表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/25

第9話 共に狩る夜

夜の森は、獣の息で満ちていた。

湿った風が草をなで、遠くで何かの骨が砕ける音がする。

そのすべてが、私たちにとって“狩りの合図”だった。


「……久しぶりの共狩りだな。」

男のゴブリンが唇を舐める。

その動きは、獣というより戦士のものに近い。


私はうなずく。

爪の先からは、かすかに冷たい光が滲んでいた。

――あの感覚。血肉転化(吸美)が、私の奥底で蠢いている。


美しい命を奪えば、私は少しずつ美しくなれる。

だが、それは同時に、

“醜さ”への恐怖を増幅させる呪いでもあった。


「狙いは?」と彼が問う。

「人間の村。……昨夜見た娘が、まだ生きていれば。」


男のゴブリンが喉の奥で笑う。

「お前、妙な獲物を選ぶな。」


「私は、美しいものが欲しいだけ。

 お前は、何でも構わないんでしょう?」


「強けりゃ誰でもいいさ。

 殺して、自分の力にする。それだけだ。」


互いの言葉に矛盾はなかった。

目的が違う。けれど、方法は同じ。

“奪うことでしか、生きられない”。


村の外れ。

灯りがひとつ、風に揺れていた。

人間の女が井戸のそばに立ち、水を汲んでいる。

髪は少しくすんでいるが、肌は雪のように白い。


(――綺麗。)

それだけで、私の中の血が沸き立つ。


「お前が先に行け。」

男のゴブリンが低く囁く。

「美しい奴は、お前の獲物だ。」


私は頷き、草影に身を沈めた。

女の背後へ、静かに近づく。

息を潜め、爪を構える。


その瞬間――女が振り向いた。

目が合う。

その瞳の奥に、確かな“恐怖”が宿った。


『血肉転化(擬人化)――発動。』


身体が勝手に動く。

醜さに対する拒絶が、私の肉体を変える。

緑の皮膚が白くなり、黒髪が流れ落ちる。

私はまた、“人間の女”の姿になった。


女が息を呑む。

「……誰? こんな夜に。」


私は微笑んだ。

声は震えていたが、内心では熱に焼かれていた。


次の瞬間、爪が閃き、血が飛んだ。

女は何も言えずに倒れ、温かな赤が地を染める。


『吸美成功――形態、微変化。』


胸の奥で声が響く。

血肉転化(吸美)の進行。

肌が滑らかになり、目の奥が少し明るくなった気がした。

ほんのわずか、だが確かに“近づいた”。


「……これが、美の代償。」


背後で彼が笑った。

「いい狩りだな。

 俺もやるか。」


彼は倒れた男の兵士に向かって突進し、棍棒を一閃させた。

骨が砕ける音が森に響く。

その瞬間、私は気づく。

彼の“強さ”への渇望は、私の“美”への執着と同じ匂いをしていた。


「なぁ。」彼が言った。

「人間って、弱いくせに光ってるよな。」


「だから、奪いたくなるんでしょ?」


「……あぁ。

 お前といると、狩りが楽しい。」


私は少しだけ笑った。

笑みの裏には、微かな恐怖があった。

この夜が終わる頃、また私は“何か”を失っている気がする。

人間らしさ、心、名前。

それらが少しずつ溶けていく。


「次はどこを狩る?」


「北の村だ。

 祭りがあるらしい。美しい顔も、強い兵も、たくさんいる。」


「……ふたりなら、全部手に入るかもしれない。」


「全部? ははっ、欲深ぇな。」


「ええ。あなたも、同じでしょ。」


ふたりの笑いが夜気に溶ける。

月明かりが血の上を照らし、白い花がゆらりと揺れた。


それは祈りのようで、呪いのようでもあった。


『血肉転化:吸美率、上昇。

 擬人化発動感度、増大。』


身体が熱を帯び、心の奥が空洞になる。

美しくなるたびに、何かが削られていく――それを理解していても、止められない。


夜が明けるころ、彼が言った。

「次は、もっと強ぇのを狩ろうぜ。」


私は答えた。

「ええ……もっと、美しいものを。」


ふたりの影が、血と朝日に溶けて消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ