御前に立つ2人
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「提督! 次の出港命令が下りました!」
「了解だ。艦を整えろ!」
荒れた海での戦いを繰り返し、アルベルトの背には、いつしか「提督」の名がついていた。
一方、オルフェンの城では――。
「ここをまっすぐ伸ばせば、首都までの道がもっと短縮されます」
「港の拡張も、来年には第二期工事に入れそうです」
クラリスは役人たちを前に、変わらぬ熱意で指示を飛ばしていた。
――そして年の瀬。
「王城から招待状が届きました」
「王家の新年謁見式か……昨年は港も完成したばかりで復興も道半ばのため出席も叶わなかったが、今年こそ、オルフェン復興の報告に来いとある。」
アルベルトは手紙を受け取り、読み終えると口を引き結んだ。
その日からというもの、彼の様子はどこか落ち着きを欠いていた。執務室で報告を聞いていても、視線は窓の外へ泳ぎ、返答も上の空。
「旦那様?」
「な、なんだ」
「いえ……少し元気がないように見えましたので」
「そ、そうか?」
食卓でも、ふとナイフを取り落としたり、クラリスの視線に気づくと慌てて取り繕ったりする。
「……何か隠していません?」
「か、隠す? な、何をだ……」
目が泳ぎまくって居る。
「言いたくないのなら構いません。」
問い詰めて白状させたところで、無意味だとクラリスはため息をついた。
アルベルトは逡巡し、深呼吸をして、口を開く。
「王家の新年謁見式に参内する服装を……夫婦で揃えようと思うのだが」
「まあ、あなた様から珍しいご提案ですわね」
「そ、その方が……印象がいいだろう」
「異論はありませんわ。希望などございますか?なければ、私の方で見繕っておきますが。」
「……それと……」
「はい?」
「あなたに……《蒼海の涙》を、身につけてほしい」
《蒼海の涙》とは数百年前、オルフェン初代侯爵が大海戦で勝利を収めた際、難破船から拾い上げた「蒼い大粒のサファイア」を加工したものだ。
「海がもたらした奇跡」として、代々の正統な継承者だけが受け継ぐ。
「えっ……あの家宝を、ですか?」
「ふ、夫婦そろって王の御前に立つのなら……ふさわしいだろう」
クラリスはしばし、考える。
「……なるほど。服装を揃え、《蒼海の涙》まで。つまり――夫婦円満を印象づけたい、そういう演出ですね!」
「そ、そうだ」
「わかりました。領のためになるなら、喜んで」
ーー旦那様が考えてらしたことは、これだったのね!余計な心配だったわ。
◇
新年、王城。
煌めくシャンデリアが照らす大広間。音楽と笑い声、ざわめきの渦。貴族や廷臣たちの視線が、一斉にクラリスとアルベルトに注がれる。
クラリスは、深海のごとき濃紺のドレスを纏っていた。裾に向かうほど淡い蒼銀に溶け、薄絹のケープが背に流れる。その胸元で輝くのは、《蒼海の涙》。光を受けて滴るように青が揺らぎ、貴族の令嬢たちの吐息を誘った。
その隣に並ぶアルベルトは、深紺の軍礼服に銀糸の縁取りを施し、肩には堂々たる提督の肩章。背に羽織ったマントの裏地が蒼銀に光り、彼女のドレスと呼応していた。
「……お揃いですわね」
クラリスが小声で囁くと、アルベルトはわずかに頬を赤らめた。
「そ、そうだな。……悪くない」
二人が並び立つ姿は、蒼海に浮かぶ双星のようだった。
「オルフェン侯、そして奥方。復興の成果を聞かせよ」
国王の言葉に、アルベルトとクラリスは進み出て深く一礼した。
「はっ。まず首都へ通じる新道につきましては、二本目の整備が進み、馬車の往来は従来の倍に増えております。物資の輸送が迅速となり、市場には新鮮な食料や品々が滞りなく届くようになりました」
クラリスが続ける。
「また、街道沿いには新たに宿場町が生まれ、旅商人や職人たちが往来することで、人の流れも活発になっております。これにより周辺領の農産品もオルフェンに集まり、交易の基盤が整いつつございます」
アルベルトが頷き、言葉を継ぐ。
「港におきましては、大小十隻以上の交易船が入港可能となりました。今や穀物、木材、織物の取引が復活し、さらには第二段階の開発として外港を拡張しております。これにより大型船の受け入れも可能となり、遠方の諸侯や異国との交易も視野に入っております」
「領民もまた、港の再建工事や新道の整備に従事し、多くが働き口を得ました。その賃金によって暮らしは潤い、かつて荒れ果てた町並みにも活気が戻りつつあります」
クラリスは胸を張り、言葉を締めくくった。
「人々は再び市場で笑い合い、子らは学び舎に通えるようになりました。かつて沈黙していたオルフェンの鐘楼にも、今では活気ある鐘の音が響いております。――領主として、必ずやこの復興を最後まで成し遂げる覚悟にございます」
堂々とした二人の報告に、王は満足げに頷いた。廷臣たちの間からも感嘆の声が漏れる。
――その時だった。
「陛下……皆々様。少しお時間を」
アルベルトが一歩前に出る。顔は紅潮し、手は震えていた。
ざわつく広間。クラリスは一瞬、不安を覚える。
「アルベルト?」
「……クラリス」
彼は膝をつき、跪いた。広間が静まり返る。
「私はかつて、婚礼の日に言った。『3年後に離婚する』と」
「……!」
クラリスの心臓が跳ねる。
廷臣たちが息を呑み、令嬢たちが口元を抑える。
「だが……私は間違っていた。戦場で命を賭した時も、領地が再び輝きを取り戻すのを共に見届けた時も……いつも君が支えてくれた」
「……」
「もう、隠さない。これからも君にそばにいてほしい」
静寂を破る声。王も、廷臣も、すべてが見守っている。
「クラリス。どうか……私と、改めて共に歩んでほしい」
――公開の場での、予期せぬプロポーズ。
クラリスは震える唇を噛んだ
「……無理ですわ」
広間に、鋭い静けさが走る。
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