未来を語る視察
クラリスとアルベルトは並んで馬車に乗り、領地の視察に出かけていた。
市場へ入ると、活気ある声が四方から響く。
「奥方様!侯爵様!」
パン籠を抱えた婦人や、果物を積んだ少年たちが駆け寄ってくる。旅商人は笑いながら声を張った。
「道路が整ったおかげで、荷馬車がぐっと楽になりましてね。オルフェンへ来やすくなったって評判です!」
隣の商人がすかさず口を挟む。
「港の完成も楽しみだって、周辺の町でも噂になってますよ。大きな船が入れば、私たちの商いももっと広がりますからな!」
言葉の端々に、オルフェンの復興の兆しを感じる。この地に活気をもたらす予感がする。
さらに進むと、建設中の学校が見えてきた。木槌の音が響く中、好奇心旺盛な子どもたちが工事の隙間から覗き込んでいる。
「侯爵様だ!」
「剣を見せてください!」
小さな声が重なり、アルベルトは一瞬きょとんとした表情を見せた。
「……剣だと?」
「お願いです!勇将オルフェン侯爵の太刀筋を一度だけ見たいんです!」
子どもたちの目は期待に満ちている。アルベルトは困ったように眉を寄せ、クラリスにちらりと視線を送った。
「……どうする?」
クラリスは肩をすくめて微笑む。
「少しくらいならいいのでは?怪我をさせる心配もありませんでしょう?」
渋々と腰の剣を抜いたアルベルトは、子どもたちを遠ざけてから砂地に立った。ひと呼吸置き、力を込めて剣を振り払う。空気を切り裂く音と共に砂煙が舞い上がり、歓声が弾けた。
「すごい!」
「僕も騎士になる!」
憧れに満ちた瞳を向けられ、アルベルトは苦笑しながらも誇らしげだった。クラリスは、その笑顔に心から安堵する。彼がこんな顔をするのを、初めて見た気がした。
道中、馬車に揺られながらアルベルトはふと口を開いた。
「……士官学校を作るのもいいな。優れた兵士を育てれば、この地はもっと強くなる」
その瞳は、未来を見据えていた。クラリスは胸が熱くなる。これまで戦のことばかりを語ってきた夫が、領地の未来を考えて言葉を紡いだのだ。驚きと同時に、心からの喜びがこみ上げる。
「ええ、とても素晴らしいお考えですわ。」
アルベルトは短く息をつき、少し照れくさそうに言った。
「……クラリス。領地をここまで復興させてくれて、本当にありがとう」
唐突な感謝に、クラリスの胸が熱くなる。3年で離婚すると宣告されたはずの夫からの、初めての真っ直ぐなお礼。心が揺さぶられた。思わず視線を伏せ、赤らむ頬を隠す。
やがて港に到着すると、そこには新しい杭が並び、拡張された船着き場が陽光を反射していた。波の匂いが鼻をかすめる。
「これで、どんな船でも受け入れられる……」
クラリスは目を細め、感慨深く呟いた。アルベルトもまた、力強い視線で港を見つめていた。
しかし、その先。沖の彼方に、不審な船影が数隻、じっと停泊しているのが見えた。陽炎の中に揺れる黒い影。アルベルトは眉をひそめ、声を出しかけて――ふと、口をつぐんだ。
港の完成を待ち侘びてきたクラリスの喜びを曇らせたくはない。胸騒ぎを伝えるのが憚られて、彼はその不安を自分の胸にしまい込む。
潮風に混じって漂う違和感は、彼一人の心をひそかに揺らしていた。
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