


「……まだ、終わらせない。」


呟いた声が、夜風に消える。


光が沈み、森が再び闇に包まれる。

その闇の中、私は確かに“生まれ変わった”。


――妖精でも、人でもない。

その中間に立つ、歪な存在として。

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