非礼の償い、学びの誓い
海賊襲来から数日後。アルベルトは執務室で、クラリスに問いかけた。
「……あなたの父上は、俺をどう思っているだろう」
クラリスは少し目を伏せ、ためらいながらも率直に答える。
「…まぁ、端的に言って嫌ってるでしょうね。結婚式での『三年で離婚』の宣言で、マリノアも一時かなり騒がしくなりましたから」
「やっぱりそうだよな……」
アルベルトは苦笑し、肩を落とした。だがすぐに顔を上げる。
「だが、オルフェンに海軍を置くことは領地の未来に欠かせない。父上は、その点だけでも協力してくれるだろうか……?俺はどうしても、あの人から学びたいのだ」
クラリスは夫をじっと見つめた。軽率な言葉で父を怒らせた男が、今は真剣に未来を語ろうとしている。
その変化を確かめるように一呼吸おき、やわらかく頷いた。
「はい。父は感情で動く人ではありません。港を持つ領主として、実利があるなら必ず協力するはずです」
その言葉に、アルベルトは深くうなずいた。
「……そうか。なら、なおさら俺は謝らねばならん。あの日の非礼を思い出すたび、胸が焼ける。どうしても、あの言葉を償いたい」
港の風が窓を揺らし、外には白い帆を張った船影がゆらゆらと浮かんでいる。
マリノア伯爵の執務室。机の前に立ったアルベルトは、拳を固く握りしめていた。クラリスは少し後ろに控え、父と夫の間を見守っている。
「……まずは謝らせていただきたい」
緊張で声がわずかに震える。
「結婚式での非礼を。あれは浅はかだった。三年で離婚などと、あんな場で口にすべきではなかった」
マリノア伯爵は無言で彼を見つめる。その瞳は深い海のように読み取れない。数瞬の沈黙ののち、低く返す。
「……侯爵自らそのように仰るとは、意外ですな。では、私に何をお求めでしょうか」
アルベルトは大きく息を吸い、真正面から伯爵を見据えた。
「船を。いや、海を知りたい。オルフェンに海軍を整えたい。義父上に教えを乞いたいのです」
クラリスは思わず息をのんだ。夫が素直に謝罪したことも、父に頭を下げることも初めてだからだ。伯爵は一瞬表情を動かさなかったが、やがてわずかに口角を持ち上げる。
「侯爵は陸の将とばかり思っておりました。ですが、海のことに耳を傾けてくださるのなら、私としても悪い話ではありません。よろしいでしょう、お教えいたしましょう」
重い声に、アルベルトの顔が輝いた。子どものように目を輝かせ、前のめりになる。
「ありがとうございます!まず何から学ぶべきか……」
伯爵は窓の外に視線を投げる。港に停泊する船の群れを見やりながら、語り出した。
「海戦における要は、風を読むことです。嵐の夜、追い風を得れば、十隻で三十隻を退けることさえあります」
「風……!」
アルベルトは驚きに眉を上げる。
「……陸戦ではそれほど重要視していませんでした。十隻で三十隻とは……!」
伯爵は頷き、さらに低く続けた。
「そして忘れてはならぬのが、火矢や火船です。船はもちろん、港を焼かれれば、兵糧は途絶える。どれほどの兵を抱えていようとも、飢えた軍は戦えません」
「なるほど……港を焼かれれば補給が途絶える。陸戦でも糧道を断たれれば軍は崩れるのと同じ道理ですね。」
アルベルトは拳を握りしめた。まるで少年が新しい玩具を見つけたかのように、次々と質問を投げかける。
「義父上、火船の対策は如何に? 風が逆ならどう動くべきか? そして、港の防備はどう整えればよいのでしょうか?」
伯爵は淡々と答えながらも、その熱心さにわずかに頬を緩める。
ーー まあ、悪い男ではない
心の中でそう呟き、彼の真剣さを認め始めていた。
クラリスはそのやり取りを見つめながら、胸の奥にじんわりとした温かさを覚えていた。
あの日「三年で離婚」と言い放った男が、いまこうして素直に謝罪し、知識を求めている。港を見据える瞳は、確かに成長を始めていた。
ーー旦那様は……変わろうとしている
やがて会話が一区切りつくと、アルベルトは港の船影を力強く見据えた。
「オルフェンの海岸を、必ず海軍仕様に整備してみせる。領地を、守り抜くために」
その言葉に、クラリスは小さく微笑んだ。父もまた黙ってうなずき、窓の向こうに広がる海風が三人を包み込んでいった。
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