表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/25

第11話 差

風が荒れ狂っていた。

夜空は濁った赤に染まり、森の奥で雷が鳴る。

雨が降るたび、土が血のような匂いを放つ。


「この先だ。」

あいつが低く言った。

「領主の屋敷。噂じゃ、娘が軍を動かす権を持ってる。若いくせにな。」


「……それだけの権力を持つ女なら、美も備えているでしょう。」

私がそう呟くと、あいつは喉を鳴らして笑った。


「お前は本当に“美”に飢えてるな。気持ち悪いくらいに。」


「あなたは“力”に飢えている。」

「違ぇねえな。」


二人の会話は乾いた音を立て、雨に飲まれて消えた。


屋敷は森の中腹、石造りの要塞のようにそびえていた。

門には十数人の兵士。

だが、月明かりが雲に隠れた一瞬――あいつは影のように動いた。


骨の棍棒が一閃し、兵士の首が音もなく折れる。

血が噴き出す前に、私は爪を走らせた。

もう一人の喉を裂き、雨に紛らせる。


「静かにやるもんだな。」

「死は静寂を好むのよ。」


「詩人ぶるなよ、ゴブリンのくせに。」


彼の皮肉に、私は微笑み返した。


屋敷の中は異様に静かだった。

階段の奥から、淡い光が漏れている。

足音を殺して進むと、

広間の奥に――彼女がいた。


金の髪が揺れる。

白い衣に、赤い宝石をちりばめた首飾り。

その姿は、もはや“人間”の枠を超えていた。


「……領主の娘。」


あいつが呟いた瞬間、女がゆっくりと振り向く。

青白い瞳が、私たちを貫いた。


「醜いものが、よくもここまで来たわね。」


その一言で、私の中の血肉転化が騒ぎ出した。


『擬人化・強制活性化。対象:美的格差・極大。』


熱が全身を駆け抜ける。

爪が細く伸び、肌が白く透き通る。

心臓が焼けるように痛む――美に反応する衝動。


「……行くわよ。」

「おう。」


あいつが棍棒を構え、私は地を蹴った。


一瞬で距離を詰め、女へ爪を振り下ろす。

だが――彼女は微動だにしない。


「遅い。」


その声と同時に、床から光が噴き出した。

紋章が浮かび上がり、魔力の奔流が炸裂する。

風の刃が肌を裂き、壁を砕いた。


「っぐ……!」

私は反射的に後退する。

あいつが棍棒を叩きつけるが、

女は腕を軽く掲げるだけで衝撃を受け止めた。


「人の形を真似ても、力は得られないわ。」


冷たい声。

彼女の掌が赤く光り、次の瞬間――

雷が走った。


轟音。

あいつの体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

血が雨のように飛び散る。


「おい……まだ、やれんのか。」

彼が苦笑しながら起き上がる。

左腕は焼け焦げ、骨が覗いている。


「まだ。」

私は息を吐いた。

擬人化が限界を超え、皮膚が裂ける。

それでも止まれなかった。


「奪う……私は、あの美を……!」


突進。

視界が歪み、時間が遅くなる。

女の瞳が私を見据える。

その瞬間、私は悟った。


――彼女は恐怖を知らない。


雷の槍が胸を貫いた。

光と痛みが同時に弾け、世界が白く染まる。


「ぐっ……あああっ……!」


後方であいつが咆哮した。

棍棒を渾身の力で投げつける。

空を裂く音。

それが女の頬をかすめ、血が一筋、白い肌を汚した。


「……ほう。」

女の声が低く響く。

「少しは“力”があるようね。」


魔力の奔流が再び渦巻く。

床が崩れ、天井から石が落ちる。


「退け!」

あいつが叫んだ。

私は意識の朦朧とする中で頷き、

二人で窓を突き破った。


冷たい夜気が肌を刺す。

屋根を転がり、地面に落ちる。

土と血と雨の匂いが混ざる。


女の声が背後から響いた。

「逃げても無駄。次はその“醜さ”ごと、消してあげる。」


その言葉に、私は歯を食いしばった。

胸を貫いたはずの傷は、焼け焦げながらもまだ動いている。


「化け物が、なんて綺麗な声で脅すのかしら。」


あいつが笑う。

「お前も十分、化け物だろ。」


「そうね。でも――」

私は女の残光を見上げた。

「彼女は、もっと別の“怪物”よ。」


森の奥。

雨が止み、夜が静まり返る。

焚き火の炎が、二人の影を揺らした。


「どうする。」

あいつが言う。

「俺はもう一度あの娘を殺す。力を手に入れるためにな。」


「私は、美を奪う。」

「結局、同じか。」


私は微かに笑った。

「ただし――次は、準備を整えてからよ。」


「へっ。やる気だけは立派だな。」


「それが、生き残った理由でしょう。」


雨に濡れた空気の中で、二人は無言になった。

やがてあいつが立ち上がり、背を向ける。


「次に狩るときまで、死ぬなよ。」

「あなたこそ。」


赤い月が森を照らす。

その光の下で、私は拳を握った。


『吸美欲:未達成。対象登録――領主の娘。』


心の奥で声が響く。

あの娘は、私の“鍵”になる。

そう確信していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ