覆らぬ決定
「クラリス。どうか……私と、改めて共に歩んでほしい!」
アルベルトの声が広間に響き渡った瞬間、廷臣たちのざわめきが波のように押し寄せた。シャンデリアの光が煌めき、だが空気は一気に張りつめる。
「な、なんと……」
「公開の場で……!」
貴族たちは互いに顔を見合わせ、ざわつきはやがてひそやかな囁きへと変わっていった。
玉座に座す国王は、一言も発さず、ただじっと二人を見つめている。
アルベルトは跪いたまま、必死にその沈黙を耐えた。胸は高鳴り、掌は汗に濡れている。だが返事を待つ彼に、クラリスは――悲しげな笑みを浮かべた。
「……無理ですわ」
刹那、広間の空気が凍りついた。
「な……?」
アルベルトは声を失い、呆然と見上げる。
「私たちの結婚は、王命によるものでした。そして……離婚もまた、王命によって既に決定しております」
「な、なんだと……?」
ざわめきが再び広がり、廷臣たちの顔色が変わる。
クラリスの声は静かだが、広間に響いた。
「結婚式であなたが“3年後に離婚する”と宣言なさった時点で、父であるマリノア伯爵が動いたのです。王命による正式な離婚の書状は、式から7日も経たぬうちにオルフェンへ届いているはずですわ。」
アルベルトの目が大きく見開かれる。
「すでに処理済みとして整理され、保管されているのを私も目にいたしました。あなたも、ご覧になっているはずです。」
「……そんな……」
アルベルトの唇がかすかに震えた。
あの頃の彼は、戦場こそが自分の居場所だと信じ、日々の大半を軍の編成や遠征の準備に費やしていた。領地の経営や文書の処理は、ほとんど執事に任せきりだったのだ。
だから、離婚の書状が届いていたとしても、彼自身はまったく覚えていない。執事もまた、主が結婚式で自ら口にした言葉なのだから、王命として下ろされても、より厳格に決定しただけのことで、特別に対応することはない、と判断したのだろう。
己の軽率な一言が、またしも、重くアルベルトの胸にのしかかる。
クラリスは背筋を伸ばし、静かに告げる。
「ですから……私たちは離婚いたします。これは覆りません」
◇
王城を後にした馬車は、冬の夜を走る。宴の華やかさとは裏腹に、車内は沈黙に包まれていた。
やがて、その沈黙を破ったのはアルベルトだった。
「……何を考えている?」
クラリスは視線を窓に向けたまま、わずかに間を置いて答える。
「これからのことです」
「これからのこと……?」
アルベルトは不安と苛立ちが入り混じり、声を強める。
「オルフェンを……俺を捨てるつもりなのか?」
クラリスは首を振った。
「捨てるのではありません。最初から三年で去ると決まっていたのです。あと半年、私はその期限がくるまでに、出来る限りのことをする……それだけです」
「ふざけるな!」
アルベルトは拳を膝に叩きつけるように握りしめた。
「俺は――君を諦められない!」
その叫びに、クラリスの瞳が大きく揺れた。思わず、涙が頬を伝う。
「あなたが……あなたが結婚式で、あんなことを言わなければ!」
感情の堰が切れたように吐き出した言葉に、クラリスははっとして口を押さえる。目からは大粒の涙がこぼれ落ち、声を震わせながら謝った。
「……声を荒げてしまって、ごめんなさい」
その姿に、アルベルトはもう堪えきれなかった。思わず彼女を腕の中に抱きしめ、強くも優しく包み込む。
「泣かないでくれ……」
荒れた指先が、彼女の頬を伝う涙をそっと拭った。クラリスは驚きに目を見開き、小さく肩を震わせた。
「離婚は決まっております。」
そう告げながらも、クラリスはふいに視線を逸らし、アルベルトの胸へと顔を埋めた。頬に熱が差す。
「……それでも、“そばにいてほしい”と仰ってくださったこと……嬉しかったですよ」
彼女の声は小さく、しかし確かに震えていた。それでも、彼の腕の中から逃れようとはしなかった。
アルベルトは胸に伝わる温もりを、全身で抱きしめた。
――このまま時が止まればいい。
彼女の存在こそが、自分にとって戦よりも重いのだと、痛いほどに思い知らされていた。
ランタンの灯が二人の影を揺らす。窓の外には星々が流れ、王城の灯は遠ざかっていく。
クラリスは、しばしアルベルトの胸に顔を埋めていたが、やがて小さく息を整え、少しだけ笑みを浮かべた。
「……これから、また忙しくなりますわね」
アルベルトは彼女を離さぬまま、低く答える。
「領地の方は順調ではないか」
クラリスは首を横に振り、窓の外の闇に目を向けた。
「いいえ。私の予想が正しければ……オルフェンに着いたら、きっと騒がしいことになっていると思いますよ」
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