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港お披露目式と暗雲

新港の波止場は旗と花で彩られていた。楽隊の奏でる行進曲が響き渡り、広場には領民や商人、職人に子どもたちまで、あふれるほどの人々が詰めかけている。復興の象徴となる港の完成を祝うため、誰もが笑顔で、熱気に包まれていた。


 壇上へ上がる直前、アルベルトは立ち止まり、苦虫を噛み潰したような顔でつぶやいた。


「……嫌だ。」


 すかさずクラリスが隣で冷ややかに返す。


「ダメです。」

「君がすればいいだろう。領民は君の手腕をよく知っている」

「前にもご説明しましたでしょう。これは、あなたの役割です。」

「俺は人前で長々と喋る性分じゃない」

「長々とでなくて結構。あなたの言葉で、領民を安心させて差し上げればそれで十分です。」


 押し問答を繰り返した末、アルベルトは不承不承、肩を落として壇上へと歩み出た。クラリスは一歩後ろから見守り、ほんのわずかに口元を緩めた。


 壇上に立ったアルベルトは、硬い表情で群衆を見渡した。無数の瞳が自分に注がれる重圧に、唇がかすかに動く。だが、隣に立つクラリスが小さく微笑み、視線で「大丈夫」と伝えた。その温もりに背を押され、アルベルトは深く息を吸い、言葉を紡ぎ始めた。


「――我らが港は、ようやく完成を迎えた。これよりは、この地に新たな繁栄が訪れるだろう」


 簡素ながら力強い宣言に、群衆は歓声を上げた。その声に応えるように、沖合から白い帆を張った大型船がゆっくりと入港してくる。波を割り、堂々と進む船影に領民たちは目を輝かせ、未来の繁栄を確信したかのように沸き立った。


だがその喜びは、突如として押し寄せた不吉な影に塗りつぶされる。

 沖の向こうから、漆黒の帆を掲げた船団が現れたのだ。海風を切り裂きながら迫る姿に、誰かが叫ぶ。


「か、海賊だ!」


 次の瞬間、港は悲鳴と怒号に包まれた。黒旗を掲げた海賊船団が港に迫ると、砲声が轟き、海面に水柱が乱立した。群衆の悲鳴が重なり、整然としていた式典の場は瞬く間に修羅場へと変わる。


「全兵、武装せよ! 倉庫を死守しろ!」


 アルベルトは壇上から飛び降り、剣を抜き放った。光を反射する刃がきらめき、兵士たちはその背に従って駆け出す。彼は最前線に立ち、港へ打ち込まれる次弾を見定めると叫んだ。


「盾を上げろ、散開せよ!」


 轟音とともに砲弾が倉庫の外壁をかすめ、破片が飛び散る。アルベルトは怯むことなく前へ躍り出て、群がる海賊の一団と切り結んだ。


「この地を踏ませるな!」


 剣戟が火花を散らし、怒号と悲鳴が入り交じる。無骨な腕が振り下ろす一撃は、容赦なく敵を退けるが、数の圧力は凄まじい。汗が額を伝う中、彼は一歩も退かぬ覚悟で立ちはだかっていた。


 一方その頃、クラリスは広場を駆け抜け、泣き叫ぶ子どもを抱いた母親の肩を支えた。


「落ち着いて! こちらへ!」


 声を張り上げ、群衆を安全な城壁の陰へと誘導していく。怯えた老人の手を取り、転びそうな子を抱き上げ、兵士に短く指示を飛ばす。


「避難路を確保してください!こちらの子らを先に!」


 泣き声と怒号が渦巻く中、クラリスの声は不思議と人々の心を鎮めた。母親たちは彼女の後を信じて走り、子どもたちは必死に手を握りしめる。


「大丈夫です、私たちが守ります!」


 振り返れば、アルベルトが敵兵を斬り払いながら、倉庫へ迫る火矢を必死に打ち落としている。その姿は戦場に立つ騎士そのものであり、クラリスは胸を震わせた。だが同時に、彼ひとりの力では港全体を守り切れぬ現実も痛感する。


 彼は剣を振るいながら、炎と煙の向こうに避難する領民たちの群れを見た。クラリスの声に導かれ、民が少しずつ秩序を取り戻していく――それがアルベルトの背をさらに押し、戦意を燃え上がらせた。


「この状況で、領民たちの秩序がまだ保たれている……我が奥方殿はまったく素晴らしいな」


驚きと敬意をにじませた言葉が、戦場の喧騒にかき消されるように漏れた。

 己の剣が防ぐのは砲弾や刃に過ぎない。だが、人の心を束ね、恐怖を越えさせる力を、クラリスは持っている――その事実が、アルベルトの戦意をさらに燃え上がらせた。


 混乱の渦が最高潮に達する。そのとき――。


 水平線の彼方から、威風堂々とした別の船団が現れた。金と青の紋章をなびかせたマリノア伯爵家の旗艦、その背後に連なる数隻の武装船。式典に遅れて到着した父の船団だった。


 号令とともに、砲声が連続して轟く。

 閃光と爆音が黒旗の船を貫き、海賊船は次々と火を噴いて沈んでいく。巧みな布陣と圧倒的な火力により、わずかな時間で戦況は一変した。黒煙と炎に包まれた海原を背に、領民は大地を揺るがすような歓声を上げた。


「マリノア万歳!」

「伯爵さまのおかげだ!」

 その熱狂は祭りのようで、恐怖に怯えていた顔が一転して笑顔に輝く。


 群衆の歓喜を見つめながら、アルベルトは黙して拳を握りしめていた。自らの手で守り切れなかった悔しさが胸を灼く。海戦の経験が浅い自分の弱点を痛感した。


読んでくださってありがとうございます!


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