アルベルト帰還
軍旗が風にはためき、太鼓の音が城下に響き渡った。遠征を終えたアルベルトが堂々たる軍勢を率いて帰還する。凱旋の誇りを胸に、彼は馬上から街並みを見下ろした。
しかし、まず目に飛び込んできたのは整備された道路だった。轍で削れ、泥に沈んでいた街道は整然と整備され、車輪は滑らかに転がり、兵士たちの行軍も格段に楽になっている。アルベルトの眉がわずかに動く。
市場に差しかかると、さらに驚愕が彼を打った。商人たちが威勢のよい声を張り上げ、値下がりした野菜を抱えた母親が子どもと笑い合っている。遠征前、荒んでいた光景とはあまりに違った。
アルベルトが行列の中で視線を巡らせたとき、城下の一角から木槌の響きが届いた。
「……あそこは?」
と彼が近習に問いかける。
「はい、奥方様のご指示で、学び舎を建てております。子どもたちに読み書きを教える場になるとか」
その言葉どおり、現場の前では子どもたちが木材を担ぐ職人を眺めながら、希望に満ちた声で未来を語り合っていた。
木槌の音が小気味よく響き、子どもたちが希望に満ちた眼差しで通りを行き交う。未来を夢見るその姿に、アルベルトはさらに追い詰められた。自分の領主としての力は、彼らに何を与えているのか。
城門前に集まった領民たちが、一斉に声を張り上げた。
「侯爵様のおかげです!」
歓呼の渦に包まれ、アルベルトは手綱を強く握る。
だが胸の奥では誇りよりも、奇妙な居心地の悪さが広がっていた。
――違う。この道も市場の安定も、俺の功績ではない。
視線の先で、城のバルコニーから領民に手を振るクラリスの姿が目に入る。
感謝の言葉は本来、あの女に向けられるべきものなのだ。
苛立ちとやり場のない不安が胸に広がる。自分が戦場で流した血よりも、妻の改革のほうが領民に響いているのか――。
城へ戻った後、執務室にて。
机の上には整然と報告書が並び、沈黙の重圧の中で二人は向かい合った。
「……道中、妙に兵も馬も疲れ知らずだったな」
アルベルトは視線を逸らしたまま口を開いた。
「以前は城へ戻るころには皆ぐったりしていたが……今回は随分と楽だった」
言葉の端々に“誰かの功績だ”という含みがあったが、それを直接口にすることはできない。
クラリスはすぐに応じる。
「道路の補修が功を奏したのでしょう」
――いっそ「私がやった」と誇示してくれれば、こちらだって素直に礼を言えたものを。
だが数字と成果ばかり突きつけられては、自分の居場所がますますなくなる。アルベルトは机に視線を落とし、拗ねたように低くこぼした。
「領民は、俺が勝ち取った褒賞よりも……あなたの進めた復興の方がよほど嬉しいらしい」
クラリスは驚きに目を瞬かせた。
――戦の誇り高い彼が、そんな弱音を漏らすなんて。
思わず胸の奥が揺れたが、すぐに気づく。これは自分を責める言葉ではない。領民の声に、自らの立場を測りかねているだけなのだ、と。
そう理解すると、不思議と心が和らいだ。
拗ねた子どものように机に視線を落とすその姿は、苛烈な戦場を勝ち抜いた勇将とは思えないほど不器用で――愛おしさすら覚える。
クラリスは唇に柔らかな微笑を宿し、そっと言葉を紡いだ。
すぐに柔らかく微笑む。
「嬉しいものを嬉しいと感じられる領民は、幸せです。そして、その幸せを支えておられるのは――間違いなく、あなた様でもありますわ」
声は諭すように優しく、姉が弟を慰めるような響きを帯びていた。
アルベルトはしばし黙り込み、手元の報告書を指で軽く叩く。
「……まあ、領民が笑っているのは、悪くない」
吐き捨てるような口ぶりだったが、その奥底には確かに感謝の色が滲んでいた。
クラリスは何も言わず、ただ静かにうなずいた。
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