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出立前の口論


 城の中庭は、朝の冷たい風に包まれていた。まだ陽は高くないが、甲冑の金具が光を反射し、あちこちでぎらりと白く瞬く。兵たちが馬の手綱を引き、荷を括りつける音が響き渡る。金属の触れ合う硬質な響き、馬のいななき、軍旗が風に翻る音が、出立の刻が迫っていることを告げていた。


 クラリスは慌ただしく廊下を駆け、中庭に出た。


「旦那様……!」


 声を張り上げると、兵たちの間で堂々と立つ背の高い男が振り返る。鎧に身を包んだアルベルト。陽光を浴びたその姿は戦場に立つ将そのものだったが、眼差しは鋭く冷ややかだった。


「戦に出立されると聞き及びました。せめて一言、お知らせいただければ……」


 息を整えつつ、クラリスは言葉を選んだ。だがアルベルトは眉をひそめ、吐き捨てるように応じる。


「遅いな。あまりにやって来るのが遅いので、妻のフリすらする気がないのかと思った。」


 その声音には、皮肉と苛立ちが混じっていた。周囲の兵たちが一瞬、作業の手を止め、気まずそうに視線をそらす。

 クラリスは一歩も引かず、毅然と背を伸ばして彼を見据えた。

「お言葉ですが、では、あなた様は一度でも私を妻として扱ったことがおありでしょうか?私がオルフェン城に到着してから1週間。あなたのお顔を拝見するのは、これでたった2度目ですわ。妻として扱われない女が、使用人からどう見えるか、お考えになったことはございますか? ……ないでしょうね。もし考えたことがあって、その上で妻を蔑ろにしているのだとしたら、逆に尊敬いたします。私の女性としての価値を貶める、最悪の方法でございますもの。」


 彼女の声は澄んでいて、凛としていた。その切り返しに、兵たちは息を呑み、互いに目を見合わせる。

 アルベルトの瞳に怒気が宿る。


「言葉が過ぎるぞ。」

「あなた様こそ。」


 火花のように言葉がぶつかり合う。馬までもが落ち着かずに前脚を鳴らし、兵士たちは遠巻きにヒヤヒヤしながら、あえて鎧を磨く手を忙しなく動かし、視線を逸らした。


 クラリスは強い眼差しを夫に向ける。


「領地を顧みずに戦に出て……それで本当に救えるとお思いですか?」

 その問いに、アルベルトは苛立ちを爆発させるように声を張った。


「戦う以外に、俺に何ができる!」


 言い放ったあと、ふと口を閉ざす。喉奥から押し出された声に、自分でも怯むように。

 沈黙の後、低く搾り出すように言葉が零れた。


「……戦で褒賞を得ても、領地は立ち直らない。それは分かっている……」


 クラリスは目を見開いた。夫の胸の奥を覗いたような気がして、思わず一歩踏み込む。


「……それなら――」


 言葉の続きを紡ごうとした瞬間、アルベルトは顔を背け、彼女の声を断ち切るように吐き捨てた。


「聞き流せ。今のは独り言だ。」


 兜を被り直す金具の音が、会話の幕を強引に引き下ろす。

 クラリスはその背中を見つめながら、胸の奥に小さな痛みを覚えた。ほんの一瞬、心を通わせられたかもしれない。けれど彼は自ら壁を築き、閉ざしてしまった。その冷たさに打たれながらも、彼もまた苦しんでいるのだと感じ取れた。


 それでも口を閉ざしたままでは終われなかった。


「……旦那様。三年後の離縁は承知しております。その時まで、私は私なりに務めを果たします。お留守の間も、領地の改革を進めとう存じます。」


 アルベルトは足を止めた。振り返りはしない。だが短く、低く言い放つ。


「……好きにしろ。」


 その背はすぐに馬上へと移り、隊列の先頭に並んでいった。

 クラリスは唇を固く結び、彼の言葉を胸に刻む。


「……ええ、好きにいたしますわ。」


 やがて出立の号令が響き、軍勢は一斉に動き出した。中庭には風に揺れる軍旗と、去っていく蹄の轟きだけが残された。


読んでくださってありがとうございます!


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